地理学の教育における情報技術の活用


新しい教育基盤としての地理情報システム


中 谷 友 樹(立命館大学文学部地理学科講師)



1.コンピュータ支援教育

 数学を入試で欠く文科系学生の多くは、長い数的処理のステップを経て分析結果を導くような理数教育にはついていけない[1]。この点は、私も理学部から文学部に就職し統計学を教える機会をもっている関係上よく理解できる。例えば、「統計学的考え方」、「統計学的手法の計算法」、「統計学的手法の実践」といった三つの面で統計教育を考えるなら、計算法の敷居が高すぎて、結果的に、「考え方」や「実践」への注意や関心がそがれてしまいがちなのである。それは単に数学への抵抗という問題ではなく、計算や図化という手間の問題も大きい。しかし、SPSSなどの統計パッケージにより、複雑な計算処理を手短な1ステップとし、「考え方」と「実践」へ目を向けさせる余裕ができる。同様なことが、地理学における地図処理の教育についてもあてはまる。


2.地理情報システムとは

 地理学の課程で学ぶものは、必ず製図の技術とともに主題図(特定のテーマを表現する地図)の作成や地図の重ね合わせを利用した分析方法を習う。地理学にとって基本的な研究資料は、地図とそれに関連づけられた情報なのである。
 こうした地図とそれに関連した情報をコンピュータで活用するための統合的なソフトウェアが地理情報システム(GIS)である。地図の作成・管理、地図計測、主題図の作成、地域の検索、空間的演算(特定の地理的事物からの近さや、地図どうしの重ね合わせ)といった地図処理に関する作業は、すべてGISによって可能である。
 地理学者にとっては、地理情報の管理、分析、プレゼンテーションを一つでこなせる研究のプラットフォームとして、GISはとても魅力的である。また同時に、教育のプラットフォームとしてもGISは大きな可能性を持っている。先の統計学の話を思い出して欲しい。GISを介せば、地図の重ね合わせといった複雑な操作を簡単に実行でき、地図を用いた分析の「考え方」と「実践」へ関心を集中させることができる。さらに、コンピュータ上での試行錯誤、得られた結果の他のアプリケーションでの利用といった、情報処理技術の恩恵を受けることができる。学生にとってGISは、考え方を学び、地図学的処理・分析を実践し、結果をまとめるためのプラットフォームとなる。


3.「GISの教育」プログラム

 立命館大学文学部地理学科では、ArcView GIS 3.1 + Spatial Analyst 1.1が50セット入った情報処理教室があり、ここでGISの実習教育を行っている。学生が最初に経験するGIS実習教育プログラムは、GIS処理について学ぶ課程である。ここでは、京都市に関する地理情報と操作方法を図解してあるテキスト[2]を利用して、地理情報とGIS処理の基本的な理解をめざす。項目は、地図投影法や地形図と数値化された地図の関係、わが国で整備されている地理情報、GISを使った地図処理の基本的機能(適切な主題図の作成方法)、空間検索などである。
 このプログラムでは、考え方、操作手順、結果を明確化し、受講生が出したアウトプットに対する判定も明確に行う。いわば教師付学習である。受講生は25人程度の小集団で行い、自習時間(情報処理教室の開放時間)を授業時間外に設けている。TAに助けてもらっているが、制度上大学院生しかTAになれないため、クラス数が多いとTAの切り回しが大変である。


4.「GISによる教育」プログラム

 GISを単なる1処理技術として教育するのはもったいない。GISを利用すれば、これまでには不可能であった新しい教育方法が可能になるのではないだろうか。立命館大学では、GISによる景観計画(地域計画)[3] を題材に、GISに支援されたロールプレイ教育を試みている。受講生は、ある地域をめぐって、開発側、保全側(共に項目はより細分化される)の計画評価ないし計画立案の役割を演じる。各グループは、評価や計画に関するロジックを明確化し(図1)、これに基づいて評価地図や計画図を作成する(図2)。様々な段階で、各グループはネットワークを介して情報を共有し、ロジックや結果図のプレゼンテーションを行い、景観計画(地域計画)のあり方を討論する。
 先のプログラムとの大きな違いは、受講生にとって答えのない課題が課せられる点にあり、いわば教師なし学習である。討論において、受講生対教師という垂直的関係とともに、受講生間の水平的関係が重要となる。結果として、受講生は、GIS操作のみならず、ロジックの作成、プレゼンテーションと討論といった一連の作業を包括した学習を行うことになる。
 このプログラムは1週間程度の集中授業の形で行われ、受講生は30人から40人程度である。TAではなく、大学院生を中心にある程度GIS操作に習熟している者を各グループの一員として参加させ、全体の流れを円滑にするよう努めている。


5.おわりに−GIS教育を支えるもの

 このように、GISの技術的な教育を行うとともに、GISを利用して思考・討論の訓練の場を作りあげたいと考えている。もっとも課題も山積みである。受講生が独自にGISを使っていくために、地理情報やGISの基盤整備が必要である。立命館大学では、一連のGIS利用基盤をRGIS(立命館地理情報システム)[4]と呼んでいるが、そのような裏側の取り組みには、かなりの労力を要している。また、学生がGISを日常的に用い、互いに議論しうる状況になれば、GISは当たり前の道具として、もっと活用されていくに違いない。そのためには、利用可能な環境の拡大(個人で購入できる廉価なGISソフトウェアの提供が望ましい)、学部生を含めたTAの充実といった現状の改善が必要であろう。
 最後に、現在の技術に適応するばかりでなく、その問題点の理解、新しい方法の開発をも視野に入れるなら、ある程度の理数的能力も必要だ。組織の都合上文科系であっても、入試において基礎的な数学的能力だけは問うなど、数学を捨てさせない配慮も必要ではなかろうか。



図1 計画ロジックのダイアグラム
 


図2 モデル図の例

保全優先型景観計画案の作成
図1 計画ロジックのダイアグラム(条件図の組み合わせを示している)
図2 モデル図の例(将来の土地利用計画図を示している)
参考文献
[1]新村秀一:21世紀への新しい統計教育(データの科学)の提案. 私情協ジャーナル,Vol.8No.2, p.2-3,1999.
[2]中谷友樹:社会地区分析とジオデモグラフィクス,施設立地評価と施設配置計画. ジオマチックス研究会編「GIS実習ArcView編」,日本測量協会, p.166-184, p.191-206,1999.
[3]スタイニッツ, C. 他(矢野桂司・中谷友樹訳):地理情報システムによる生物多様性と景観プランニング.地人書房,1999.
[4]矢野桂司:立命館地理情報システムとGIS教育. 立命館文学 553, p.1310-1332,1998.


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