巻頭言

大学におけるIT関連の事業モデル


清成 忠男(法政大学総長)



 IT革命は、どのような分野、どのような産業においても進展する。IT革命は、大学のあり方を根底から変える。大学ビッグバンをもたらすといってもよい。
 さて、大学におけるIT革命は、三つの局面を有している。1)IT関連の研究開発、2)IT技術者の教育、3)e・ラーニング(ITを利用した学習)に対応する教育である。ITの応用・技術開発のみならず、さまざまな仕組みの開発が大学の重要な課題になる。また、高度なIT技術者の教育は、大学でなければできない。さらに、e・ラーニングに対応する教育はすでに拡大しつつあるが、それに対応する教育方法を開発しなければならない。
 こうした課題に対応するために、大学としてITに関する事業モデルを構築しておく必要があろう。もっとも、ITの進歩が速いから、事業モデルを固定的に考えなくともよい。むしろ、絶えず変革していくことが望ましい。
 ところで、教育面に着目すると、e・ラーニングの可能性をどのようにとらえるかが問題になろう。言うまでもなく、人間の有する知には形式知と暗黙知がある。形式化(文字化、数値化、図表化)できる知が形式知である。形式化できない知が暗黙知である。もちろん、暗黙知を形式化する努力が絶えず進められている。それによって、知の共有が広がる。今日では、形式知の蓄積が大量化している。形式化による技術的ブレイクスルーやコストダウンに十分な評価を与える必要がある。
 さらに、形式知の伝達によるイノベーションにも着目する必要がある。この点は、Linuxの開発を想起すれば明らかであろう。また、相互に面識のない3人の数学者が電子メールによって共同で一つの数学に関する論文を開発した例がある。形式知の伝達によるブレーンストーミングは、数学の世界では可能である。
 ただ、どうしても形式化できない暗黙知が存在する。こうした暗黙知の伝達は、人と人の接触によって、濃密な議論を通じて可能になる場合があろう。のみならず、相互に知的好奇心が触発され、新しい知が創造されることがあろう。大学の教育においては、e・ラーニングの限界をスクーリングで補完することになる。
 いずれにしても、e・ラーニングは国境を超えるから、留学のあり方が根本から変化する。それによって、国境を超えた大学間競争が激化する。競争に勝ち抜くためには、教育方法等のイノベーションを展開する必要がある。こうした大学の努力は、情報系の学部を有するかどうかにかかわりなく、どの大学においても必要になる。
 情報系の学部や大学院を有している大学であれば、ITの研究・教育にかかわる事業モデルを構築しておかなければならない。もっとも、こうした事業モデルを超えて、形式知の供給以外に大学がよりどころにする価値が存在するはずである。知的創造を刺激する雰囲気にあふれた「場」が大学であり、そうした「場」に属することによって個人の教育・研究志向が高められるという共同体が大学であるといえよう。


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