教育学における情報技術の活用

作りながら学び、学びながら遊ぶ 教師養成における情報教育


山口 栄一(玉川大学文学部教育学科教授)



1.教師教育に求められる課題

 いまや、バーチャルユニバーシティが実現することに象徴されるように、大学の授業も情報化されつつあり、大学の授業のあり方が問われはじめている。良質の情報は大学の講義室よりも、インターネット上にあるかのようである。だが、それは「情報」ではあっても、「知識」としては不十分である。情報が「知識」になるためには、学生のコミットメントが求められる。それは、これまでも、そして、これからも大学の授業に求められる方向を示している。大学の授業は情報化された世界の末端に存在するわけにはいかない。すなわち、不十分なりとも知識を創り出すことを通して、教師と学生が関わっていく場であることが求められている。そのためには、授業は教師の体験、考え方や生き方が問われ、学生には失敗が許され、また、楽しめる場を作り出さなければならないであろう。いま、新しい学力観が話題となっているが、教師自身が探究を経験し、探究の喜びや大変さを知らなければ、それを子どもたちに教えることができない。私たちはやりがいのある場を学生に提供するものでありたいし、情報技術はそのために役立てたい。


2.教育学演習での情報教育

 私の情報教育における指導理念は「作りながら学び、学びながら遊ぶ」ということである。教育工学研究室(山口と茅島で運営)では、例えば、10年ほど前から始めた「出前プログラム」というものがある。学生は自分のプログラムを作成するのではなく、学内の小学校や幼稚園で何が求められているかを尋ね、その中で自分のやりたいプログラムを開発することであった。大きなプロジェクトとしては、本学園の高校と関係の深いドイツの高校とのプロジェクトで「がんばって」という日本語教育支援プログラムを工学部の宗像研究室の学生とともに開発した。それをもとに、HyperCard Twenty Lessons として、教育用プログラム化も行った。学生独自のものとしては、幼稚部から発案された折り紙のソフトの開発、漢字の字源ソフト、学内の教育博物館の美術館の検索ソフト、小学部の教師とのプロジェクトである「学園の植物図鑑」などがある。こうしたプログラムは卒業研究として継続され、インターネットの広がりとともに、後輩たちによってホームページ化され、内容も改善されている。また、大学院生は、教育学科の学生のためのJavaプログラミングの教授プログラムを開発した。Java Ten Lessons として、HyperCard Twenty Lessons とともに、現在、学生の情報教育に使用している。
 この指導では、学生同士が助け合うことをすすめてきた。彼らは教師から教えてもらうことに慣れすぎている。そのために、「自分、友だち、先輩、そしてだめなら教師に」というルールが研究室にはある。それを徹底すれば、彼らもそれに慣れてくるし、自分たちで問題を解決するようになる。そのためには、彼らが課題を自分のものとして責任を持って受けとめること、教師はその環境を整えることが大切になる。一つ一つのプログラムの作成に、学生は多大な時間を費やしている。しかし、その課題が社会とつながっており、それなりの意義を感じることから、責任感を持って取り組めることも確かである。私は、こうした作業は、情報化社会における新しい労作教育と考えている。


3.「教育の方法と技術2」の時間

 このコースは、教職課程の半期の授業で上述した卒論研究のような時間的な余裕はないのであるが、コースを設計する前提として、その理念は反映されるべきだと考えている。なぜならば、第一に、学生の多くはコンピュータを操作した経験にとどまっており、利用するだけの意義を実感していない。第二に、コンピュータの授業を経験した者も、達成感のないままに学んでいる。第三に、分からないから教えてもらうという意識が強く、コンピュータの学習に関して、自分で何とかするという状況を経験していない。言い換えれば「分からなければ、聞けばいい」ということである。しかし、そのおもしろさ、大変さを実感していない教師が、そのおもしろさとそれを実現するまでの努力の必要性を子どもたちに教えることはできないであろう。
 授業に際して、学生たちのコンピュータの経験における個人差が大きいので、コンピュータ自体の操作レベルは、コンピュータの未体験、あるいは、初心者を対象としたレベル(ワープロや電子メール、ホームページのブラウジングはできる)でなければならないが、学習目標としては、教員養成のコースとして、それなりのレベルと、能力を身につけなければならない。そのために設定している目標は、小学生(あるいは中学生でも)に1学期は教えられる教授プログラムである。これは、イングランドの教師養成に求められるレベルに近い。
 その目標は具体的には、HTMLを使って簡単な枝分かれ型のプログラムを作成しつつ、CAIの考え方を知ること、LOGOプログラミング(フリーソフトのUCBLOGO使用)を通して理解すること、そして、表計算ソフトを使用し、小学生を対象とした指導案を作成すること、の三つである。(今年の秋から表計算に代えて、Javaプログラミングの初歩を試み始めている。)授業の進め方は、私の作成した「学習の手引き」に従った実習を中心としており、それを12コマで行うのであるから、未経験者は言うまでもなく、初心者にも易しいものではない。
 学生は、前期は80名程度、後期は50名弱である。運営上最も困難なのは、コンピュータ演習室のキャパシティが50名であることだ。そのために、前期はコンピュータを利用する演習では、1コマを前半と後半に分け、1グループにつき50分ずつの実習を行っている。授業で足りない部分は、コンピュータ演習室が空いている時間に、各自で学習を進めなければならない。最近では自宅で学習可能な学生も出てきたが、多くの学生は演習室での自学が不可欠である。もう一つの問題は、初心者を教えるのにも関わらず、TAを用意する予算がない。そのために、授業においては、ゼミの学生数名に、あらかじめ学習しておいてもらい、手伝ってもらうようにしている。私の作成した個別学習のための手引きと、学生同士の教えあいが、授業運営の困難さをかなりの程度解決している。
 2002年からの学習指導要領の実施にともなって、教員養成のコースでも、ますます情報教育への対応が求められている。しかし、理科や数学離れが進んでいる教育学科の学生は、きちんと考える訓練も、為し遂げる達成感も乏しい。「新しい学力観」が求める、子どもたちに探究の喜びを教える教師であるためには、まず、大学でそれを実感する経験が必要である。情報技術はその経験を与える可能性を持っているが、その課題を限られた授業時間の中でどう用意していくのか、それが情報教育を担当する私たちの課題である。


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