歯学教育における情報技術の活用

歯科医学教育におけるネットワーク環境の導入


河合 達志(愛知学院大学歯学部講師)



1.はじめに

 21世紀の高度情報化時代に向けて、インターネットの整備が急速に行われ、これを支援するコンピュータ技術も長足の進歩を遂げている。歯科医学教育の現場においてもインターネット、あるいはLANを導入して質の高い教育を目指す試みが各所で行われ、新しい世代の学生諸君はきわめて柔軟にネットワークに適応し、マルチメディアを活用した授業の環境からためらいなく情報を蓄積している。
 このような新世代に対して本学において実践されている教育内容について以下に説明したい。


2.ネットワークの基本構想

 高度情報化時代を担う学生の教育環境をいかに提供するかについて、過去五年以上の討議と実践の結果、以下のような基本理念においてネットワークを構築している。

1) コンピュータを日常的な道具として使用できるように教育する。
2) 情報処理教育以外の通常の授業時間にもコンピュータを使用できるようネットワークを整備する。
3) 学生一人一人が自分のコンピュータを所有する。
4) 時間外においてもネットワークの利用が可能となるような環境を作る。

 特に重要であるのは第1番目の項目であり、これを実現するために2、3、4番目の項目が設定された。
 コンピュータを日常的に授業で用いるには携帯性の良好なハンドヘルドコンピュータの選択が必須であり、同時に通常の授業で使用する講義室にネットワークを展開して、学生の個々の机に接続口を設けることが必要である。そこで、学生には一人一台ずつコンピュータを購入してもらい、大学側は文部省助成のほとんどをネットワーク整備に投入することにした。ネットワークは既存の講義室、並びに実習室に展開し、さらに学生が授業後も集合する学生ラウンジなどのオープンスペースにも情報コンセントを設置することを計画した。これらを実現するにあたっては、当時の歯学部長長谷川二郎教授の強力な指導のもと、歯学部事務、教員が一致協力した体制を敷くなど各所の共同作業で実現したものである。
 このネットワークはTCP/IP による接続とAppleTalkによる接続の両者併用を可能としており、ホームページを介したマルチメディア教育用資料などの配信、ならびに学生用ホームページの自アカウントへのアップロード(Apple Talk経由のみ)も行っている。 また、一部の講義室にはWeb画像を自動発信する機能を組み込み、教員が通常のスライドを授業で使用すればそのままその画像がWWWサーバに転送され、ホームページとして発信されるシステムを構築した。この講義室で授業を行えば、HTMLの記述を知らない教員であっても授業内容の画像に関しては自動発信することができる。現在さらに、授業の内容をビデオ化し自動発信する、動画像自動発信機構も組み込み中である。


3.ネットワークを使用するための情報処理教育

 情報処理教育は、歯学部2年生の後期に15回の回数で初心者のための講義を行っている。学生の吸収力にはめざましいものがあり、15回を終了した時点では、ワープロ、画像処理ソフト、表計算ソフト、電子メール、Web閲覧ソフト等の標準的なアプリケーションソフトの使いこなしはもちろんのこと、学生のほぼ全員が自分のホームページをサーバから発信することが可能となる(http://mac2.sdent.aichi-gakuin.ac.jp)。また、Telnetを使用してネットワーク情報を得ることも半数程度の学生は習得している。100人以上の学生が同時にネットワーク設定をすることは、クライアント側、あるいはサーバ側の両者に思い掛けない負荷をかけ、ネットワーク接続がスムーズにいかないことが多い。しかもその原因がハード面によるものなのか、あるいはソフトの設定が問題であるのかがすぐには解らない場合が少なくない。このような場合、学生の一人一人がネットワーク設定の知識を有することはきわめて重要であり、LANに接続ができなかった場合の対処方法を標準化して教育している。ネットワーク接続の際に、Apple Talkプロトコルの安定性は抜群であり、様々な障害が生じたとき、まずApple Talkのチェックを行う。もし学生のApple Talkが作動していなければ、物理的に障害があることを疑う。例えばケーブルの断線、PCMCIAカードの破損などである。その後TCP/IPの配給のチェック、プロキシのチェックを行い、メールに問題がある場合は最後に、POP、SMTPの設定チェックを行うことになる。学生がネットのチェックを自分でできるようになるのは実際には、通常の授業でレポートを送信するような立場になる3年生からである。必要に迫られて急速にネットワークリテラシーを身に付けていくようである。学生の中にはping、traceroute等のコマンドを使って、サーバまでの経路チェックを行うものまでいる。


4.ネットワークに対応した授業

 このようなインフラ整備と情報処理教育の後、本学においては新しい授業の模索が行われている(表1)。外部に公開されているサーバの1例は病理学を中心とした画像検索システム(163.214.36.2)であり、学生は授業、実習中に常にこのサーバから画像を取り込み説明を理解するとともに、顕微鏡下での像との比較を行っている。もちろん自宅からのアクセスも可能である。
 教員が配付する資料もPDF化が推進されており、ネット上での配信とともに、CD-ROM 配付も行われている。また、一部実習においては実際の作業内容を液晶プロジェクタなどにより提示することはもちろん、WWWサーバから動画像を配信し、学生が実習中に視覚情報を必要とする場合に備えている。実習終了後は、Web上に構築されたレポート提出システム、あるいは電子メールによって実習結果の報告を行っている。
 このような環境に対して学生は予想以上に良く適応しており、今学期においてもレポート提出が遅れた学生のうちコンピュータの操作が解らず遅れたものはほとんどいない。先に述べたように、一人一人が自分専用のコンピュータを所持していることがネットワーク使用の理解度を深くしているものと考えられ、授業中に不明であった点を授業後ロビーで教えあうなど、講義以外の時間にもコンピュータ並びにネットワークに接触して力量を高めている。

講座 教育課程 内容
総合示説(全講座) 歯科医学の総合的な理解 歯科医学における基礎・臨床を総合的に理解させるため静止画像、動画像ならびにネットワークを利用した検索により講義する
歯科保存学 歯科保存学に関する基礎理論 窩洞形成、根管治療、歯周疾患治療などの術式を動画により理解させ、また技工操作を動画にて表示する
歯科補綴学 歯科補綴学の臨床の実際と基礎理論 歯科補綴学の基礎的な知識技術を静止画像、動画像を使用して教育する
口腔外科学 歯科口腔外科学における治療の実際 口腔外科的な疾患の診断と治療を画像を使用して総合的に理解させる
小児歯科学 小児歯科疾患の治療の基礎理論 小児への対応方法を実際の動画により説明し理解をうながす
歯科矯正学 歯科矯正の臨床における基礎理論 歯科矯正の理論と実際をコンピュータ解析により理解させる
歯科放射線学 歯科放射線学の基礎理論と臨床 放射線フィルム上の解析を画像を用いて講義する
歯科麻酔学 歯科麻酔学の臨床と理論 歯科麻酔の実際を動画像を用いて講義する
口腔衛生学 口腔衛生学の基礎と臨床 歯科予防処置等の実際の手技を動画像を用いて理解させる


5.今後の課題

 このように学生に対するネットワークの整備環境は充実しているが、それに見合うだけの教育情報の発信は十分ではない。教員側が急速に発展するネットワーク技術に追いついていけないこと、あるいは教育資産の開発には多大な時間と労力が強いられること等が教育用コンテンツの開発にブレーキがかかる大きな要因である。良質の教育情報を学生に提供するには、もはや単一の組織では限界があり、国内の歯学部全体が有機的に連携し、互いに教育情報コンテンツの交換をする時期がきたものと考えられる。


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