心理学の教育における情報技術の活用


統計的手法とコンピュータを同時に学ぶ


井上 智義(同志社大学文学部教授)



1.学問領域に依存しない普遍的な活用方法

 これまで本誌「私情教ジャーナル」に特集として掲載された「○○学の教育における情報技術の活用」を読ませていただいた。大学での授業の進め方もわれわれが学んだころと比べると、ここ数年でずいぶん変化したな、と他人事のように感心したのと同時に、学問領域に関わりなく、共通の変化があることが感じとれた。私なりにまとめてみると、
  1. 受身の教育ではなく受講生主体の授業形態が可能
  2. 一方通行の授業ではなく教員と受講生のインタラクティブな授業が可能
  3. 教授内容のデジタル化で柔軟なシラバス作成が可能
  4. ネットを活用して最新情報の入手が可能
  5. 研究成果の発表にプレゼンテーション用ソフトが活用可能
の5点に集約できる。このような点は、特定の領域に限らず、ほとんどの学問領域についても当てはまる普遍的な内容のように思われる。とりわけ、各自が調べたことを教員や他の受講生にわかりやすく伝達するような技能は、今後どのような領域においても、ますます重要になっていくことが予想される。
 小生への原稿依頼の趣旨は、心理学の教育における情報技術の活用について、ということのようなので、心理学の教育では何かそれ以外の特殊なことがあるのかどうか、あるとすれば、それはどのような点かを明らかにする必要がある。


2.心理学と統計の関係

 他領域の研究者と話をするときに感じることであるが、心理学を敬遠する人の中には、統計的な手法やそのとっつきにくい記号や数式に対するアレルギーをもつ人たちが意外に多い。心理学は、古い枠組みでとらえると、人文学系にも、社会科学系にも、そして自然科学系にも入ってしまうような、つかみ所のない学問でもある。
 その中にあって、客観的なデータを重視しようとする実験心理学のような領域では、この統計学は欠かせないし、このような方法論を採用しているからこそ、心理学は科学だといえると考える研究者も少なくない。もっとも、心理学は、非常に幅広い学問領域であり、統計学などは心理学本来の中核的な問題とは、直接関係しないのだと信じて疑わない研究者も他方で数多く存在する。臨床心理学や障害児心理学のような個々の人間一人ひとりを重視するような領域の論文では、この統計学がほとんど意味をもないようなことも珍しくはないといえる。
 そのような事情もあり、統計学を学ぶことが心理学の研究には不可欠であると断言はしにくいのであるが、学部段階のトレーニングとしては、やはり具体的な数値を使っての統計の演習は必要性が高いと思われる。ただ、数理心理学のような特殊な心理学を除けば、心理学研究者にとっての統計は、コンピュータと同様、一つのツールと考えられる。したがって、その学習が妨げになって、心理学本来の問題の研究がすすめられないとなると、これはやはり本末転倒となるだろう。つまり、統計的手法は、知識として頭で学習するのではなく、技能として実習を通して身体で習得しなければならない。

The average score of each gourp
  Bilingual Japanese English
Group1 19.75 14.40 18.18
Group2 54.78 35.65 30.72
Group3 94.68 92.50 90.36

図1 表計算ソフトで作成した表とそれに対応するグラフの一例


3.心理教育統計学の新しい学び方

 私の研究室では、3年次から始まる少人数制の演習において、卒業研究を視野に入れての心理学的アプローチについてのプログラムを組んでいる。同志社大学における小生の担当科目は、「異文化間心理教育論」と「教育工学」。すなわち、教育学と心理学の学際的研究領域ということになる。実は、小生の学内での所属は、教育学専攻(教室)であって心理学専攻ではない。したがって、ゼミにくる学生は、残念ながら心理学の基礎的なトレーニングを十分に受けずにやってくる。ところが、すべてのゼミの学生には、なんらかのデータをとって、統計的な処理をして論文を書くことを求めているので、やはり基礎的な統計学の知識やそれを駆使する最低限の技能は必要になる。
 少々前置きが長くなったが、その新しい学習方法について言及したい。上記のような理由もあり、短時間で最低限の統計的な知識とその技能を身につけてもらうとなると、難解な理論の説明はスキップしてでも、実践的な学習に焦点をあてなければならない。そこで、小生のゼミでは、個々の学生の関心に基づいてなんらかの質問紙を作成し、その調査を実施したあとで、そのデータ整理を行う。これらの一連の過程でコンピュータを使用することになるが、とりわけ、データ分析時での表計算ソフトの活用が、その研究の優劣を決めるポイントになりかねない。  表計算ソフトを活用しての統計的分析の学習には多くの利点がある。そのいくつかを列挙してみる。
  1. データを一つのシートに視覚的に表現することができるので、そのイメージとしての具体的な把握が可能。
  2. 平均値や標準偏差、ピアソンの相関係数、t検定での危険率などの基本的な指標が、簡単な関数キーの操作のみで計算が可能。
  3. 同じ手順の繰り返しをソフトが支援してくれるので、基本的な原理の理解に時間をかけることが可能。
  4. 途中で特定のデータの削除や追加挿入を行っても、基本的にはその結果は自動的に再計算される。
  5. より複雑な統計処理には、入力したデータのまま異なるソフトで処理することが可能。
  6. 結果のグラフ表示が容易。
 統計的手法とコンピュータを同時に学ぶことの弱点については、今回は紙幅の都合もあるのであえて書かない。


4.結語

 統計とコンピュータと、もう一つは英語。これらが現代の心理学(少なくとも科学的な心理学)を学習するために欠かせない三つのツールだと考える。この三つのツールを自由に駆使してはじめて、心理学研究の土俵に上がることができるといっても過言ではない。



【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】