特集

ITとセルフラーニング



英語独習用マルチメディア教材の作成とサポートについて

中嶋 正夫(明治大学情報科学センター)
*4月より城西国際大学専任講師
ケヴィン・マーク(明治大学政治経済学部教授)



1.はじめに

 コンピュータが普及し、文系学部においても基礎的情報教育が浸透した昨今、教育全般あるいは教材作成にコンピュータを活かそうという動きが活発になるのはごく自然な成り行きです。
 しかし、一般に大学教育において、教材を作成するには次のような問題があります。
  1. 専任の教材作成スタッフがいない
  2. 教員が自力で開発しなければならない
  3. 授業内容(教材)が個々の教員ごとに異なるので標準化が難しい
  4. 教材を運用するための授業サポーターが不足
 本学においては情報科学センター(事務組織としては情報システム事務部)で、情報教育やネットワーク利用に関連するサポートや、教育支援システムやネットワークシステムの運用を行っています。この部署には、筆者の一人である中嶋ら数名の理工系大学院修士課程修了またはそれ同等の技術をもった職員が所属し、日常的なシステム運用・開発に従事する一方、教員への研究のサポートも行っています。このサポート業務の一環として、事実上は共同研究という形で、一部のスタッフが教材の開発に携わっていますが、組織的にサポートする体制にはなっておらず、実質的には、教材開発は個々の教員と職員との協力で行われているのが現状です。
 本稿では、現状のサポート体制のもと、筆者の一人であるマークが関わっている本学政治経済学部の英語コースであるEPC(English Proficiency Course)における過去数年間の教材開発の経緯と、その教育的効果について報告します。


2.EPCの概要

 EPCとは、政治経済学部の英語実力養成コースです。このプログラムは一般の必須科目としての英語とは異なり、1、2年生で週3時間、3、4年生で週1時間のクラスがあります。4年間で英語による速読力、リスニング能力、会話、プレゼンテーションの高いコミュニケーション能力を養うという目標が設定され、日常生活から専門分野までをカバーする幅広い能力を育成するカリキュラム編成になっています。なお、履修希望の学生は1年次にテストと面接で選考されます。
 今回はEPCの授業の中で、マークによるwritingに関する教材の開発を中心に述べます。


3.教材開発の背景

 本学においても、数年前より情報教育以外の科目でもパソコン教室などの情報教育用施設の利用希望が年々増えています。その中で、コンピュータの特徴の一つであるマルチメディア機能にいち早く関心を持ったのが、このEPC担当教員でした。
 今までの語学教材というと、カセットテープやビデオLDといった教材を用いた学生への一方向の情報伝達や、プリントによるドリル形式の問題集のように、一度消化すればそれで完結するような教材が多い状況でした。しかし、昨今の大学でのコンピュータ施設に代表される情報インフラの整備や、文系学生のコンピュータ保有率の増加といった状況の変化が、語学教材の電子化、マルチメディア化への流れを加速させていきました。
 本学和泉校舎の情報教育施設では、早い時期からパソコンにサウンド機能を付加するなど情報教育だけではなく、広くマルチメディア教材提供ツールとして考えてきました。そして、1995年から教員のマークと職員の中嶋が協力して英語教材の開発に着手しました。


4.教材開発の経緯

 教材を開発するには、その実行環境(実行アプリケーション)の選択が必要です。教材のオーサリングから実行、成績評価・分析まで行うような統合化されたシステムは、以前から広く普及していました。しかし、オーサリングだけでなく教材の実行にも専用アプリケーションを導入する必要があり、その費用の問題と、学生の自宅のパソコンでの実行が容易でない問題があり、筆者らのシステム開発の選択肢からは除外されました。
 そこで筆者らは、当時情報教育用パソコンにインストールされているアプリケーションを実行環境に用いました。実行環境の選定条件としては、
  1. 教材データが容易に作成できること
  2. 音声の取り扱いができること
  3. 学生の解答データを容易に取り出せること
  4. 教材実行の制御のためにロジックを組めること
です。
 開発当初は、図1のようなMS-Excelを選択しました。Excelは簡単なデータベースを取り扱えるため、教材データ、解答データの処理に都合がよいです。また、マクロによってシステムの動作を制御でき、セルに音声を貼り付けることによって、教材の音声の再生、学生の録音も可能です。
 このドリル形式のシステムは表の教材データと裏のマクロ(実行プログラム)が独立し、かつ一つのアプリケーションとして一体化しているところに特徴があります。つまり、教員(マーク)が教材データを表のワークシート上に作成し、システム開発の担当者〈中嶋〉が開発したバックグラウンドのマクロがこのドリルシステムを制御するというように、教材データと制御プログラムを独立に構築することができました。これにより、筆者らのように実際に一緒に作業する機会が少ない状況下でも効率的に開発を行うことが可能になりました。
 その後、学習効果の向上を目指し、より詳細で複雑な制御を実現するために、MS-Visual Basicへとシステムを発展させました(図2)。ここでも、教材データ、解答データ、実行システムを完全に分離し、教材データ作成者とシステム開発者との間で情報交換をしつつ、独立した関係でシステムの開発を進めることができました。
 その後、システム開発者〈中嶋〉の内部異動によって共同開発が続行できなくなり、数年間は教員(マーク)が独力でFileMaker Proを用いた教材開発を行うことになりました。この開発の際、Visual Basic版システムの開発時のノウハウがあったため、教員だけでもシステム開発は続行することができました。また、システム開発に伴う各種データの作成や、システムの動作チェック、授業時におけるシステムの運営に関して、アルバイトの授業アシスタントが非常に役立っています。
 現在は、再び筆者らの共同開発の体制が整い、FileMaker Pro版の教材の充実と次期システムの開発が予定されています。これに加えて、これからは大学の組織としての教材作成のサポート体制が充実していくことが強く望まれます。
図1 MS-Excelによる教材


図2 Visual Basicによる教材


5.現状システムと授業の活用について

 現在の教材はマーク執筆のテキスト「Natural Writing」(鶴見書店)をベースとして作成しました。教材の内容は、同年齢の学生が書いた作文をネイティブスピーカーが直したものを使い、興味深い話題が取り上げられています。また、普通の授業では実現できないような工夫(例えば重要なポイントが繰り返し出てくる構成、自然な発音に対しての気づきや知識が積み重なるような学習の工夫)がなされています。教材は全36のユニットから成り立ち、一つのユニットは大きく二つのパート「Dictation」と「Picture Stories」に分かれています。FileMaker Pro上に教材をデータベースとして作成し、スクリプトによってシステムの動作をコントロールしています。また、学習者の解答データも同一のデータベース上に作成されるので、そのデータをエクスポートすることにより、容易に抽出できます。
 「Dictation」では、ネイティブスピーカーによる音声を聴き、学習者はそのセンテンスを解答欄に記入します(図3、4)。一つの問題に対して3回試行することができ、場合によってはヒントを提示することも可能です。学生のいい加減な解答は拒否できるように、あらかじめ決められた単語数以上を入力しないと先へ進めなかったり、アプリケーションには通常存在するcopy & pasteの機能を無効にしたりしています。
 3回試行しても正解にたどり着けなかった学習者に対しては正解を提示し、その後繰り返しタイピングさせることにより、覚えられるような工夫を行っています。この「Dictation」は各ユニットで16問あります。
 次に、「Picture Stories」では八つのセンテンスからなるショートストーリーを読んだり聴いたりしながら覚え、全32問の穴埋め問題を解かせます(図5、6)。
 このシステムは学習者の実行システムと教材作成者のオーサリングシステムが統合されたものです。教材作成者(マーク)は、起動時にあるパスワードを入力することにより、教材の作成、学習者データの収集・消去、実行テストができます。
 教材を作成するには、メニューから編集機能を選択し、編集専用のテンプレートで、テキスト、音声、画像の各オブジェクトをcopy & pasteまたdrag & dropするだけです(図7)。
 穴埋め問題を作成するには、どの単語を問題にするかをマウスで選択するだけです。システムが自動的に問題データの作成、正解情報の登録を行います(図6)。
 この数年間、本システムを活用しています。学生の反応は、最初はコンピュータで学習することの物珍しさだけから興味をもって利用していましたが、自分のペースで学習を進められることや、パソコンを所有している学生であれば自宅でも学習できることから、意欲がある学生ほど進捗が早く、もともと積極的な学習意欲を求められるEPCには適していると思われます。また、学生の解答の誤り、不適切な言い回しなどについて、いくつかのケースを経験的に見いだすことができました。これについては別の機会に報告しますが、これらの誤りの情報を教材にフィードバックすることによって、より適切な指導が期待できます。
図3 Dictation聴き取り画面


図4 解答画面


図5 Picture Stories聴き取り画面


図6 解答画面


図7 教材作成画面


6.まとめ

 明治大学では、教材作成を支援する組織が十分に整備されているとは言い難いと思われます。しかし、教員の教授方法のアイデアと職員のシステム構築のスキルが有機的に結合することによって、いくつかの教材システムが構築されてきました。
 これから教育コンテンツがネットワーク資源として重要になってくれば、教育システムもスタンドアローンからネットワークアプリケーションへと発展することが期待できます。そのためには大学全体として、教材(コンテンツ)の構築をサポートしたり、実行システムを提供できたりするような取り組みを早急に考えねばなりません。

 最後に、以上報告した教材の運用に関して、明治大学の「情報システムを利用するための教育・研究コンテンツ構築プロジェクト」の協力があったことに感謝します。



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