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メディアを活用した障害学生への学習支援−英国オープンユニバーシティに学ぶ−

広瀬 洋子(メディア教育開発センター)



1.メディアを活用した障害学生への支援

 今日の日本で、学ぶ意欲があれば誰もが高等教育を享受できるかに思われている。一方、障害者にとって高等教育には高い壁がある。受験の受け入れ、入試方法、入学後の生活などハードルが幾重にも立ちはだかっている。筆者は過去10年、障害者の高等教育とメディア支援の研究をしてきた。1997年の「障害者の高等教育とメディア・アクセスの研究」では、日本の視覚・聴覚障害を持つ大学生の約30%を網羅した調査から、ITをいち早く享受する能力と意欲を持つ学生とは従来の高等教育システムから疎外され続けてきた障害者に他ならないという結論を得て、障害者へのメディア支援は単なる弱者救済という概念を越えて新しい学習支援方法構築の先鞭を切るモデルとなり得るという思いを強めた。またITによる学習支援が進む英国や米国の事例の分析から、ノーマライゼーションの思想基盤や、学生を中心に据えたサービスの重要性を学んだ。とりわけ1970年に設立した英国オープンユニバーシティ(OU)は設立当初から障害者への学習支援を開始し、オルタナティブ教材の制作や関係機関との連携を築いてきた。この経験は、IT利用を推進し個人のニーズに合ったフレキシブルな学習形態を目指す21世紀の英国高等教育全体にとって、想像以上に大きな役割を果たしている。


2.英国オープンユニバーシティについて

(1)概要

 1970年に設立したOUはすでに200万人を送り出し20万人以上に学士を与え、エチオピア、シンガポール、香港、欧州全土に教育網を拡大した。英国に13の地域センターと305の学習センター、国外に42の学習センターが設置されている。1997年度は学部が12万5千人、院生が3万9千人。学生総数は16万4千人で、うち2万人は国外に居住し、障害者は1999年現在登録されているだけで約6千名である。
 学習方法としては、TV・ラジオ授業番組の視聴と印刷教材・視聴覚教材、コンピュータソフト、実験用教材を用いた自宅学習と、学習センターの面接授業で構成されている。その教育能力の高さはHigher Education Quality Control Councilが英国の大学のトップ5群に位置付け高い評価を与えている。

(2)21世紀の英国高等教育のIT戦略とOU

 英国では90年代初頭に大学は倍増し、「市場原理に基づく費用効果の高いやり方でのマス化・ユニバーサル化」、「高等教育需要の増大、教育コストの削減の時代に教育の質の維持」に貢献する鍵としてIT活用が国家的命題となった。2000年までにすべての高等教育機関と継続カレッジは産業界とネットワーク化し、2005年までに全学生がポータブルコンピュータを持つことを目標にしている。OUでは300コースのうち100以上がITを活用し、1997年には、学生から1日に5000回以上、コンピュータ会議にアクセスがあり15万通以上のメッセージを読んでいた。学習センターの授業や課題提出にもITは活用され、英国の伝統的教育様式である緊密な講師・学生間の交流を支えている。21世紀の高等教育のグローバル化は英国社会に知識経済の分野で大きなチャンスをもたらすだろう。OUの経験(英語・高水準の高等教育・BBC制作陣)は市場開拓の牽引役となるだろう。

(3)OUの障害者サービス

 2000年度の障害者登録数は7,000人以上である。ちなみに1996年度の障害者登録は5,622人でOU全体の4%。うち88%(4,976名)は学士コースに在籍し、視覚障害980名、聴覚656名、精神障害569名、学習障害459名で、重複障害者も多数在籍していた。筆者が作った図1とともに以下に多様なサポートを整理してみる。
1) 本部の障害者担当事務局(OSD)のスタッフは各種情報・サポート・オルタナティブ教材などを学内でコーディネートし、学習センターのコーディネータは入学から卒業まで継続的に学生のニーズに適切なアドバイスをする。障害者向けIT講習会等もある。
2) Webページで「disability」を検索すると支援情報にアクセスできる。大学は定期的な障害者白書の公開が義務付けられ、その音声ダウンロードも可能になっている。年2回発行の障害者新聞や一般学生新聞にも障害の情報が掲載されWeb上での閲覧が可能。
3) 技術支援事業:OSDが学生の障害に合わせた機器の貸し出しや訓練の継続的支援をコーディネートし、コンピュータ・プリンター・モデム・ソフトウエア・OUコース教材・障害者用ソフトウエア(音声認識・音声合成・拡大文字)・機械装置支援(アームレスト、キーガード・コピーホルダ)等が利用されている。学内援助グループは印刷教材をCD-ROM化しデジタル録音技術を開発している。(図2参照)。その他補聴器、携帯用室内音響ループ、音声計算機、特殊レコーダなどの貸与制度がある。
4) 学習教材は、オルタナティブメディア教材<印刷教材のオーディオ教材>、<電子ファイル>、<触知性教材>、<放送授業番組台本>、<TV授業番組字幕化>、<点字>などがBBCや自治体の障害者支援機関と連携して用意されている。
5) 対面授業は学内コミュニケーションサポート陣に支援されている。王立聾者研究所と共同し唇読者、ノートテーカも用意されている。電子メールによる課題提出も可能。
6) サマースクールでは、障害者特別支援週間を設け、通訳者、唇読者、ノートテーカ、音声収集機器、字幕スクリーンなども用意。必要な介助者をOUが手配したり、介助者同伴も可能である。その他、一般生活補助機器の他、学習補助(朗読テキスト、拡大文字)CTV(クローズ・サーキット・テレビジョン)実験や野外活動の際の学習援助者、ビデオ付き顕微鏡、触覚性図表、実験用の特別器材なども用意している。
7) 評価は一般と同じ学問的水準だが課題提出の形態の変更・調整は可能である。試験時にインターネット・音声録音・点字・拡大文字・コンピュータ・タイプライタ、筆記者・手話通訳も利用可能。ケースによって超過時間や休憩時間・自宅受験も配慮される。
8) その他、大学ではオルタナティブ教材を念頭においたカリキュラム開発や、ファカルティディべロップメントとして障害に関する教育などを行っている。

図1 障害者支援システム
 
図2 視覚障害者のためのデジタル学習環境

3.日本の大学の課題

 上記の学習支援サービスが日本の高等教育、とりわけ高齢者をも視野に入れた生涯教育の拡大やメディア活用に示唆するところは大きい。米国・オーストラリア・カナダ・英国の大学のWebページを"disability"で検索すると読み上げソフトで読みやすいデザイン的な配慮がなされた障害者支援ページにアクセスされる。近年手のこんだWebページを誇らしげに競う日本の大学のWebで障害学生への必要な情報がどれだけ流されているだろうか?長年障害者受け入れに尽力してきた私立大学が先頭にたって障害者のメディアアクセスを可能にすれば、日本の大学は大きく開かれていくに違いない。言語的ハンディを持つ留学生にも多大な助けとなるだろう。


参考文献およびURL
[1]広瀬洋子:インフォメーションテクノロジーと高等教育.メディア教育研究, No.5, p.1-25,メディア教育開発センター, 2000.
[2]広瀬洋子:障害者の高等教育とメディアアクセスの研究. 放送教育開発センター研究報告. No.102,p.193-215,1997.
[3]H・パーキン:イギリス近代社会と高等教育.H・パーキン講演集. 有本章・安原義仁編訳, 広島大学大学教育センター, p.91, 1993.
[4]H・グリーン:イギリスの大学.安原義仁・安達薫訳,法政大学出版, 1994.
[5]安原義仁:イギリス−教育評価を中心に.高等教育研究紀要 第17号:高等教育ユニバーサル化の衝撃,財団法人高等教育研究所, p.68, 1999.
[6]Dearing Report:Higher Education in the Learning Society. The National Committe of Inquiry into High Education ,1997, http://d3e.open.ac.uk/Dearing/
[7]Basic facts and figures for 1998, http://www3.open.ac.uk/media/factsheets/

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