心理学の教育における情報技術の活用

心理学基礎実験におけるホームページの利用

木村 裕(早稲田大学文学部教授)


1.はじめに

 私がはじめて触れた卓上用のコンピュータは30キロバイト程度の、当時としては大記憶容量を誇る実験装置管理のためのものでした。プログラムは機械語で入力し、録音テープに保存し、機能としては、時間を計測・記録し、音や光や電撃を一定時間提示し、ペレットフィーダーの回転やレバーの出し入れ等を制御していました。画像や音声の情報制御は少し遅れて扱われるようになってきたと思います。私の知る心理学の実験現場ではそのようなコンピュータの利用状態が精一杯に展開しておりましたが、約25年以前の様子は現在ではすっかり違った状態へと変容しました。CPUの進化と記憶容量の飛躍的な増大によるものと思いますが、遠隔地で実験を監視し、実験装置に指示を伝え、データを管理することができるようになりました。多くの資料情報がデジタル化され、動画資料も有効に活用されるようになり、通常は確認できない情報も即座に現実味を帯びた情報として取り出すことが可能となりました。携帯用パソコンには30キロバイトではなく、30ギガバイトが当然のように準備されており、書斎を持ち歩いているような状態が平常化しつつあると感じられます。


2.ホームページの作成

 私は心理学基礎実験に関する実習を担当しています。第二文学部においては、「二点弁別閾」、「ミューラーリヤーの錯視」、「重さの弁別」、「形の感情効果」、「鏡映描写」の5課題を二つのクラス(通年科目)で、また、第一文学部においては「学習実験」(半期科目)を担当していますが、こちらでは、ラットを被験体とする条件づけの実験が中心となっています。種々の現実的な実験実施の手順に関する事前の指導では、実演するなどしてみせて、ひとりひとりの学生に対して的確に必要事項を伝え、修得を確認できなければならないと考えています。しかし、1クラスの受講生数が約30名という状態が数年来慢性的に続いてきており、的確な指導という観点からは、定められた授業時間の範囲内で、従来の方法が十分に行き届いた指導の効果を上げているとは言えないのではないか、と危惧するに至りました。
 この頃(約5年前)、文学部では、大学の全面的なサポートのもとにインターネットを教育現場に活用しようという動きが始まっていました。語学関係のいくつかの部門では、教育訓練システムの整備が行われ、双方向の同時的情報交換の方法も安定したスタートを見せていました。同時に各種資料情報をデジタル化して保存しようという気運も高まってきており、各研究分野ごとに作業が開始されました。現在もさらに充実した進行の下にデジタル化作業は進められていますが、多くは文学部ホームページ(以下HPと略記する)に公開されて、学生や研究者が随時利用できる状態になっています。
 心理学基礎実験の担当者として、学生個々に及ぶ指導に関しては限界を感じていましたが、単純に担当教員を増員することで解決を求めるということはできませんでしたので、学部のHPを利用させてもらうことを考えるに至りました。この科目に関する限り、他の研究領域とは違い、複雑な手続きを経なければ、あるいは遠く国外に出向かなければ、資料をデジタル情報化することはできない、という性質のものではありません。心理学基礎実験の実施環境や実験機器装置と、正確な実験実施方法の手続きを理解してもらうための情報を提示して、学生が任意の条件下で自由に確認しながら学習することができれば、指導の不足を効果的に補うことができるであろうと考えた次第です。
 教材の作成という課題を設定して大学に応募したところ、最終的に30余件のうちの一つとして採用され、約30万円の予算のもとに、教材としてのHPの作成に取り組むことになりました。予算は、520メガバイトのカード型記憶媒体を用いて、動画も30分間は記録できるデジタルカメラと、MO関連装置、また撮影と編集とその他の資料整理のための謝金等で、消費されました。
 HPには、各課題ごとの実験装置と、その用い方、実験進行の手続き、記録用紙、などについて解説してあります。また、実験を行うときの実際の実験者と被験者の様子や動きを、静画像と動画の両方によって紹介しています。


3.ホームページの利用と評価

 HPを立ち上げて2年目(1999年1月)には、第二文学部の心理学基礎実験における五つの実験課題に関して1回目のアンケート調査(以下「調査」と略記)を実施して、効果の確認を試みました。また、このたび3年を経て(2002年10月)、同じ調査用紙を用いて2回目の調査(以下「調査」と略記)を実施しましたので、極めて乱暴にではありますが、調査の一部分を確認したいと考えました。この科目は30名と25名から成る2クラス(合計55名)において実施されておりますが、教員と一部の教務補助が入れ替わる以外、実習内容は全く同じです。両クラスともに初回授業でのオリエンテーションでは、このHPに関する十分な解説を行い、アドレスを板書して紹介することが慣例化していました。また、今年度の講義要項には、HPのアドレスを紹介しています。

(1)学生はHPの存在を承知しているか?

 両調査実施時点においてHPの存在を承知していると回答したのは、調査で32名、調査で34名でした。授業開始時にHPに関する情報は伝えてあるにもかかわらず、40%前後の学生が、知らずにいたことになり、学生への伝達は繰り返し工夫を重ねなければならないことが考えられます。HPへのアクセスは、主に大学のコンピュータ室(調査12名、調査12名)と自宅(調査12名、調査20名)から行われていますが自宅からのアクセスが増加しており、コンピュータの普及が確認できます。

(2)アクセス経路のわかりやすさ

 大学のHPからこの授業のHPに至るまでの経路のわかりやすさを、「わかりやすい」から「わかりにくい」に至る7段階で回答してもらいましたが、良い評価は得られませんでした(調査平均4.3、調査平均5.0)。HP全体の目次の構成に何らかの工夫が期待されます。

(3)どのようにHPを利用したか

 複数回答可能の形で得られたHP利用のあり方に関する回答度数を表1に示しました。3年前には主に予習とレポート作成のために利用されていましたが、今年は全体的な利用頻度も低くレポート作成のために利用する傾向が強くなっていました。
 ホームページ作成の目的は、より正しい方法で実験を実施するための事前の情報提供でしたが、学生の関心は、レポート作成のための資料という側面に向けられるようになってきていると考えられます。

表1 HPの利用方法
(回答数)
  予 習 レポート作成 復 習
調査
調査
50
24
49
38

(4)HPの何が参考になったか

 表2には、HPの何が参考になったかについて、複数回答可能の形で得られた回答ですが、前回調査に比べてこの度の回答数は大きく減少しておりました。しかし、いずれの調査においても、文章、静止画像、動画、の順になっていました。受講生はHPで書かれているのと同じ文章の教科書を持っていますが、静止画像と動画は、HPでしか確認できません。HP作成の目的には、よりリアリティーの高い情報、特に動画情報を提供することで、口頭や文章では伝達が難しいと考えられた内容を、的確に伝えることが主要な目的の一つとして考えられていました。しかし、現実的には、動画情報の利用水準は最も低いことが明らかになっております。一つの要因として、コンピュータの性能がもたらす効果が考えられました。動画を見るために、ダウンロードするには、学内の端末からでも多少の時間を要し、また、学外からのアクセスには、さらに長い時間を必要とすることが想定されます。また、前記(3)に明らかなように、学生の関心と需要はレポート作成と予習に向けられていることが確認できます。これらの状況が、動画情報への評価を低くしたと思われます。学外からのアクセスの高速化と学生の持つコンピュータの高性能化が期待されるところだと思われます。

表2 HPの何が参考になったか
(回答数)
  文 章 静止画像 動 画
調査
調査
46
20
31
10
17


4.今後の期待

 研究教育活動におけるIT機器の活用が、当然のこととして日常会話でも話題とされるようになったのは、それほど昔のことではないと思います。我々は実験装置に関する種々の管理をはじめ、授業における教材資料の提示伝達にデジタル化情報を用いることを遠慮なく考えるようになってきていますし、また、学生がキャンパスに出向くことなく授業に参加できる状況は、ビデオ・オン・デマンド授業に始まり、双方向の質疑応答が可能なスタイルで一般化に向かい、さらに洗練された状況へと進んでいくと思われます。大学などにIT技術を積極的に準備することは、研究教育活動を成立させるために必要不可欠な前提条件として考えなければならない時代になってきました。
 実験実習の指導のために作成したHPは、諸事情のため、必ずしも期待どおりの利用のされ方はしていないと思われますが、アクセスの高速化とコンピュータの高性能化によって、やがて時代の要請に対応していけるようになると考えています。


URL
http://www.littera.waseda.ac.jp/littera/enshu2/index.html
http://www.littera.waseda.ac.jp/littera/enshu22/index0.htmlhttp://www.littera.waseda.ac.jp/littera/enshu22/index0.html



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