情報教育と環境

近畿大学工学部での情報教育の取り組み

〜第5次情報教育システム更新を契機として〜


1 はじめに

 本学は広島県東広島市に位置し、学部6学科と大学院工業技術研究科(博士課程前期・後期)により構成され、現在約2,500名の学生がここに学んでいます。2001年の夏まで呉と東広島の二つのキャンパスに分かれ運営されていましたが、昨年すべての学科・大学院が東広島に統合移転され、工学部広島キャンパスとして名称も新たになりました。
 1990年に旧呉キャンパスに電算機センターが発足し、学内の情報教育をあずかる機関として位置づけられて、メインフレーム・コンピュータを運用してのプログラム教育を始めました。1991年に東広島キャンパスが新設された頃より、学内に基幹ネットワークを敷設し、各研究室や学科演習室のPCをネットワークに接続することが試みられるようになり、二つのキャンパス間を専用回線で結んで情報教育が行われました。1994年にはインターネットに接続され、1997年に学部のホームページが開設されています。同年、センターの名称も現状の実態にあわせ「情報教育センター」と改称されました。過去4回の情報教育システムの更新が重ねてられてきましたが、2002年春より、クライアントPCとして、LinuxとWindows2000のマルチブートOS環境下での運用を主眼としたシステム更新を行いました。


2 情報教育におけるPCの三通りの使われ方

(1)新入生対象の情報リテラシー教育

 本学では、入学時に6学科すべての学生に対し「電算機基礎演習」という授業を割りあて、情報リテラシー教育を行っています。ここでは機械や建築といった情報プロパーでない学科においても、共通するPCの基礎知識の習得を目的とし、主にWindowsOSの環境下で授業を行っています。メールの送受信、ファイルサーバの活用方法、Word文書の作成とExcelを使った表やグラフの作成、PowerPointを用いたプレゼンテーションの基本や、アプリケーション間の連携などがこれにあたります。またホームページの作成なども行われています。今年から夏季休暇中にこの新しい実習環境を使い、MOUSの資格取得を目指す講座を開始し、予想を上回る数の学生が合格を果たしています。
 さらに、専門分野に踏み込んだ授業においても、たとえば数学統合ソフトのMathematicaを使って、数式を視覚的に捕らえて理解する演習などが実施されています。

(2)建築学教育におけるCADソフトの利用

 これまでドラフターを使って演習していた設計系の授業(「建築設計」、「機械設計」など)が、年々CADを使ったものに移行していく関係で、CAD系の設計教育に対する配慮が、今回の情報教育システム更新の重要な判断ポイントとなりました。本学ではCADのアプリケーションとして、シェアの高いAutoCADのライセンスを比較的多数保有してきたこともあり、今回はそのUpdate版の2002というリリースを買い揃えました。また設計画面のためのモニターも、液晶17インチ画面の広さのものを採用し、空間把握をなるべく妨げないようにしました。これらの授業もリテラシー教育と同様、WindowsOS環境下での運用になります。

(3)Linux環境下でのプログラム教育

 情報系の学科においては、プログラム教育をLinuxの環境下で行っています。ディストリビュージョンとしては「RedHut Linux (Kernel 7.2)」のFTP版をインストールし、標準のデスクトップ環境のGNOMEを使い、プログラムソースの編集やgccを使ったコンパイルといった使い方をしています。Linux環境下のソフトウェアはすべてフリーウェアのもので、新規に購入してインストールすることはありませんでした。そのためか、現状では日本語環境に不安を残しており、ある程度の不自由は目をつぶって運用せざるを得ないことがあります。
 表1に本学の演習室あるPCにインストールされた代表的なアプリケーションとPCの基本スペックを示します。演習室を使った授業のコマ数はここ数年多くなる傾向で、前期も後期の予定もビッシリと詰まってきています。同じPCを使っていながら、ある時にはLinux環境下でプログラム、またある時は建築CADソフトが立ち上がり、オープンな時間では学生がWebブラウザでインターネットサーフィンを楽しんでいます。

表1 代表的なアプリケーションとPCの基本スペック


3 ファイアウォールとセキュリティ

 大学において、インターネットに接続できる環境が何の説明も要らず用意されていることは半ば当たり前のようになってきています。「いつでも、どこからでも」というマーク・ワイザーが提唱した「ユビキタス・コンピューティング」の合言葉に促されて、まずは教員・学生の利便性の向上を第一義として、システム全般の管理者の立場から、日々情報システム環境に工夫を加えています。残念なことは「だれでもが…」というフレーズが付け加わることのないようネットワークのセキュリティに目を配らなければならないことでしょうか。
 次ページ図1に本学のネットワーク構成図を示します。外部インターネットの接続は5km先にあるSINET広島大学ノードへ1.5Mbps×2本で接続しています。決して十分な帯域ではないので、今後の増強も検討すべき点です。ウェブサーバやDNS、図書館のOPAC検索サーバなどの公開サーバは、ファイアウォール(F/W)から切り出されるDMZ(非武装地帯)のネットワークセグメントにおかれ、完全に外部に対して完全に遮蔽すべき学内ネットワークから分離されています。
 F/Wの運営サービスは筐体をレンタルサービスで借り受ける傍ら、どのIPアドレスのどのポートを閉じるか開けるかなどの詳細設定は、(株)大塚商会のFMS監視センターに電話やメールなどで指示して任せています。このF/Wの設置により外部からの不正アクセスをある程度防止できる一方で、内部からのアクセスコントロールにも抑制を効かせることができます。現状では著作権に抵触する可能性のある、ピアツゥピアのファイル交換ソフトウェア(WinMx、Napster、Gnutella、Winnyなど)は、その使用するポート番号を特定してF/Wでポートを閉じて利用できないようにしています。さらにF/Wの前段にはLayer7SWを配置し、外部からのDDoS攻撃などを防御しながら、通過するすべてのパケットの出入りについて、各アプリケーションごとの利用率の分析や帯域のコントロールなどを行っています。
 また学内の150ヶ所近い研究室および講義用一般教室には、1個口のRJ-45ローゼットの情報コンセントが配置されており、そのほか特定の教室と図書館では2席ないし3席に一つの間隔で、情報コンセントが設置され、DHCPでIPアドレスが配られます。

図1 近畿大学工学部 ネットワーク構成概略図


4 演習室のネットワークとPCの構成

 ネットワーク環境については、学内全般ではいまだFDDIの基幹LANが健在ですが、今回のシステム更新では、部分的に情報教育センターの演習室まわりを光ファイバとセンターコアスイッチを使ったギガビットイーサネットワーク構成に替えています。
 情報教育センター管轄のコンピュータ実習室は4室あり、コアスイッチから各室のMDFに配置したレイヤー3スイッチに光ファイバで接続され、その先はワークグループスイッチによって全308台のPCに配線されています。クライアントPCはプライベートIPで静的に割り振られています。また演習室の各室には無線LANのアクセスポイントが配置され、Macアドレスが登録された無線LANカードを利用して、学生が自分のノートPCを利用することが可能になっています。
 液晶の17インチディスプレイは、机上の省スペースと省電力にも一役買いました。机の上の奥行きが広がったことで、学生からはノートが取りやすくなったと好評です。また教材提示の方法として、3階の二つの演習室では2台に1台の間隔で先生機のモニターを配信するセンターモニターを設置し、講義の助けとしています。また学生端末のデスクトップには配布教材を参照できるフォルダや、レポートを画面上で回収できるフォルダなど授業中の便利さを向上させる工夫がされました。
 学生用の個人のファイルサーバの利用容量は一人最大100Mバイト、MyDocumenntフォルダとファイルサーバは連動されていて、CADファイルなどの比較的大きな書類はドラッグ&ドロップでファイルサーバに簡単に保存可能です。またPCの前面にはUSBポートが2基ありますので、フロッピーで収まりきらないデータがあればUSBのメモリ・キーを使って保存するように、学生に呼びかけています。
 また個人のメールの容量は最大で20Mbyte、PCのクライアントにはOutlookを含めメールアプリケーションは一切インストールされておらず、学生にはこの春導入したWebメールを使わせるように指導しています。これは、蝶理情報システム(株)のCatchMe@Mailという商品で、トップページやロゴなどをカスタマイズして、本学のネットワーク名のHiKING@Mailという愛称をつけて運用しています。これを使うことでWebさえ使える環境であれば、そこがインターネットカフェであっても、帰省先の親のPCであってもブラウザ経由で大学のドメイン名のメールを送受信できます。また携帯端末でのメールチェックも可能です。


5 メンテナンスの軽減化の方法として

 演習室のPCを学生に使わせたあとに、次の授業に差し障りがないように現状を復旧させる一連のメンテナンス作業ほど管理者の頭を悩ませるものはありません。今回のシステムではこの点も大切なポイントとして、取引ベンダーに提案をさせました。いくつかの方法の中から選んだものは、PCのハードディスクの内容をWindows、Linuxともにイメージファイルとして取り扱って雛形を作成し、ある間隔で自動配信させるという仕組みです。(株)ネットジャパンが取り扱う製品で「Altiris eXpress」というツールを使って、ほぼ二週に1回という間隔で全教室のPCの中身を、雛形PCの中身にごっそり入れ替える作業を全自動で行っています。その日の授業が終了した夜間に、各教室ごとにスケジューリングで走らせて翌朝に確認を行うということをしています。クライアントPCのウェークオンLANから始まり、一教室のすべてのPCの配信が完了するのに約3時間ほどかかります。9月の末現在でこの自動配信のスケジューリングが100%機能しているわけではなく、まだまだ調整が必要かと思われますが、一台一台をマスターにあたるCDを使って復旧作業をしていた以前の環境から比べると、フリーハンドに近い気安さがあり、心理的な負荷はなくなりました。
 また雛形になるものを定期的にアップデートしていく(例えばウィルス検知の定義ファイルやWindowsUpDateなどのPachあて)ことで、アプリケーションのその時点までの最新の内容を保てるなど、単に現状復旧に留まらない積極的なメンテナンスが可能になりました。ワンポイントで授業で使う、新規のアプリケーションの事前追加など、ひとたび雛形に追加したものを自動配信することで面倒な手間が省けます。


6 情報教育における今後の課題

 若年者が始めてパソコンに触れる機会というのは、ある調査によれば2年ほど前には中学で使い始めるというのが多数であったそうですが、最近では小学校高学年で自宅にある親のパソコンを利用して、その使い方を家族に教わるケースが多数を占めるように変わってきています。ADSLなどの常時接続の環境も爆発的な広がりをみせ、職場と自宅での接続環境も、自宅のPCを使うほうが圧倒的に速くなってきています。もの心ついた時にはインターネットが利用できていたという環境下で、今の学生はずいぶんと贅沢なデジタルライフを過ごしているようです。
 大学での情報教育の中身も、リテラシー教育の基本は大学入学時までにある程度習得済みで、意欲ある学生にしてみればもの足りなさを感じるケースも多くなるでしょう。また卒業後のことに目を転じてみると、就職の受け入れ先である産業界からの大学への情報教育の要請としては、プログラムの作成スキルにとどまらず、ネットワーキングの知識と実践的なスキルの習得、データベース設計の基礎やプロジェクト・マネジメントの基礎、サーバ管理運用の基礎などがITエンジニアのコアスキルの条件とされてきています。より現場の実践に即したスキルを身につけさせる取り組みが必要になってきています。
 情報教育センターでは、シスコシステムズ(株)と協調しながら「シスコネットワーキング・アカデミー」というプログラムをこの夏から試行的に始めました。ルータのシェアの8割を占める同社が開発したe-Learnig教材を使い、実機ルータでの演習に時間を多く割いて、シスコシステムズの認定するネットワーク運用資格のCCNAを学生時代に取らせることを目標にしています。ダブルスクールにみられる学生の資格取得意欲に応えるかたちで、マイクロソフトやオラクルといったベンダー資格も視野に入れて、あらためて大学の情報教育のテーマの再構築が迫られていることを強く感じます。
 また将来構想として、図書館と情報教育センターを一体化した「情報館」の建築構想も検討されており、遠くない将来に学内基幹LANをギガビットに整備し直して、教育・研究環境のネットワークインフラの強化と、遠隔授業やe-Leaningのトレンドに応えられる情報基盤整備を目指しています。


(文責:近畿大学工学部情報教育センター 谷口 甲二)


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