特集 e-Learningの実践〜魅力ある教育を目指して〜

インターネットによるe-Learning
−東京工科大学-慶應義塾大学で実施−


河西 宏之(東京工科大学工学部教授)



1.はじめに

 東京工科大学は平成14年度に大学院前期課程の講義の一つとして、慶應義塾大学大学院との間でe-Learningを実施しました。今回のe-Learningの特徴は、両大学を結ぶネットワークとしてインターネットを使用したことです。
 e-Learningを行うにあたっては、10月1日からの後期の授業に備えて前期の授業期間が終了するまでに慶應義塾大学と対向できるシステムの購入と教室の整備を行いました。また、実施にあたっては、当学のメディアセンタ、大学院課、技術課が一体となって推進し、講義時には画面操作などのために常時、2名のSA(Student Assistant)を配置しました。


2.e-Learningの授業科目と利用形態

 当初は両大学の講義をそれぞれの大学の学生がe-Learningで受講し、単位を取得できることを前提に検討しました。しかし、計画が平成14年度に入ってから具体化したため、単位の認定など、正規に契約を交わした形で実施するには時間的に難しいことが明らかとなりました。そこで慶應義塾大学で松下温教授(東京工科大学片柳研究所教授、慶應義塾大学客員教授)が行う「情報通信メディア特論B」の講義と筆者が東京工科大学で行う「システム構成論」の講義を対象とし、慶應義塾大学側から6回の講義と試験、東京工科大学側から4回の講義と試験を実施することとなりました。すなわち、東京工科大学の学生からみると試験を含めて7回のe-Learningと5回の一般の講義を受講し、慶應義塾大学の学生からみると7回の一般講義と5回のe-Learningを受講したことになります。なお、回数にアンバランスが生じたのは、休日と重なった月曜日の授業を火曜日にシフトして調整するための時間割が両大学で異なり、後半の授業日が2日、減ったためです。
 受講者の単位取得の評価は、2回の試験結果をもとに東京工科大学の学生に対しては「システム構成論」の講義として筆者が行い、慶應義塾大学の学生に対しては「情報通信メディア特論B」という講義として松下温教授が行うこととしました。したがって、講義内容を「情報通信」と「システム」という二つの事項を適切に盛り込んだ内容とする工夫を行いました。具体的にはシステム構成論ではデジタルハイアラーキの決定根拠やデジタルネットワークの構成要件など情報通信システムや装置を実現する条件を、情報通信システムや装置を実現する条件を、情報通信メディア特論Bでは移動体通信システムの設計法を明らかにしました。


3.今回のシステムの運用と特徴

 教室にはMPEG-2符号器などを含む操作卓と2台のカメラ、二つのプロジェクタを用意して、e-Learningを実施しました。プロジェクタの一方の画面には講義者の様子を、もう一方の画面には講義で使用するPowerPoint、ないしは書画カメラの画像を表示するようにしました。また、遠隔受講側からは2台のカメラで受講者の様子とプロジェクタに表示されている画面を写して講義者側に伝送し、講義を円滑に進行できるようにしました。
 大学間を結ぶe-Learningは、通信事業者の提供する専用線で結んで実施するのが一般的です。今回は東京工科大学と慶應義塾大学を結ぶネットワークとしてインターネットを使用したことに最大の特徴があります。
 専用線の場合、帯域の保証がなされており、安心して使えるといっても過言ではありません。これに対してインターネットは、ベストエフォート型サービスといわれるように、ネットワークのトラフィック条件が厳しくなると情報の伝達を保証しないため、このことを前提に運用を考えなければなりません。適用したシステムでは、映像の符号化速度が可変になっており、トラフィックが厳しくなったと認められた場合には、随時、符号化速度を落として対応するようにしました。さらにシステムの故障やネットワークに不都合が生じた場合に備え、講義を行う側で講義模様をビデオに撮り、それを相手大学に速やかに郵送することにしました。これによって再講義を可能としたり、音声の途切れなど、講義に不都合を感じた学生にビデオを貸し出せるようにするなど、システムの欠点を補う可能な限りの対応をとりました。
 e-Learningをはじめた直後は、特に問題とするような不都合は生じませんでしたが、回数を重ねるにつれてインターネットのトラフィック問題と推測されるトラブルが頻繁に生じるようになりました。すなわち、受信画面が固まってしまったり、音声が届かなくなったりする現象です。
 e-Learningで最も重要な問題は、音声が届かなくなったり送ることができなくなると、全くのお手上げ状態になってしまうことです。この対策として東京工科大学から講義をはじめた2回目から音声のインターネットによる送信を中止し、携帯電話を使用することで対処しました。携帯電話の品質でも音声が途切れるよりは望ましいという判断です。しかし、講義を行う立場からすると軽量マイクを90分間持ちつづけて話をするのは結構、難儀なことです。また、マイクをネクタイなどにとめて話をするのも、できるだけ下を向いて話をしなければならないという潜在的なプレッシャーから意外と疲れるものです。これらのことから付け焼刃的な対処ではなく、e-Learningに適したヒューマン・マシンインターフェースの重要性をあらためて認識することとなりました。


4.e-Learningの導入結果

 東京工科大学は、平成15年4月から「バイオニクス学部」と「コンピュータサイエンス学部」を開設します。その新学部の計画段階である平成12年8月から9月にかけて学長を団長とする総勢10名で、全米の代表的な大学を訪問し、見学や議論を含む調査を行いました。その主要点は、「教育改革の状況」と「教育・研究・事務におけるITの活用」です。
 その結果、多くの大学でe-Learningを実施したり、それに関する研究を全学的に展開していることが明らかとなりました。これらを参考に新学部の開設に合わせて建設した研究所棟には、ITを活用する教室や講義模様のビデオなどをディジタル的に保存する「エンコーディングルーム」を設けています。
 今回のe-Learningは、今後展開しようとしているIT活用教育の先駆けとなること、さらにはインターネット活用の教育研究として重要な意味を持つものであることから積極的に取り組むことにしました。また、大学院を対象としたのは、その活性化の施策となり得ると考えたからです。すなわち、他の大学の講義を受講することによって学生が刺激を受け、また自らの発展の糧となることを期待したからです。
 授業評価は、東京工科大学の受講生29名に対して慶應義塾大学からのe-Learningが終了した段階でアンケートにより実施しました。主なものを取り上げると、以下のような結果となっています。

 一般の講義とe-Learningの間で大きな差はないと考えられる結果となっています。このことは、「e-Learningをまた受けたい」と希望する学生が59%いることからもうかがえます。
 受講者からの要望として多かった事項は、

などです。1項から3項までは講義者に対するものであり、4項目は講義システムに関連した事項です。音声をインターネットから携帯電話に変えたのは、これらの意見に対する緊急の対応策という意味もありました。
 今後、講義者、受講者ともに経験を積み、よりよいシステムとしていく努力が必要であることを示唆しているといえます。


5.今後の予定

 インターネットに起因していると思われる通信トラブルにもかかわらず、e-Learningに対する受講者の評価は予想以上に高かったと判断しています。講義者、受講生ともに新しい教育システムに慣れるとともに、それぞれが新たな工夫を行っていくことが重要です。
 また、トラブルの原因究明にも取り組みます。東京工科大学、慶應義塾大学のそれぞれの学内ネットワークに問題がないかの確認とそれに基づいた両大学間の接続確認など詳細な調査を行います。これらの結果によっては機器類の取替えなども行い、よりよいネットワーク環境を構築します。
 平成15年度には前期に1科目、慶應義塾大学からのe-Learningによる講義を実施し、単位取得者には東京工科大学大学院の修了単位と認定することとしています。また、後期にはe-Learningと一般の講義を組み合わせた本年度と同様な方式により1科目を実施することにしています。
 終わりにe-Learningを実施するにあたり、ご指導、ご助言をいただいた東京工科大学大学院研究科科長松永俊雄教授、片柳研究所松下温教授をはじめ、運用に関わった多くの皆様に感謝します。


URL
http://www.teu.ac.jp/


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