会計学の教育における情報技術の活用

インターネットを活用した会計の国際授業10年間の歩み
−中央学院大学商学部の試み−

M.Susan Stiner(米国Villanova大学商学財務学部会計学科准教授)
椎名 市郎(中央学院大学商学部教授)



1.授業の背景と環境

(1)思い出にヒタル編−PCの大衆化−

 1991年4月から中央学院大学商学部の会計学系列「外国(会計)書講読I」の科目(3年次配当の選択科目で4単位)にインターネット(開始当時はBITNET)を利用した国際授業を始めて、すでに10年の歳月が過ぎました。会計教育としては日本で始めて実施したこの授業も、当初はパソコンが動き出すまでの事前説明や電子メールの操作方法に時間を割かれ、会計の授業になかなか到達しなかったことを今は懐かしく思い出します。

(2)専門技能職員のサポート編−情報教育の成功の秘訣−

 1989年ごろ中央学院大学でBITNET(現在はJOIN)のメール機能を利用した授業を強く押し進めたのは、教員ではなく情報システム部の佐藤弘憲部長でした。マルチメディアを利用した情報化教育の成否は、この専門技能職員のサポート体制と教員側の意欲が不可欠であることを如実に物語る本講座のスタートでした。過去の私情協の実態調査でも教員がマルチメディア教育で一番要望することは「授業支援スタッフ充実」でした。

(3)教員の意識編−教員の人的関係や熱意の重要性−

 1990年、米国デラウェア大学経営経済学部会計学科のFrederic.M.Stiner博士からこの国際授業の快諾を得て、講義のコンテンツの作成に入りました。その後、ヴィラノバ大学商学財務学部会計学科准教授 M.Susan Stinerが参加しました。マルチメディアを利用した教育は、準備やその実施に想像を超えるエネルギーが必要ですから、日米教員の信頼関係や教員の新しい教育技法への関心の高さが重要となります。

(4)会計教育再考編−国際授業の目的は?−

 まず、会計教育の目的について議論しました。1)金融・会計ビックバン後の常識としての会計、2)経済・経営の学問連関の会計、3)公認会計士等プロフェッションを養成する会計、4)形式的合理性や貸借均衡の理論など計数精密化による会計マインド育成の会計などです。検討の結果、目的は 4)会計マインド養成と国際的な授業の体験を通して会計の視野を広げ異文化を学ぶことに置きました。英語が大切ですので英作指導にも重きを置くようにしました。


(c)M.Susan Stiner, 1998-2002, Created in September, 1998.
Last modified on October 25, 2002 03:56 PM EST (Eastern Standord Time)
図 授業内容の一覧(M.Susan Stinerのホームページ)

2.授業の運営と内容

(1)「外国(会計)書講読」の授業建て直し編−学生の嫌がる授業の内容改善−

 過去のキャッチアップ型時代を反映するような「外国(会計)書講読」という伝統的な科目は、一般的に英語が不得意な学生が集まる大学では人気がなく、受講生が集められない科目でした。しかし、一方では、海外への留学や大学院への進学希望者や専門英語を学びたい少数の熱心な学生がいることも事実で、当時、この授業の有効利用や活性化は教員に突きつけられた大きな課題でした。これを国際授業で克服したわけです。

(2)「外国(会計)書講読」の一週間のサイクル編−学生の眼が輝く授業の内容−

 金曜日の3時間目に開講されているこの科目は、米国の教員がインターネットを利用して、まず各週の講義の主題を説明し、それを理解・補足するためWeb上の実際の資料を提示し、最後にその理解度を試す宿題を課す内容となっています。金曜日に英文で宿題を電送すると、月曜日には米国教員から英文自体の間違いや個人の宿題の適否に関するコメントが個々の学生に届きます。この繰り返しで学生達の勉強量は、卒論を超えて在学中の最高に達します。

(3)「外国(会計)書講読」の授業項目一覧編−内容の多さが日本と違う!−

 2002-03年度のM.Susan Stinerのホームページ上にある本学の学生が学ぶ授業内容の一覧は上の通りです。学生は、毎週このページから授業の準備を始めます。各日付のアドレスには学習内容の説明、それを裏付けるWeb教材、宿題が示されています。

(4)4月から5月の準備の授業編−最初から文化の壁にあたります−

 第1回授業で厳しい授業方針が告げられ、第2回目から4回目まで中学の英作文の復習と英文の簡単な書き方のフォーム、最低の礼儀を教えます。米国の教員は自分をニックネームで呼ぶよう指示しますので、最初の頃の学生は教員を”Hi,Sue”とメールします。日本の感覚の私は最初から、一瞬青ざめてしまうのです。次いで、5〜8回は、会計の本格的予習に入ります。
 教科書はC.Stickney,R.Weil,S.Davidson,“Finacial Accounting”,(HBJ)の第1章です。昨年度受講した4年生(「外国(会計)書講読II」履修者)が復習をかねて3年生の指導にあたります。4年生になってもう一度この密度の濃い授業を総復習するとその意味が深く理解できます。これがとても大切なのです!

(5)5月以降の国際授業内容編−資料の量はアメリカン・ステーキ・サイズ−

 まず9回目はオリエンテーションとして米国の教員と学生が自己紹介をします。そして、大学のホームページを紹介しあい、講義上の注意もします。次いで10回目はアメリカの財務諸表の体系や特徴と実際の企業の様式をWeb上で紹介し、かつ、日本の財務諸表の体系との比較が宿題に出されます。そうして11回目「財務諸表の基本である貸借対照表の構造」と12回目「B/Sと分析」、13回目「損益計算書の構造」、14回目「P/Lの企業データと分析」が行われます。母の日や独立記念日にはその由来や紹介ホームページなどの話が入ります。初夏に米国の担当教員の自宅の庭で咲く花が写真で紹介され、宿題と予習に追われる学生の心を和ませてくれます。夏休みに入った課外授業の15回目は前期の総復習をしてこの日だけは宿題がなく、長期休みに入ります。
 後期の16回目は、夏休みの出来事の英文宿題と前期復習から始まります。17回目「キャシュフロー会計の構造とC/Fの企業データと分析」、18回目「監査の機能と公認会計士・アメリカ公認会計士協会の役割」、19回目「SEC企業財務情報のForm(10−K),(10−Q)等Webによる会計情報の入手方法と、“YAHOO!−Finance”でのナスダックの株価の見方」を教えます。会計を生きた教材で教えるプラグマティズム教育です。20回目のITの講義では、Network Provider,Routers,Softwareの基本的な意味や機能を教え、Big4と日本監査法人との関係などの講義も入ります。その間、独立記念日やハロウィーン、感謝祭の話やアメリカにはない日本の大学祭の報告を学生がします。

(6)学生の授業評価編−毎週の宿題が楽しみになると授業は終了を迎えます−

 国際授業21回目は、教員への授業評価です。不安を越えた学生の自信と満足感は、苦労して授業をした日米の教員をも慰労してくれます。そもそも、初回オリエンテーションの授業では毎年15名前後(最高時には34名)の学生が集まり、授業の関心の高さを示します。しかし、欠席は許されないとか、毎回英文の宿題が課されるとか、昨年の授業の実際の分厚い資料を見せると、気楽に考えていた学生はドギモを抜かれます。第2回目の本格的授業に覚悟を決めて集まる学生は毎年5名前後で意欲のある強力な学生集団となります。

(7)10年の総括編−教員と学生の熱意が支える遠隔授業−

22回目の年間総まとめで講義は終わり、23〜26回はノート整理とホームページを作り大学のWeb上で公開します。卒業しても、あの時の頑張りを自分のホームページから思い出してくれるでしょう。マルチメディア教育は、多機能技術の競争で設備投資もかかります。でも、既存の標準的な環境で少数でこのような行き届いた授業があってもよいのではないかと思います。米国教員は年10万円の教材開発予算以外は10年間無報酬ですが、熱意ある教員と意欲ある学生が醸し出す真剣な教育体験が他に代えがたい満足を与えてくれます。


3.今後の課題と自戒

 まず、「アメリカ会計学」とか独立した科目を設置して遠隔授業として単位や米国教員への手当を確立することが必要です。ただし、保守的な教授会の理解が問題です。また、韓国などと相互乗り入れ授業や同時双方向映像を導入した授業も有益ですが、現在の学生の力では消化不良を起こすと思います。先端の技術を追いかけると、主体である学生の能力を忘れ教員の自己満足で終わる可能性があります。1989年CAIの簿記授業を実施しましたが、技術的限界や学生の集中力欠如で3年で止めた苦い経験があるからです。


参考URL
1) 本文中のStiner准教授HPの授業内容 http://www72.homepage.villanova.edu/susan.stiner/cgu/cgulessons02.htm
2) 学生の授業: http://www.cgu.ac.jp/kyouin/shiina/students/index.html
3) 椎名ホームページ:http://www.cgu.ac.jp/kyouin/shiina/international.htm
4) M.Susan Stinerのホームページ:http://www.homepage.villanova.edu/susan.stiner
   
(注) 1991年から12年の歳月が流れましたが、その間、2年以上、椎名が海外研修で不在でしたので実際の授業は10年間です。また、2000年よりFrederic M.Stiner博士が、ニューヨークの大学の会計学科長として赴任したため、現在は本講座に参加していません。なお、商学部は現在セメスターで単位は前期・後期で2単位ずつ分かれていますが、実態は通年授業ですので本リポートは1年間を通した説明をしています。


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