授業改善奮闘記

これからの看護教育を考える
〜看護過程を文献検索で解決しようとする学生と臨地実習におけるIT導入〜

石井 八恵子(広島国際大学看護学部教授)



 看護学教育の授業形態は講義・演習・実習から成り立ち、理論と実践力を求められます。看護学教育の中で、医療現場を経験して実践的な知識や技術の習得を行う臨地実習は、総時間数の約40〜50%を占めています。
 筆者の担当科目である基礎看護学は看護の根幹であり、実践力を高めるための授業として「基礎実習I」と「基礎実習II」があり、1・2年次で開講されています。「基礎実習I」は看護の概念と実際の場面を結びつけるために、患者の取り巻く環境・病院の機能を体験・見学実習をします。また、「基礎実習II」は看護のプロセスから看護上の問題解決法の基本を学びます。いわゆる、看護過程(アセスメント・看護診断・計画立案・実施・評価)を用いて行います。
 この看護過程の学習をインターネットによる文献検索で展開しようと試みた学生がいました(以下、学生A)。長い間このような学生に出会っていなかったので、驚きとともに情報科学が基礎看護学にもやってきたかという思いでした。
 病院、医療施設、地域などの臨地現場では、電子カルテや情報の一元化・共有化など、看護業務改善のためのIT導入が行われ、臨地実習も大きく変わろうとしています。そこで本稿では、これからの看護教育と情報教育のあり方について筆者が感じたことを紹介したいと思います。


学生Aの臨地実習の例

 2年次の後期に実習シラバスに基づいて看護過程の実習を開始します。学生Aは、1グループ6名、整形外科病棟の実習場所でした。受け持ちはB氏(年齢72歳、女性)で、両膝変形性膝関節症と坐骨神経痛疾の疾患があり、手術後29日目でリハビリテーション中でした。また既往歴として高脂血症があり内服治療中でした。
 臨地実習では、初日は病棟オリエンテーション、受け持ち患者の紹介、実習の進め方、カンファレンスを行い、2〜3日目は、受け持ち患者の情報を収集しアセスメントをします。カルテや看護日誌を読み、患者とのコミュニケーションを取り、患者を観察し、参考図書等からも情報を集めます。しかし、医学的なカルテの記載内容を理解するのに時間がかかり、重要な情報を選択できず悩むところです。学生Aも同様でしたが、事前にインターネットで必要なところを文献検索し、情報をまとめてチェックリストを作成しました。患者とコミュニケーションを取り、チェック項目に該当しないと看護上の問題がないと判断していました。4〜5日目は、収集した情報整理と分析、解釈・統合の学習に入りますが、学生Aは記録をまとめることができていませんでした。なぜ、チェックリストのようにいかないのだろうとパソコンに向かって何度もキーボードをたたいて検索したところ、文献に膝関節に体重を減らすように書いてあることに気づき、膝への負担軽減のために標準体重にしようと考えました。B氏は見舞い客も多く食物の差し入れや間食もあるので、体重も増えると再手術の可能性があると伝えました。6〜7日目は受け持ち患者の計画立案と実施日です。B氏は食事が少なくなったことに対して「あれこれ食べてはいけないということから楽しみもなくなり、我慢ができない」ということを同室の患者に漏らし、看護師に伝わりました。
 そこで、なぜそのような看護計画になったのか、グループでのカンファレンスを行いました。学生Aが言うには、インターネットの文献では、他にはチェックリストにひっかからなかった。減量していないのでそこに焦点を絞って実施したということです。そのことについてグループの学生からは、インターネットの文献は患者の個別性が出ておらず、全体像を観ていないという意見が出ました。その後、指導者を交えて、情報の分析・解釈、病態のメカニズムからアセスメント・看護診断の仕方について話し合い、学生Aもインターネットの文献検索だけでは実習にならないことに大きな学びを得たと反省していました。


情報技術の教育と看護教育

 学生Aは幼い頃より情報処理技術に触れる機会が多い環境で育ち、物心ついた頃には家庭にパソコンが設置されていました。小中学校、高等学校での情報教育はそれほど熱心に行われていなかったので、自宅で遊び道具として自画像処理などを自己学習していたようです。大学に入学して、1年次に情報教育が必須科目となりましたが、内容は情報技術の基礎だけで学生Aのレベルに合ったものではありませんでした。
 現在は3年次になると「看護情報学概論」で看護と情報科学との関係について、コンピュータの利用やネットワークシステムを学習することになっています。情報科学を看護に応用するには、カリキュラムの位置づけをきちんと行い、担当者を看護専門者とし、科目間を融合させて看護の核心を教授できることが必要と考えます。また、今日の高度な医療現場に対応できる高いレベルの情報技術が看護師には必要で、今年度より高等学校で導入の新学生指導要領による科目「情報」は、学生にとって重要な意味を持ちます。看護系大学が107校ある現在、それぞれの大学において高大連携によるカリキュラムづくりが求められていると思います。


看護教育への情報技術の活用

 看護教育は看護の実践者を育成していますので、看護知識が優れているだけではなく、実践の場で行動を起こし、知識を使えるようにしなければなりません。それを学ばせるために臨地実習があるのですが、医療の現場は高度で複雑・多様化しており、ベテランナースでさえ緊張しますし、刻々と患者は変化するので、学生のペースに合わせて指導できないことがあります。
 看護教育でもCAI教材が開発されていますが、看護CAIの開発は遅々として進みませんでした。1950年米国が最初で、その後1966年〜1973年イリノイ大学のMatermity Nursingで「学習者が自分の能力に合わせて、自分のスピードで納得しながら学習していくという目的」で研究されたとあります。日本の看護教育のCAI教材開発は1982年ですが、1997年までで文献件数が300件台と少なく、近年以降徐々に増えてきています。その進まない理由としては、コストと時間がかかりすぎる、ソフトウェア開発が遅れている、CAI教材の教育効果の評価がない、教員個人のレベルでは取り組めない、ということが挙げられます。
 しかし、高等学校の新学習指導要領では科目「情報」は必須になり、学生Aのように情報技術のスキルのある学生が毎年入学してくることでしょう。これに応えるためにも地道に早急にCAIの教材を開発していかなければと焦っているところです。
 近年、ナースステーションには多数のコンピュータが並び、IT化の進んでいる病院ではナース1名に1台のノート型コンピュータを渡していると聞いています。これからは、施設間のネットワーク、地域では在宅や訪問看護ステーション、福祉施設のシステムの構築、そして次に来るのは海外とのリンクでしょう。
 情報化が進み業務上の便利さの一方で、セキュリティ面で情報へのアクセス権の設定、電子カルテの閲覧規程の設定などが必要ですが、まだ十分な検討がなされていません。また、学生の指導面では、学生用のパスワードがないため、1回ずつ指導者の手を煩わせながら電子カルテを見なくてはならないことや、看護教員がITの業務改善に参加していないため、ITによる改善プロセスが見えずに十分な指導ができないことが課題となっています。一方、IT化がさらに進むと、遠隔授業によって学生の目の前に最新の現場情報が次々と現れ、現在の課題も実現可能ではないかと期待しています。
 アメリカでは1995年に看護情報専門看護師が認定され活躍しています。日本にも必要ですし、そのためにも、ITに対応した看護教育を今後検討しなければならないと実感しています。
 学生Aのように文献検索から得たデータを知識とするだけでなく、現場での実践を通じて、学生が看護は人間対人間であることや生命倫理の重要性を学べるよう、情報技術の活用と実習とのバランスのとれた教育を検討していくことが今後の課題ではないかと考えています。

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