特集−IT活用によるファカルティディベロップメントへの取り組み(2)
本特集は、前号(Vol.12 No.1)に引き続き掲載しています。

東京理科大学におけるIT活用支援への取り組み
〜ITを利用した授業の現状と今後の支援活動〜


半谷 精一郎(東京理科大学情報科学教育センター教育部門長)



1.はじめに

 東京理科大学は、1881年に東京物理学講習所として創設され、2006年には創立125周年を迎えます。「理学の普及をもって国運発展の基礎となす」という学風を守りながら、様々な変遷を経て、今日の姿になりました。現在では、理学部、薬学部、工学部、基礎工学部、そして経営学部があり、理学部と工学部にある第2部(夜間部)を合わせますと毎年約3,500名の入学者を迎えるまでになっています。都心にある神楽坂キャンパスのほかに、野田キャンパス、長万部キャンパス、久喜キャンパスがあり、各キャンパス内には1Gbpsの基幹LANが張りめぐらされています。また、キャンパス間には100Mbps(一部10Mbps)の専用回線がひかれていて、教育研究に支障が生じないようなネットワーク環境が整っています。これ以外にも遠隔教育用の768kbpsの回線が神楽坂、野田、長万部、久喜の各キャンパス間で利用され、姉妹校である山口東京理科大学と諏訪東京理科大学との間でも相互に利用できるようになっています。
 一方、ファカルティディベロップメントとして、教職員がIT技術をどのように教育に活用するかについては、教育に対する効果、コンテンツ制作上の問題、インフラストラクチャの問題など、様々な視点からいくつかの方向を定める必要に迫られています。すなわち、現状の授業のどの部分をIT技術を利用して電子化するのか、どのようなコンテンツを誰が企画し誰が制作するのか、どこまで大学がインフラストラクチャを整備し、どのようなものを学生が準備すべきかといった問題です。
 現状は、コンテンツを制作できる教員が自分の考えでファイルを作り、授業中に提示したり、ホームページで公開することで授業改善を図っています。本稿では、いくつかの例を示しながら本学のIT教育に関するファカルティディベロップメントについて述べることにします。


2.IT活用のための前提条件

 コンピュータとネットワークという進歩の早いインフラストラクチャと次々に現れてくる新しいソフトウェアやコンテンツを、大学における教育の現場でどのように活用すべきかという議論は、今までもそしてこれからもおそらく恒久的になされていくと思います。実際に試行錯誤を繰り返しながらIT活用を試みている本学の多くの先生方と話した結果、次のような共通認識を得ることが出来ました。

(1)授業教材の可視化に適している

 黒板への板書をコンピュータとビデオプロジェクタに置き換えるのではなく、板書では正確さに欠いてしまう作図や描画、さらには動画像などを提示することで学生の興味と関心を集めることが出来ます。図1は、化学系と薬学系でよく用いられているMOPACと呼ばれるソフトウェアを用いて分子の反応解析を行い、MOLDENというフリーソフトで反応前後の様子を3次元的に描画したもので、理解度の改善に大きく貢献しています。ホームページを参照することで、ある程度のインフラストラクチャがあれば学生自らが同様の作画が出来るため、学生からは高い評価を得ています。


図1 臭化メチルとアンモニアによる
Menshutkin反応の可視化
(上:反応前、下:反応後)
(2)どのような形でIT化が進もうとも授業のスピードは上げられない

 人間の視聴覚系から脳に情報を送り込み、そのことが理解されるまでには相応の時間がかかります。したがって、プレゼンテーションソフトを利用して次々と文字や画像情報を提示したのではノートに写すことが不可能なばかりか、前の情報を理解する前に次の情報が来てしまうために、授業時間が終わったら何も残らないということがしばしばありました。そのため、プレゼンテーションソフトを使うことをやめて、以前のような黒板を使う授業形態に戻した先生もいます。プレゼンテーションのIT化に際しては、提示方法や提示時間などを考慮しないと教育の質の低下を招くことを私を含め多くの先生方が身をもって体験しました。
 一方、授業開始直後の資料配付の時間を節約したり、学生の授業理解を促進するために、資料を授業用のホームページにアップロードしている先生の数が増加しつつあります。授業時間の不足を学生自身の時間でカバーしてもらいたいという教員の願いが表れています。

(3)IT化が適している教育分野がある

 資格を取ることと大きく関わる授業や講習会、コンピュータ実習を伴う授業や講習会、演習のように個人により進度が異なってしまう授業ではIT化が極めて大きな効果を発揮しています。
 例えば、TOEICの得点アップを狙って本年から導入したALCネットアカデミーは、学内外のコンピュータから利用できるため、自習によって力をつけたい学生に好評です。また、入学式当日に行った情報倫理に関する講演を動画像に収めて15分程度のストリーミングにしたものも在校生には高い評価をもらいました。図2はその中の1シーンです。
図2 入学式に行われた情報倫理の講演を
ストリーミング配信
 一方、コンピュータリテラシー、コンピュータプログラミングといった実習を伴う授業では、画面内に授業用のホームページと実習用のアプリケーションを表示させながら解説していく方法が一般的になってきました。中には、キーボードの解説や用語説明をFlashを利用して画像と音声で行うものなど、先生の熱意が表れているものもあります。
 今後は、E-Learning用のアプリケーションを用いて、個々のレベルに合わせた教育を行えるコンテンツが学生に提供されるようになるものと考えられます。

(4)予復習へのIT利用は効果があるが利用者は少ない

 予復習は学生の授業理解を高める上で、極めて効率的な方法なのですが、残念ながらアルバイトなどに忙しく、多くの学生が行っていないのではないかと推測されます。ある授業を図3のようにVOD(Video On Demand)化して、ネットワーク上で復習できるようにしたところ、利用学生は7名しかいませんでしたが、「思ったよりも黒板の字がよく見える」、「授業を2回聞くとよく理解できる」と好評でした。あとは、どうやって学生をコンピュータに向かわせるかが課題です。
図3 学生の予復習を支援する講義のVOD化
 2003年春に野田キャンパスに移転した薬学部では、研究者養成と薬剤師養成の二つの目的を両立するためにハードウェアとソフトウェア両面の基盤整備が行われ、最先端の薬学教育が行われはじめました。具体的には、

 1) 全学生の2/3にあたる400口の情報コンセントの設置
 2) ノート型コンピュータ持参を義務づけ、リテラシー教育を行いつつ通常授業の課題・レポートの電子メールによる提出を促進
 3) ネットワーク利用の授業教材の提示と提供
 4) 高度教育用ソフトウェアのサイトライセンス化と持参コンピュータへのインストール
 5) 最新の薬剤師業務を模擬できる医療薬学教育研究センターの設置

です。これらにより、研究者養成に関しては

 ・ グローバルWeb文献検索システム(Chemical Abstracts ServiceやMEDLINE等)の徹底的利用
 ・ 計算科学手法(CAChe等)による分子の3次元構造の最適化、物理化学的パラメーターの評価

が実現され、薬剤師養成に関しては

 ・ 医薬品情報データベースJ-set(医療用医薬品集)の徹底的活用
 ・ Evidence-Based Medicine(The Cochrane Library Web版 など)による医薬品評価
 ・ 薬剤師業務支援システムによるシミュレーション学習
具体的には電子薬歴システム、服薬指導支援システム、調剤支援システム など
 ・ Therapeutic Drug Monitoring(PEDA、Win-PEDAなど)による投与設計の検討

が実現されています。
 情報薬学分野の先生のご苦労は大変だったと思いますが、優れたIT能力を持つ薬学部の卒業生が本学から出ることを期待しています。


3.情報科学教育センターの創設と今後の課題

 全学共通の情報科学基礎教育の実施、情報科学に関する知識・技術の研修コースの企画と実施、電子教材開発の支援を目的として、2001年10月に情報科学教育・研究機構の下に情報科学教育センターが設置されました。実質的な活動は2002年4月からで、英語教員が企画する学内「TOEIC対策講座」の情報技術面での支援や「情報処理技術者試験の対策講座」も企画されました。本学では、当センターを本学の知の中枢の一つに位置づけようと、その充実を図っています。
 2003年には、今後需要が増すであろうコンテンツ制作に必要なAV機器やディジタル編集装置を整備し、手作り教材のハードウェア面での支援体制が完成しました。当面の活動は、高校で情報の授業を受けてくる2006年入学者に対する情報教育のためのコースウェアやコンテンツ作りが中心となりますが、ファカルティディベロップメントへ取り組む教員に対する支援も視野に入れています。

 今後、当センターが発展して目論見通りの知の中枢になるためには、ソフトウェア面での支援体制をどのように実現するかが鍵となります。技術的あるいは芸術的に高い能力を有する教職員や学生と一体となって、優れたコンテンツを制作していく必要に迫られています。いままで蓄積された多くのコンテンツを利用できる体制作り、コンテンツを評価できる体制作り、コンテンツの著作権を守る体制作りなど、当センターが取り組むべき問題は山積みですが、一つ一つ解決していこうと考えています。




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