建築学の教育における情報技術の活用

マルチメディア活用による建築設備への入門授業

寺尾 道仁(神奈川大学工学部建築学科教授)



1.授業の狙い

 建築環境工学分野のマルチメディア活用教育の事例として、講義科目「建築の設備」における取り組みを紹介します。
 この授業は1年次後期(半期)、週1コマ90分の必修科目の講義です。その内容は、水環境設備(給水、給湯、排水・通気、衛生器具・機器など)、温熱・空気環境設備(暖房、換気、空気調和など)、光・音・通信設備(照明、電気、通信、インテリジェントビル、システム天井・床・窓・壁など)、防災設備(消火・防火、排煙、避難など)、建築情報・管理システム、その他の設備(ガス、ごみ処理、搬送システムなど)です。
 本講義は高学年次に開講される建築設備各論への橋渡しを主旨とし、建築設備の全体像、各設備の機材・システムの目的・機能・特徴・納まりなどの要点を把握し、建築の計画段階における設備システムに関する配慮や選択力の滋養を狙いとしています。
 このように、この教科は解析能力開発の比重は少ない一方、要素・機材の形態・寸法・仕組みなどの理解が重要であり、マルチメディアを活用した具体的な解説が有効な授業であると考えています。


2.マルチメディア活用授業の内容

 授業においてはデジタルプロジェクタにより、写真、イラスト、ビデオ、アニメ、VRML、WAVEなど視聴覚メディアを活用して具体的な説明を行い、また、授業時間外にはWeb、電子メールなどにより個別対応を図るようにしています。

(1)授業時間内の内容

 受講者数約160名ですが、これまでTAや組織的な支援はなく、講堂も特別なマルチメディア教室ではありません。以下に15週のうち第6週(換気設備)の場合を具体例として述べます。
 まず、百聞は一見に如かず、文字や言葉では説明しにくい設備機材を写真やVTR映像により具体的に把握します(写真1)。
 この授業では写真とイラストは欠かせません。この時間内に使う写真数は約50点です。
 機器の内部の仕組みや空気の経路などのように、写真や文章では説明が困難な場合にイラストの出番になります(図1)。
写真1 正体不明の突き出し物体
 
図1 ガス燃焼器具の給排気口の説明イラスト
 この授業ではイラストが中心的役割を担っており、この時間に使うイラストは約20枚です。ビューアとしてはACDSeeを主とし、適宜PowerPoint、PFDなどを併用しています。イラスト作成には主としてIllustratorを用いていますが、設計図例の場合にはAutoCADのDWFデータも用意して設計作業の実演を可能にしています。
 授業半ばの区切りのよい時点で、リフレッシュタイムをとります。そのときに提示するVRML実演の例としてダクト網自動設計シミュレーションを図2に示します。
 簡単なダクト経路単線入力により自動的に3Dダクト設計が行われ、さらに空間チェック、流量・騒音チェックなどシミュレーション技術が現実化している時代感覚を体得させる狙いがあります。
 このほか、送風機音について同一音量でも羽根通過音の有無により聴感的には大差があること、また、fly-、walk-、crawl-throughなどによる建築設備空間散策なども体験させるなど、マルチメディアの特徴をできるだけ取り入れるようにしています。
図2 ダクト網自動設計の実演
(2)授業時間外・自主学習支援

 特に個人差への対応を目的として、Webや電子メールの活用を図っています。とくにWebでは授業時間外に、学生が独自のペースでじっくりと眺め考えるための写真とイラスト、授業時間内ではできないシミュレーションの実行、VRMLを独自の視点から観察する(図3)など、聞き逃した授業内容の見直しや確認を支援しています。しかし、これまでは学生(1年次)の電子情報活用能力の未熟もあり、一部の学生が覗いている程度で実効をあげるに至っていません。今後1年次前期のネットワーク活用教育の充実により、その活用を期待しているところです。
図3 VRML設計画像空間チェックの自習


3.コンテンツの作成・更新・管理

 この概論のためにこれまで用意してきたマルチメディア教材は、1)写真(約200点)、VTR(約10本)、2)イラスト説明図(機器・システムの形状・寸法・原理など、約220点)、3)3Dアニメ(ビル内の設備システム全容など、約10点)、4)VRML(中規模ビル内設備システム・主要機器など、約10点)、5)機能・空間シミュレーション(自動ダクト設計3D表示、換気口透過騒音チェックなど、3点)などです。
 以上は、学生のボランタリな協力も含めて独自開発してきたものですが、ApplicationはMsOffice、Illustrator、AutoCAD、3DMaxなど、開発言語はAutolisp、C、OpenGL、Basic、Fortranなど多岐にわたりその更新・管理は必ずしも容易ではありません。


4.マルチメディア活用授業の光と影

(1)マルチメディア活用教育の効用

 印刷教材に比較してマルチメディア活用教育は以下のような事柄について優れることを実感しています。
1) 自主的勉学支援・個別対応
  授業時間外のWeb教材により自主的勉学支援が、電子メールにより個別対応が容易になります。
2) 生きた情報伝達
  印刷教材に比べ更新性が高いため最新情報が速やかに反映できます。
3) 変動現象の説明
  窓外の明るさに連動した照明制御などの説明には動画が、また、機器のうなり音などの理解には、「百見(楽譜やスペクトル・インパルス応答波形など)は一聞に如かず」、WAVEが有効です。
4) シミュレーション個別体験
  配管類は2D図面では把握できません。学生が個別に機器配置し、配管類の自動設計・3D表現ツールを試行して空間的な収まりが体得できます。
5) 個性的授業の実現
  視聴覚マルチメディア活用授業は一期一会のライブ感覚があり、書物にできない未確定要素の多い未来展望、個性的見解、惜しみないノウハウや貴重な情報なども気軽に開陳できます。ただし、独自開発のマルチメディア教材は独善的になるおそれがあるため、定説教材・印刷物を併用しています。
(2)反省点

 デジタルプロジェクタは、すでにありふれたプレゼンテーション媒体になりつつありますが、OHPなどに比べれば多様な表現が可能で、学習への動機づけとしての効果が認められます。しかし、学生の記憶定着については、その場では理解できたように反応があるものの後に残らない印象があり、期末試験の成績向上につながっているとはいえません。映像化によって従来の回りくどい説明が省略され、それに換えて多くの画像を紙芝居のごとく呈示して学生に考える暇を与えない状況、テレビを見るような受身姿勢を強要する結果になっているものと考えられます。また、時流に流され表現にばかりとらわれて、軽薄短小になりすぎてはいないだろうか。授業内容・展開については、より根源的な観点から見直しの必要性を痛感しているところです。



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