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板書と音声を電子化した簡便な薬学授業アーカイブスの構築

梶原 正宏、向日 良夫、日野 文男、高取 和彦(明治薬科大学薬学部)



1.はじめに

 医療の急速な進展や高齢者社会を迎え、社会や時代は薬学に高度良質な薬学教育を求めている。基礎薬学は科学技術の発展により、ますます広領域化し専門性が高まっている。公衆衛生や地球環境等を学ぶ衛生薬学は薬学分野において重要になってきており、環境変化に対応するための基礎知識は膨大になってきている。医療分野における薬剤師の貢献が求められるようになり、チーム医療の現場で活かせる新たな学習が強く求められている。学生は学習情報量の増大に伴い、一度講義を聴いただけでは十分対応できなくなってきており、自ら体系的に学習することが求められる。情報を共有化するとともに繰返し学生が自主的に学習できるマルチメディア教育はますます有用になってきている。したがって、マルチメディアを活用した授業を薬学授業アーカイブスとして簡便に構築し、必要なときに何度でも再現し活用することは、きわめて重要である。
 教員の音声や板書感覚でタブレットに記載した講義内容を、誰の助けも借りずに講義と同時進行で記録・圧縮保存して薬学授業アーカイブスを構築することは、学生の復習や自主学習するために、また大学の知的財産としても大切なことである。教員自身にとっても自らの授業改善について第三者的視点から点検、確認する上で重要である。
 薬学授業アーカイブスはサーバに保管し、無料の再生機能を使って学生が自ら学ぶ喜びを感じ弱点を利便的に復習できるように、学内LANを利用してストリーミング配信している。再生機能を使って、学生は自ら弱点箇所や理解が十分できなかった箇所を何度でも復習できる。また、電子情報や資料を学生がダウンロードする方式ではなく、ストリーミング配信するようにシステム化したため情報容量が削減でき、安全に保管できる。


2.薬学授業アーカイブスの概要

 このアーカイブスでは、WordやPowerPointをプロジェクターで投影する際、板書感覚での加筆や音声等を授業進行と同時に記録・圧縮保存し、電子化することを可能にした。すなわち^ブレットPCや設置したタブレット上に電子ペンで直接加筆し説明した部分を、学生は映像や板書と一緒に見ることで理解を深め、学習意欲を高めることができる。同時に音声等のデータが経時的に圧縮保存でき、授業後に学生は自分で十分理解できなかった点や弱点部分を経時的、任意に再生復習できる明治薬科大学独自の薬学授業アーカイブスを構築した。80分授業のデータ平均は7〜9メガバイトである。

(1)薬学授業アーカイブスの内容構築例[1] [2]

1)薬学概論
 薬学部入学1年生に対して薬学概論では薬学を学ぶ喜びを学生に体験させ、学習目的への意識を高めることにしている。新入生の抱いている薬学部や薬剤師像と現実の医療現場とは近年の医療環境変化からずれが大きくなってきている。現実社会と入学時に抱いているずれを掌握して自分の進路を考察することが求められる。
 教材内容であるPowerPoint等のコンピュータ内のデータを“EduCanvas”(メディク・クエスト株式会社)に簡便に取り込み、タブレット上で加筆・説明するとともに、講義の音声もPCに取り込み、授業と同時進行で記録・圧縮保存して独自の薬学授業アーカイブスとした。講義は多目的大講義室で394名の学生に対して2台のプロジェクターを使用した。80分授業内容を約12メガバイトに圧縮し薬学概論アーカイブスを構築した。薬学概論アーカイブスは再生機能を使用して、学生は任意の時間に経時的に弱点や興味のある説明箇所を任意に選択して復習できるようにした。学生には後述のアンケート調査を行った。そのアンケート結果から、学生は医療環境が大きく変化し、医療現場でも競争が激化していること、学習目標や薬学の成長分野をより従来に比べて深く理解できた。

2)有機化学V&演習
 3年生前期、有機化学Vの授業では「炭素―炭素結合をいかに効率よく構築するか」を理解し、医薬品合成に応用できる知識を得ることが大切である。炭素―炭素構築において炭素陰イオンをどのような方法で生成し、炭素陽イオンの安定性を考慮しながら効率よく高選択的に化学結合させるかを思考すること等が医薬品合成の際に重要である。
 明治薬科大学独自の試みとして薬剤師国家試験の過去6年間(第83回〜88回)の情報をすべて電子化し、適時PowerPointで問題を作成、学生自身が演習問題をタブレット上で説明した。そして、教員が学生の説明に加筆・解説し、さらにこれを“EduCanvas”に取込み、データを圧縮保存して薬学授業アーカイブスとした。学生は演習問題の任意の箇所を自ら何度でも復習でき理解を深め、薬学への興味を高めることができた。

3)薬学演習
 薬学部学生は難易度の高い薬剤師国家試験に合格して医療人となる。国家試験は試験範囲が広く、短時間では対応困難である。明治薬科大学では国家試験問題やオリジナル薬学演習問題をすべて電子化して“EduCanvas”に取り込み、タブレット上で加筆・説明して映像と音声を薬学授業アーカイブスとして構築した。

(2)EduCanvas の特徴

 “EduCanvas”は簡単なインターフェースで誰でも簡単に短時間で使用法を覚えることができ、コンピュータ上に表示されているPowerPoint等の画面を取込み使用することや、設定している基本ページを新たに挿入すること、編集や修正することも可能で、ボタン一つで薬学授業アーカイブスを構築できる。
 “EduCanvas”の主要な特徴を記載する。

 1)タブレットPCやタブレット上に手書き入力することで従来の板書する感覚で入力記載することから違和感がなく、“EduCanvas”を初めて使用する教員の場合でも教員一人で授業と同時に授業アーカイブスが簡便に構築できる。
 2)音声、画像データが従来方法より約1/100の容量で圧縮保存できる。80分授業のデータ平均は7〜9メガバイトである。1年間分70コマの授業が602メガバイトで保存できた。
 3)ストリーミング方式配信により学生は学内LANで何度も繰返し学習できる。再生ソフトは無制限で無料であり、またインターネットで自宅学習が可能である。
 4)授業アーカイブスより教員自身が自らの講義を客観的に捉えて授業改善できる。
 5)大学の知的財産として簡便に薬学授業アーカイブスの構築ができ、記録・圧縮保存できる。


3.授業での効果

 入学して間もない1年生394名に対して「薬学概論」の講義後に「電子化した情報での学習について」というアンケート調査を実施した。質問と回答は以下の通りである。
問1 電子化された情報は学習する動機や意欲を高めるのに役に立ちましたか。
  1. 大変役に立った(24.5%)
  2. やや役に立った(50.3%)
  3. 普通(24.2%)
  4. あまり役に立たなかった(1%)
問2 薬学や大学を取巻く環境が激しく変化していることが理解するのに役立ちましたか。
  1. 大変役に立った(50.3%)
  2. やや役に立った(36.5%)
  3. 普通(9.6%)
  4. あまり役に立たなかった(0%)
問3 高齢者社会を迎えて医療が変化してきていることが理解するのに役立ちましたか。
  1. 大変役に立った(35.2%)
  2. やや役に立った(44.8%)
  3. 普通(9.8%)
  4. あまり役に立たなかった(0.3%)
 いずれもまったく役に立たなかったと回答した学生はいなかった。従来から行ってきた教育方法では「薬学概論」は10%程度の学生しか理解できなかったのに対し、一度の講義で理解できなかった多くの学生のうち、講義後に繰返し再現することで90%近くの学生が理解できるようになった。また、同様に3年生の「有機化学V」では、薬学授業アーカイブスを繰返し再現することにより、80%以上の学生が反応機構や逆合成の考え方を理解するのに役立ったとアンケートに回答している。さらには「薬学演習」の4年生も80%以上の学生が薬学演習授業アーカイブは有用で授業を再現することによって、講義内容や問題解説を理解する上で役立ったとアンケートに答えている。
 授業アーカイブス構築の成果は、新卒者の第88回薬剤師国家試験において国公私大46校中合格者数397名全国2位、合格率全国第3位95.89%と良好な結果を得た。
 授業を再現できることになる教育効果は薬学に留まらず、知識を重要とする他分野の学習でも充分に有益である。


4.課題

 アンケートで若干名、薬学授業アーカイブスがあまり役に立たないという学生もいた。これは、PCそのものに苦手意識や拒絶感を抱く背景があり、有効に活用できないことが原因である。対応策として新入生全員にノートPCを所有させ、薬学教育とともに情報教育も積極的に行っている。また、有効な薬学授業アーカイブスを構築するため、活用できていない教員に対して講習会でファカルティディベロップメント研修の一部として、互いの授業を開示・研究して恒常的に改善努力している。


5.今後について

 現在、23教室にコンテンツ作成支援システムを導入し、薬学コンテンツを構築している。文部科学省「平成15年度サイバーキャンパス整備事業」に選定され、11月からストリーミング方式で配信し、自宅学習を可能にする。

参考文献
[1] 梶原正宏, 向日良夫, 日野文男, 高取和彦:
第11回全国大学情報教育方法研究発表会抄録, 2003.
[2] 梶原正宏: 平成15年度授業情報技術講習会,
pp.12-13, 2003.



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