教育支援環境とIT

星薬科大学における情報処理教育とネットワークシステム



1.ITに関連した教育の方針

 星薬科大学(以下星薬と略称)は大学院学生(修士・博士)を含めて学生数約1,200名、教職員数120名の小規模な薬学専門の単科大学です。
 薬学出身者の職種は多様ですが、いずれの業種においても情報処理技術の素養は必須となっています。言うまでもなく、薬学部は「薬」に関するスペシャリストの養成が主な任務であり、出身者は「薬の創造」(「創薬」という言葉を使っています)、「薬の情報提供」、「薬の投与」の専門家となります。創薬は分子設計という考え方で、目的の薬物としての活性を有する化合物を、量子化学的手法などを用いて設計します。もちろんここではコンピュータが必須の道具です。
 薬の情報提供および投与はいわゆる薬剤師としての仕事でありますが、ここでも情報処理能力の重要性は増しています。現在では薬剤師の調剤技術的側面が要求される業務は非常に少なくなり、代わりに医師や患者に薬物情報を提供する業務が主となっています。また、現場において発見された副作用等の情報は適切に発信する必要もあります。情報の入手・発信は、インターネット通信がその主な方法です。そのようなわけで情報処理技術は単に情報の収集・処理、発信のみならず、情報のセキュリティやプライバシー保護に対応することが求められています。
 薬学生の教育は基礎科学から、患者への投薬に関する実践的技術まで広範囲が要求されています。4年制の大学では、これらを満たすことは難しいため、6年制への移行が進められています。現在の過密なカリキュラムの中に情報処理教育どのよう取り入れるかは困難な問題であります。薬学領域におけるコンピュータの利用技術の重要性を想定し、私たちはかなり早い時期(20年以上前)から選択の形で情報処理教育を取り入れてきました。 
 1995年からは、必須科目として2単位(講義(1年次前期1単位、実習[通年]1単位)および選択科目として1単位(2年次後期)を用意しました。必須科目ではコンピュータのハードウェア、ソフトウェア、インターネットの仕組み等の概略を講義します。実習は実習時間を定めず、休み時間、土曜日、家庭で行えるようにしております。内容は、タッチタイプ(要件30語/分)、ワープロ、表計算、プレゼンテーション、簡単なHTMLの作成であり、いわゆるコンピュータリテラシー教育に当てています。選択科目は適性の認められる受講者に限定し、内容はUNIXとC言語を集中的に演習しております。


2.ITを活用した特徴的な授業と教材電子化への取り組み

(1)遠隔教育

 薬に関する知識の変移は激しく、現場の薬剤師は現役である限り最新知識の学習を強いられます。この問題に対応するため最新の知識を大学から発信する方法をかなり以前から考えていました。衛星放送も考えられますが費用の点、放送時間が限られるという問題がありますので、インターネットVODを検討し始めたのが平成10年からです。平成11年度に私立大学等経常費補助金特別補助金「教育・学習方法等改善支援経費」の補助を受け、本格的に実験・検討を始めました。当時、大学はSINETに接続しておりますが、回線速度が遅くVODを流すと他のユーザに迷惑をかけるため、VODサーバをLAN回線から独立させ、ユーザはISDNで直接サーバにアクセスさせる方法も実験的に運用しました。しかし、ISDNの電送速度では画像の画面が小さく、表示された文字が読めないなど改良が求められました。平成12年に、プレゼンテーション(実際にはPowerPoint)画像を静止画として送信、講師の動きを小さなビデオ画像で発信できるソフトウェアがあることが分かり、その方法に全面的に移行しました。また、インターネットが比較的高速(1.5Mbps)となりましたので、現在はインターネットを大学で開催される卒後教育、講演会、さらに大学院遠隔教育に用いています(図1)。

図1 平成13年度に完成した遠隔教育システムの受信者の形式
(左下のスライドタイトルをクリックすることで、講義のその位置に移ることができる)

(2)教材電子化への取り組み

 教材電子化に専門の職員を配属した支援組織はありません。情報化問題を検討する教員のみによる委員会(情報委員会)があり、その委員会の斡旋により大学院遠隔教育に協力してくれる教員・講師には、手書き原稿、スライド等を電子化するサービスを外注で行っています。しかし、ほとんどの教員は自分でPowerPoint資料を作成しています。遠隔教育のVODコンテンツは自動的に作成する方法を採用し、そのための職員等も配置していません。プレゼンテーションの資料はPowerPoint等2、3のものに限定されますが、講義終了時にVODコンテンツとしてサーバにアップされます。


3.IT環境と学生サービス

(1)LANの仕様

 IT環境の整備は学生サービスの一つと考えています。本学では平成13年に新棟を建築しましたが、これを機会に、学生が自由に使用できる情報コンセントを設置した情報ラウンジを各所に配置しました。しかし、部外者が勝手にPCを持ち込んで接続することが可能となるため、セキュリティ上大きな問題を抱えることになります。この問題を解決するため、各情報コンセントに接続する際に認証を行い、あらかじめ登録されたユーザ以外は接続できないURT(User Registration Tool)を採用しました。これはユーザが所属するVLANの他に認証用のVLANを用意し、このVLANでは認証以外の操作ができない設定とします。ユーザがPCを情報コンセントに接続すると、DHCPサーバが認証VLANに対応するIPアドレスを割り当て、ドメインコントローラへの認証を可能にし、認証が完了すると、ユーザが所属しているVLANのIPに切り替えられ、学内LANの機能が利用できるようになるシステムです。認証が完了しなかった場合は、認証VLANに留まり、実質的にLANを利用できなくなります。
 URTは多くの利点を持っていますが、いくつかの問題点もあります。たとえば、Windowsクライアントを原則とし、Windows以外のMacintosh、Linux、ネットワークプリンタ等はハードウェアアドレスを登録することで当該VLANに接続するため、OSにより異なる対応が必要となること、Windowsが次々に新しいバージョンを発売することに対応しなくてはならないこと、ウィルス駆除ソフトのような起動時に実行されるモジュールの共存により認証に失敗する場合があることなどがあります。また、通常市販されているHUBによりLANを拡張することはできないため、以前より不便だとの指摘を受ける場合もあります。しかし、情報コンセントの認証ソリューションは大学ばかりでなく、多くの方面で求められており、IEEE802.1x認証の普及に伴って利用が拡大すると思われます。通信速度は基幹部分1Gbps、周辺100Mbpsです(教育支援環境探訪のページを参照)。
 本学のLANで、もう一つの特徴は比較的早期に無線を取り入れたことです。旧LANのリプレースで大きな問題となったのは、基幹部分を有線とするか否かという点です。当時、赤外線を含む無線LANが基幹にも導入され始め、将来の主流となるようにも見えました。しかし、安定性においてはやはり有線が有利であるため、基幹を有線とし、周辺は無線という方向を決めましたが、さらに周辺のどの範囲までを無線とするか決める必要がありました。端末側の無線カードにかかる費用や使い勝手、安定性から、固定的に使用するデスクトップPCでは、高速で安定に使用できる有線が望ましく、一方ノートPCにおいては接続を切ることなく他の部屋に移動できる無線が有用であることから、最小限の情報コンセントを各部屋に設置し、ノートPCは基本的に無線利用とすることにしました。有線だけであれば、認証機能のため各情報コンセントをユーザがHUBで分岐することはできないため、ユーザが増えると情報コンセントを増設する必要がありますが、減る場合には無駄なコンセントが増えることになります。無線利用はこの問題の解決策としてうまく機能していると思っています。
 導入当時、問題が表面化しつつあった無線によるセキュリティの不備は、ユーザ認証と暗号化により回避しています。

(2)管理体制

 セキュリティの強化と管理の省力化を狙って導入したURTでありましたが、実際には個別の事情に対応しなくてはならない場合が多くなりました。無線の設定も、昨年度からは販売を請け負っている生協がボランティアで設定作業をしてくれていますが、年度の切り替わり時は待ち時間が多くなります。管理に携わるのは教員3名と助手2名で、他にサーバ・ネットワーク管理のエンジニアを週3日委託契約しています。利用規程等についてはネットワーク管理委員会が制定・改廃を行っています。


4.今後の課題

 大学のITシステムとしては一応完成したと思っておりますが、維持するための管理体制が脆弱であることが課題であります。かなり大がかりなシステムを業務委託会社からの派遣社員1名と、数人の教員がボランティアとして関わっているのみであります。LANは止まれば大騒ぎになりますが、正常に運用させるための陰の努力がなかなか理解されない歯がゆさがあります。
 遠隔講義システムはほぼ満足すべきものが完成しました。コンテンツ作成には二つの委員会、すなわち学部学生を対象にしたもの、卒後教育、学内での講演会を用いたコンテンツ作成はマルチメディア委員会、また、大学院の遠隔教育にはマルチメディア大学院委員会が担当することになっています。しかし、実際には一、二人の教員がボランティア的に作業し、組織として機能していない。また、コンテンツ作成に協力してくれる教員が少ないことです。講義が撮影されるため、気楽に講義ができなくなるというのが主な理由です。これらの問題はIT関係者だけでは解決できず、大学としての取り組みとして全教員の理解を得たいと思っております。
(星薬科大学 http://www.hoshi.ac.jp/


文責: 星薬科大学
    情報科学教室教授 市川  紘
  薬学教育研究センター 助教授 鴫原  淳


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