教育支援環境とIT

自治医科大学における教育の情報化


1.はじめに

 自治医科大学は、僻地や離島の医療の確保と福祉の充実を目指す医師を養成するため、全国の都道府県が共同して昭和47年に設立した私立大学です。開学以来、進んで僻地医療に挺身する気概と高度な医療技術を持ち、人間性あふれた医師を養成することを目的としています。毎年47都道府県からそれぞれ2人ないし3人が入学し、卒業後は出身県で僻地の医療と福祉に取り組んでいます。本学の卒業生は山間や離島を含め全国各地で活躍を続け、住民の方々から感謝され、行政に携わる方々からも高い評価を受けています。このような本学の教育の取り組みは、「自治医科大学におけるプライマリ・ケア教育」というテーマでまとめられ、平成15年度に「特色ある大学教育支援プログラム」に選定されました。
  現在は医学部と看護学部の2学部2学科であり、学生数は医学部が713名(医学科608名、大学院105名)、看護学部看護学科が308名です。教職員数は大学、附属病院および大宮医療センターを合わせて2,774名です。  本学における情報技術(IT)の活用については、最近その基盤が急速に整い、これからあらゆる情報化が本格的に展開されることが確実になっています。ここでは本学の教育における情報化について、最近の展開と現状および今後の課題を説明します。


2.教育の情報化の経緯

 ここ3年ほどの間に、本学の教育の情報化が急速に進展しました。その要因として、外部からの刺激と内部からの活力を挙げることができます。第一の外部からの刺激として平成13年に、本学と交流関係にあるカナダBritish Columbia大学医学部のQayumi教授を招いて、医学部教務委員会がCyberPatient(CP)教育実験を実施したことが挙げられます。同教授が開発したCPは、コンピュータ上で動画と音声により診察技術を学ぶためのマルチメディア教材です。科学的な教育実験の結果、CPを用いたコンピュータ支援学習が、従来の教科書のみの学習に比べ、学習効率の良さと学生の意欲と興味を引き出す点において優れた学習法であることが示されました。
 第二の外部からの刺激として、「臨床実習開始前の学生評価のための共用試験システム」におけるCBT(computer based testing)の実施計画が挙げられます。この共用試験は全国の医科大学・大学医学部の学生を対象に行われる評価試験であり、その中で知識・問題解決能力を評価する客観試験としてコンピュータを用いるCBT方式が採用されることになりました。共用試験CBTを学内で実施するには、医学部3年生約100名が同時に使用できる最新のサーバ・端末設備が必要になります。数回のトライアルを経て、本学は平成17年度末に共用試験CBTの本格運用を実施する予定ですので、早急に端末100台規模の最新のコンピュータ演習室の整備が必要になりました。
 内部からの活力として、本学の情報化を計画的に推進し、大学の教育、研究、診療の活性化およびそれらの生産性向上並びに地域医療の充実等に資するため、平成15年4月に情報センターが設置されました。この立ち上がったばかりの情報センターが、早速教育の情報化に貢献することになりました。平成15年9月に、情報センター内に新しく端末117台を持つコンピュータ演習室と教育サーバ室が設置され、共用試験CBTの本格運用に備えるとともに、本学の教育の情報化の中心として活用されることになりました。


3.情報化のためのファカルティ・ディベロップメント(FD)

 情報センターには情報センター事務室があり、学内の他の関連部署と連携して教育の情報化をサポートしています。教育の情報化の事業実施は情報センター・教育システム開発部門が行い、学生への情報リテラシー教育を行う医学情報学教室が兼務で担当しています。さらに卒業生へのサポートを行うために情報センター・地域医療支援部門が活動しています。教育システム開発部門は新設のコンピュータ演習室の管理運用のすべてを行い、教育サーバ室の目的別サーバ群をすべて管理し、教材のデジタル化のサポートを行い、さらに学内試験の情報化も担当しています。基本姿勢として、「情報学とは演算すること」という狭い観点を捨て、「学生が最新のITを自由に活用できるように教育とサポートを行う」ということを最大の目標にしています。
 情報センターの教育関連部門だけが教育の情報化の担い手であるというのは望ましい姿ではありません。学内の多くの教員に教育の情報化の意義を理解してもらい、取り組んでもらう必要があります。そこで医学部教務委員会の指示により情報センターのスタッフが世話人となり、平成15年9月に「医学教育における情報技術応用の新展開」と題する教育ワークショップを学内で開きました。教員約40名が集まり、1日半に亘って本学の教育における情報化とその意義について議論しアイデアをまとめました。世話人からは、「教育の情報化とは単に情報機器を導入することではなく、教育のやり方を変えることである」という大前提のもと、次ページ表1の教育情報化案を提示し参加教員の意見と提案を報告してもらいました。
表1 教育ワークショップで提示された教育情報化案
1. 総合教育(教養系)でのデジタル・コンテンツとe-Learningの活用
2. 解剖系教育での全米医学ライブラリーVisible Human Projectの活用
3. 基礎医学動物実習のシミュレーション化
4. 講義のデジタル・コンテンツ化とe-Learningの活用
5. 臨床実習でのデジタル・コンテンツとe-Learningの活用
6. 診察技術に関するコンピュータ支援学習教材の導入と開発
7. OSCE(客観的臨床能力試験)の内容のデジタル・コンテンツ化
8. 試験におけるCBTやe-Testingの活用
9. CBTやe-Testingにおける絶対評価の採用
10. シラバスの電子化
11. 教務関連の電子掲示板の採用
12. 一般教室等での無線LANの活用
13. PBLチュートリアル教育でのIT活用
14. 卒業生への教育サポートでのIT活用
15. 海外の提携大学との教育交流でのIT活用
 結論として、比較的緩やかな情報化がよいという慎重な意見がほとんどでした。さらにコンピュータ演習室の講義・実習での活用に関する教員向け講習会や、英語学習用e-Learningコンテンツの講義での活用に関する外国語教員向け講習会が開かれました。このようなFD活動を続けていけば、学内での教育の情報化の気運も今後高まるものと期待しています。


4.情報化の現状

 情報センター・コンピュータ演習室は高度な授業支援機能を持っています。教師コンピュータとサーバおよび117台の端末は高速ネットワークで結ばれていて、教師画面を演習室前側の2面のスクリーンに映写すると同時に、通信を使って瞬時にすべての端末に画面配信することが可能です。さらにビデオ映像を教師コンピュータに取り込み、瞬時にすべての端末へ動画配信を行うことも可能です。この結果、学生は演習室内のどこに座っても、全く同じ条件で講義を受けることができます。これらの機能を117台規模のネットワークでスムーズに実現するために、ソフトウェア会社とハードウェア会社の協力が得られたことは幸いでした。
 現在このコンピュータ演習室は、多くの講義・実習・試験でその機能をフルに活用されています。医学部では、医学医療情報学の講義・実習において、紙を使わないオンラインでのレポート・ファイル提出、小アンケート・小テストの実施および結果のフィードバックを実施しています。統計処理については世界標準の一つに数えられるソフトウェアを初めから使用しています。生化学、生理学、ウイルス学および公衆衛生学の講義で、ネットワーク機能をフルに使った講義が始まっています。医学医療情報学の定期試験では端末を用いた統計処理とプレゼンテーション・ファイル作成が課され、回答はオンラインで提出されました。医動物学の定期試験では、端末への画面配信機能がフルに活用され、寄生虫等の多くのデジタル画像を使う試験が実施されました。看護学部では、薬理学の講義のほとんどが演習室で実施され、ビデオ映像の配信や関連ホームページの閲覧、導入されている医薬品データベースの活用など、新しい薬理学講義が実現されました。
 教育サーバ室では、演習室管理サーバと教育データベース・サーバ以外に英語学習用のe-Learningコンテンツ配信サーバが稼動し、学内LANとコンピュータ演習室向けに一般英語コースと医学英語コースを配信しています。現在は学生の自由時間に活用されていますが、今後英語の授業の中に組み込まれて活用される予定です。ちなみに本学医学部は全寮制であり、寮内で約半数の学生が学内LANに各自のパソコンを接続しているので、このようなe-Learningコンテンツの配信は学生への大きなサービスになります。
 講義や実習がない時間帯は、学生が自由に演習室を利用しています。学生は端末でレポートやプレゼンテーションを作成し、マルチメディア教材を利用し、電子メールを送受信し、インターネット上の情報を検索しています。図書館の文献検索や電子ジャーナルなどの機能を、演習室の端末から利用することもできます。学生からの質問や相談に対して、演習室・教育サーバ室に隣接している教育システム開発部門のスタッフが丁寧に対応し、さらに情報倫理の遵守や著作権への配慮に関して積極的に指導を行っています。
 医学情報学教室は最近、計測機器開発会社と共同して基礎医学動物実習のシミュレーション・ソフトウェアを作成しました。これは表1の教育情報化案の一つの具体化です。この成果も演習室での今後の講義・実習で活用される予定です。


5.今後の課題

 教育ワークショップを参観した学生に対するアンケートの結果、多くの学生が各自の将来とITの発展を重ねて考えていて、デジタル・コンテンツの活用やe-Learningの教育への導入に対して期待感を抱いていることが分かりました。今後の本格的なIT社会、地域でのIT医療に飛び込んでいくのは現在の学生であり、学生の将来を考えた教育手法と教育内容の整備が必要です。さらに本学の場合は、全国各地で活躍する卒業生に対しても、充分な情報サポートを実施する必要があります。これらの課題に対処するために、情報センターが中心となって、表1の教育情報化案を可能なものから順次検討実施していく予定です。

文責: 自治医科大学
医学部医学情報学助教授
情報センター助教授 岸 浩一郎


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