機械工学の教育における情報技術の活用

機械工学教育におけるe-Learningの展開


角田 和巳(芝浦工業大学工学部助教授)



1.はじめに

 最近、学生一人ひとりの学習(Learning)を支援するという視点から、大学教育のあり方について議論される機会が増えてきました。そのような潮流の中で、いわゆるe-Learningへの関心は日に日に高まりを見せているようです。本誌でe-Learningに関する特集や報告が頻繁に取り上げられるようになったのも、その現れの一つと思われます。しかし、ITを技術的なバックグラウンドとするe-Learningは、ITの進展に伴って変容していくものであり、その意味でe-Learningを正確に定義することは意外と難しい面があります。
 本稿では、ITを活用してネットワーク環境下で実現される学習支援システムをe-Learningと位置づけ、その一例として講義のVOD配信について紹介し、併せて筆者の気づいた点をまとめたいと思います。


2.講義のVOD配信

 講義映像のネット配信はe-Learningの代表的な手法で、ブロードバンドサービスが今後さらに拡大すれば、コンテンツの数は急増していくものと予想されます。映像配信といっても、その方法は配信のタイミングによって異なり、講義をリアルタイムで中継するライブ型と、専用サーバに蓄積された収録映像を利用者からのリクエストに応じて配信するVOD型とに大別されます。これらのうちライブ型講義の事例としては、機械工学情報教育研究委員会で実施した大学・企業間の遠隔授業[1]が報告されていますので、詳しくはそちらをご覧下さい。
 筆者は、2002年度後期から講義のビデオ収録とVOD配信に取り組み始め、2004年度前期までの2年間に10科目(力学の基礎1、力学の基礎2、解析演習、基礎数学および演習、基礎解析学、機械力学、振動工学、弾性・強度学、計算力学、エネルギー変換工学)のビデオ収録に携わってきました。
 以下では、まずコンテンツ作成の概要について述べ、その利用過程で明らかになったことを紹介します。


3.配信用動画コンテンツの作成手順

(1)講義前の準備作業
 はじめに、教材の準備からVOD配信までの各段階における基本作業をまとめておきます。筆者の授業は、すべてVOD配信を前提としていますが、教室での講義は板書とPowerPoint(以下PPT)を併用する場合もありますし、板書のみの場合もあります。ただし、配信用コンテンツの基本デザインが、後述のように講義ビデオ(動画)とPPTスライドで構成されているため、ここでは板書とPPTを併用したときの例を示します。この場合、講義前の準備作業としては、授業で使うPPTの作成がその大半を占めることになります。完成したPPTファイルは、動画コンテンツ作成用の専用ソフトがインストールされたノートPCに保存し、講義当日に教室へ持ち込みます。

(2)講義中の作業
 講義の撮影に使うデジタルビデオカメラは、授業開始前の休憩時間に教室へ運んでセッティングし、カメラ・ノートPC・プロジェクタを図1のように接続して動作確認を済ませておきます。授業はプロジェクタでスクリーンにPPTを投影し、必要事項を板書しながら進行していきますが、その一部始終をティーチングアシスタントの学生がカメラで撮影します。撮影された映像は、8mmテープに録画されると同時にノートPCにも取り込まれ、逐次デジタルムービーに変換されながら、PPTとリアルタイムで同期がとられます。したがって、講義終了時には、授業1回分の動画コンテンツが自動的に生成されることになります。
図1 授業録画システムの概略
(3)講義終了後の作業
 上記の作業によって生成された動画コンテンツをストリーミングサーバにアップロードすれば、直ちに動画コンテンツを配信することができます。動画の部分的な削除や、PPTの追加・変更などが必要であれば、専用ソフトでコンテンツを編集してから、ストリーミングサーバに登録することになります。
 以上、(1)〜(3)の作業を毎週繰り返し、講義の動画コンテンツを蓄積していきます。


4.動画コンテンツの画面構成

 図2に、筆者が担当している「エネルギー変換工学」の授業で作成した動画コンテンツを示しました。配信されるコンテンツは、Internet Explorerでの閲覧を前提とした仕様となっており、1)動画(左上)、2)スライド目次(左下)、3)PPTスライド(右)の三つのフレームから構成されています。これらはすべて同期がとられ、相互に関連づけられていますので、動画・目次・スライドのいずれかを操作することにより、学習者は各自の興味がある部分を自由に視聴することができます。なお、動画部分の表示サイズは設定ビットレートに応じて決定されますが、今回の動画はすべて384Kbpsで作成しました。図2は演習問題の解答を黒板で解説しているときの一コマですが、この解像度であれば視認性は十分に保たれていることがわかります。
図2 配信用動画コンテンツの画面構成

5.動画コンテンツの利用シーン

 筆者の行っている講義のVOD配信は、あくまでも予習・復習の一手段であり、教室での授業を補完することが一番の目的です。したがって、学習効果を上げるためにも定期的な視聴が望ましいと思われますが、アクセス状況を調べてみると、やはり試験直前に視聴件数が増加するようです。また、本学には夜間部があり、筆者も先述の「エネルギー変換工学」を担当していますが、社会人学生が勤務先の都合で授業時間内に講義を受けられない場合、昼間部の授業で収録した動画コンテンツを自習教材として利用するケースが散見されました。
 VOD配信のもう一つのメリットは、マルチレベルの授業を実現できる点にあります。筆者が担当している「力学の基礎」では、成績の芳しくない学生を対象として、長期休業期間中に集中講座を実施しています。この講座は初学者レベルに内容を設定したものですが、通常授業と同様、講義をすべてビデオ収録し動画コンテンツを作成していますので、「力学の基礎」という一つの科目に対して、中級レベルと初級レベルの2種類の動画コンテンツが存在するわけです。したがって、これらを同時配信すれば、学生は自分の理解度に応じてコンテンツを選択することができますから、教室内の講義だけでは実施の難しい能力別授業が、いわばネットワーク上で実現されたことになります。これは、限られた講義時間と教室スペースそして教員数のもとでは、効果的な手段として威力を発揮するものと考えられます。現在はコンテンツ間の調整を行っているところですが、将来的には上級レベルの教材も作成し、複数コンテンツの効果について検証を進める予定です。


6.e-Learningに適した教材とは?

 講義のビデオ収録を始めて2年が経過し、コンテンツ作成作業もほぼルーチン化された現在、講義スタイルをe-Learningに適したものへと修正し発展させていくことは喫緊の課題ですが、e-Learningに求められる教材とはどのようなものなのでしょうか?
 世界の放送大学のモデルとなったイギリスのThe Open Universityは、マルチメディアコンテンツの充実もさることながら印刷教材が非常に工夫されており、その役割が重要視されているという話を耳にしたことがあります。講義のVOD配信についても事情は同じで、板書やスライドを改善していくことは当然ですが、学生が動画コンテンツを見ながら一人で勉強を進めるという学習スタイルのもとでは、これに適応した印刷教材の開発が重要になります。実際、教室で学生の学習態度を観察していると、配付資料への依存度が高く、資料のあり方によって学習方法も大きく変わるであろうという印象を持ちました。単にPPTのコピーを配付するだけでなく、学生が自主的に参加できるような工夫を教材に取り入れることも必要でしょう。e-Learningについて考える際、動画コンテンツのような目新しい教材に注目が集まりがちですが、印刷教材の果たすべき役割と理想像についてもっと関心が持たれるべきですし、今後もこの点を深く追及していきたいと考えています。


7.まとめ

 機械工学教育におけるIT活用の一例として、講義のVOD配信を紹介しました。本システムでは、学生・教員間の双方向性がまだ確立されていないので、今後はBBS機能などを効果的に組み込みながら、学習到達度を測れるような自己診断システムと統合させたいと考えています。
 e-Learningの本質は、自らの意志で積極的に学ぼうとする学習者を支援することにあります。その意味で、我々教員がe-Learningに適したコンテンツを開発することも大切ですが、受講者側にも情報インフラを活用した新しい学びの姿勢が問われています。その意味でも、これからは両者の意識改革を推し進めることが重要であると思われます。

参考文献
[1] 大学教育への提言−授業改善のためのITの活用. 社団法人 私立大学情報教育協会・機械工学情報教育研究委員会, pp.133-137, 2001.



【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】