教育支援環境とIT

社会福祉の大学におけるコミュニケーション支援の研究演習と学部学生の学力向上プログラム開発〜関西福祉科学大学〜



1.関西福祉科学大学の理念と情報インフラ

 関西福祉科学大学は1997年、「臨床福祉学」の構築を標榜する大学として、社会福祉学部社会福祉学科、1学部1学科の体制で設立されました。大学が掲げている「臨床福祉学」という理念は、少子高齢化の進展していく社会にあって、福祉の現場を、介護や支援を受ける人間と介護や支援を行う人間とが目線を等しくして、互いに支え合う人間関係の場として捉えることが基本であるという学長の理念に基づいています。私たちは、この基本理念の上に立って、援助技術、心理学、医学、情報科学等々の諸科学の叡智を結集して、福祉の様々な新しい援助技術の方法を研究し、得られた知見を社会に還元していくことを理想としています。
 2001年には、大学院修士課程として臨床福祉学専攻科を設置、2003年には博士課程を開設して、臨床福祉学専攻科は博士課程前期課程と博士課程後期課程を持つに至りました。同年、開設以来1学部1学科でやってきた大学に、旧来の社会福祉学部に学科として臨床心理学科を設置、その上に大学院心理臨床学専攻科を新設、さらに新学部として健康福祉学部(健康科学科、福祉栄養学科の2学科)を創設し、都合2学部4学科の体制になりました。
 サイバーキャンパスが力説される今日、大学の組織母胎である玉手山学園においても、IT化時代に即応するための情報インフラの整備を行うべく、2002年から2ヶ年・3期にわたる計画で、学園LAN設置工事を行いました。この工事で、学園2号館、大学本館、短大4号館を頂点とするトライアングル型基幹LAN(ギガベースの光ファイバーで接続)の設置、外部との高速通信の確保、セキュリティのためのDMZの設置、諸施設と基幹LANの接続などを行いました。
 私たちの学園LANは、マルチメディア教材に特別帯域確保を行うことができるなど、いくつもの優れた機能を持っています。このことが文部科学省にも認められ、既設の大学と短期大学の分担分について助成をいただきました。
 今後、私たちがなすべきことは、この優れたネットワークを活用して、様々な形での教育の近代化を図ることです。電子教材をLANに配備して、自学・自習を促進すること、研究や学習の成果を世界に向けて発信すること、学生と教員のコミュニケーションを緊密にすること、ハッカーや有害ソフトに対してセキュリティを高めること、機器利用者の人権感覚を高めること、等々、数え上げればきりがありません。
 私たちの大学のIT化時代の教育は始まったばかりですが、大学設置の理念を大切に保持しながら、これらの教育の近代化に向け、さらなる努力を開始しておりますが、今回は、執筆者2名(高橋、最上)の教育研究を紹介させていただきます。


2.ユニバーサル・インターフェイスの構築を目指す研究演習:高橋研究室の取り組み

 高橋研究室では、ユニバーサル・インターフェイス(UI)の構築を目指した研究演習を行っています。ユニバーサル・インターフェイスというのは、障害者のコミュニケーションの不自由な状況を人工知能によって支援しようとするシステムのことです。情報機器を通じて障害の有無に関係なく自由にコミュニケーションできる社会を目指すのが研究演習の理想です。
 研究室の構成は、学部学生の研究演習I(3年対象)、研究演習II(4年)、大学院の博士課程前期課程で福祉情報科学研究演習I(M1年)、福祉情報科学研究演習II(M2年)がすでに開講され、博士課程後期課程も準備されていますが、現在学生はいません。学部の学生数は各学年10名程度、大学院で各学年1名程度です。
 研究室に来る学生は、学部2年次末までに、「コンピュータ基礎」(リテラシーの実習)、や「コンピュータ・サイエンス」(VBプログラム実習)、などの教科を履修しています。研究演習では、UIを直接開発する技術を学ぶコンピュータグループ(Cグループ)、コミュニケーション支援の言語学的技術を学ぶ言語学グループ(Lグループ)、の2グループに分かれます。
 Cグループでは、C++プログラミングの学習から始めて、Visual Basicをプラットフォームに、APIやC++で作成したDLL、自作のActive Xコントロールなどを組み込んでUIを設計する技術をマスターします。
 Lグループでは、ソシュールやチョムスキーの言語学の学習から始めて、聴覚障害者の情報保証や日本手話の言語構造、失語症患者の発話の解析、障害を持つ児童とのコミュニケーションの取り方など、本人の興味に合わせて選択的に学習します。
 研究室には2台のサーバ(研究室のドメインサーバ[LANの研究用セグメントに接続]と学園内公開サーバ[LANの個人サーバ用セグメントに接続])、演習用デスクトップPC3台、演習用ノートPC2台、教員用ノートPC1台が配置されています。特にCグループの演習では、教員用ノートパソコンのディスプレイが液晶プロジェクタを通じてスクリーンに提示されるようになっており、プログラム作成の状況が即時に演習中の学生に周知されます。演習で解説した内容はすべて、テキストファイルもしくはHTMLファイルとして研究室のドメインサーバに置き、現場実習などで受講できなかった際にも教材は常に入手できるよう配慮しています。
 また、研究演習で得られた技術のうち学園内に公開可能なものは学園内公開サーバによりHTTPもしくはFTPによって学園内に公開され、e-Learningに供します。
 研究演習で開発されるUIには、高橋の開発した日本語解析システム「ささゆり」が配備されますが、このシステムは関西福祉科学大学の臨床福祉学の構築という風土のなかで誕生しました。
 「ささゆり」の特徴は、日本語の文を「知覚連語」という語のつながりで、切断していくところにあります。「知覚連語」という言葉の使用は、音声言語の単語は本来的にいくつもの意味を持っており、意味的に純粋な状態に対応していないという認識を基礎にしています。いくつかの単語が結合し、意味を限定しあって、意味的に純粋な状態をつくる。我々は、このような連語が人間の知覚と直接結びつくという理解から、これを「知覚連語」と呼んでいます。人が言葉を記憶する際に、単語を記憶するというよりは、いくつかの語のつながりとして記憶しているのではないかという知見は失語症の患者の発話の解析から得られました。
 日本語文をある単位で切断するという意味では、「ささゆり」は形態素解析のような側面を持ちますが、形態素ではなく「知覚連語」で切断することによって、形態素解析では十分に対応できないいくつかの問題に対応できます。
 その一つは、漢字の読み決定問題で、日本語の漢字は、単語もしくは形態素のレベルでは読みが決まらないことが多い。語がいくつか結合していくらかの前後関係が決まる、局所的コンテキストを反映しているのが「知覚連語」ですから、知覚連語切断によって漢字の読みの大半が決定できます。
 また、多くの単語には個性がありませんが、「知覚連語」には筆者の言語使用の特徴が現れます。このため、「知覚連語」の表れ方によって、文学作品を同定したり、作品名というような大域的コンテキストによって、作品に固有の漢字の読みを与えたりすることもできます。
 「知覚連語」が意味的に純粋な状態に対応している点を重視すれば、これによってパラグラフの概念把握が容易になります。例えば視覚障害者がホームページのボタンを押すときにその前後に何が書いてあるかを知りたいと思うと、これを音声ガイドで読まなければならないというのでは時間がかかります。このような状況でホームページの概要を把握する機能を「ささゆり」は提供します。[1]
 「知覚連語」の中には「名詞 + 助詞 + 動詞」の形を持つものが数多くあり、オプションで、この種の「知覚連語」が表れやすくすることができます。この種の切断は、日本語の意味単位の切断としては好ましくありませんが、日本手話の意味単位の切断とはよく対応しており、日本語・日本手話変換システムの基礎にも使用できます。
 「ささゆり」はUIに組み込まれるばかりでなく、人間の言語知覚との対応関係を見るためにLグループのコミュニケーション支援の学習にも活用されます。このような比較研究は、システムをより進化させる知見を与えるとともに、言語知覚へのより深い認識を与えます。
 大学院の研究演習では、「ささゆり」のプログラミングの基本的なフレームワークを学習したり、日本語・日本手話変換システムを具体的に構築したりする研究指導を行っています。
 高橋研究室の研究演習の概要と技術提供は、近日中に大学のホームページに個人研究室の紹介としてアップロードする予定です。
(日本語解析システム「ささゆり」を配したユニバーサルメーラの画面例は、本誌冒頭のカラーページを参照。)


3.学部生の学力向上プログラム開発:関西福祉科学大学の公募指定研究

 コンピュータ・ネットワークを活用した教育研究の例は、関西福祉科学大学の2004年度公募指定研究(研究代表者:最上多美子)の一環として行われている学部生の能力開発教育のプログラム開発です。この研究チームは2学科を代表する5名の教員から構成されています。
 研究チームでは大学生の基礎学力の低下に危機感を認め、関西福祉科学大学1年生を対象とした学力向上プログラムの開発を試みました。学力向上講座を1学期にわたり3回施行する予定です。講座開始前と終了後に研究参加者の学習・認知能力を、コンピュータ・ネットワークを使用して測定します。
 研究参加者は学部の1年生から授業内での呼びかけと大学構内での張り紙により募集します。研究の初年度は1学科のみの1年生を対象としますが、長期的には全学部の1年生の中から希望者全員に受講が可能になることを計画しています。1年生がこの研究の対象とされているのは、大学入学直後の学生に早期介入し、効率的な学習法を習得させることを狙いとしたためです。
 プログラム開発の段階では、その効果を測定することが重要なため、参加者は無作為に実験群と統制群に分類されます。実験群は1年生の前期に講座を受講し、統制群は同年の後期に受講する予定です。[2]
 学力向上講座の効果を測定する学習・認知能力測定法はCognitive Stability Index(CSI)を使用します。CSIは米国PanMedixの神経心理学者や臨床心理学者からなるチームによって開発され、優れた妥当性と信頼性を有します。CSIは非言語的な査定法です。インターネット上でテストが施行されるため、集団施行形式でも個人のペースで受験することが可能です。従来の学習能力に関する研究の多くは、介入効果の指標として学業成績のみを測定するのに対して、CSIは学業成績のより基礎となる個別の認知能力を測定する点を長所とします。
 従来の認知・学習能力に関する研究では、一般的な知能の指標として、ウェクスラーテスト等の知能テストや、簡易式の集団施行知能テストのスコアが使用されてきました。これらの方法では施行やスコアリング方式が煩雑であったり、そうでなければ十分な標準データが存在しなかったりといった短所が存在しました。テストの種類においては、測定する能力が言語分野に偏る場合も認められました。包括的な認知能力の指標の測定が言語分野に偏る点もふまえた上で、CSIはこのような短所を補うべく選出された測定法です。
 介入方法の学力向上講座は、学習理論、認知理論、教育心理学を背景としており、3回の講座すべてが講義部分と演習部分から構成されています。講座出席者にはワークシートが与えられ、講座時間内に教わった内容を実際に応用する機会が与えられます。課題が各講座の最後で与えられ、次回の講座までに各自、自主的に講座内容を復習する機会が与えられます。まだ開発段階ですが、1年生にとって教室での勉学にとどまらず、生涯にわたり応用できるような能力を育てる機会を提供することを願い、研究を続行しています。

参考文献
[1] 高橋 亘: M言語による意味解析システムの学習機能. Proceedings 2004 M Technology Association of Japan, pp49- 52, 2004.
[2] 最上多美子, 武田 建, 宮田 洋, 亀島 信也: 大学生のための学習能力向上プログラム開発の試み. 関西福祉科学大学研究紀要 Vol.8, 2005(出版予定).

文責: 関西福祉科学大学社会福祉学部
教授  高橋  亘
助教授  最上多美子



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