教育支援環境とIT

大学のユビキタス化を求めて
〜江戸川大学の教育・研究環境のIT化への取り組み〜



1.はじめに 〜IT環境整備の歴史〜

 江戸川大学は、JR「柏駅」から電車で3分、今秋開通予定のつくばエクスプレス「流山おおたかの森駅」近くという都心へのアクセスも便利な好条件ながら、緑に恵まれた千葉県流山市の駒木地区にあります。社会学部・人間社会学科、マス・コミュニケーション学科、環境デザイン学科、経営社会学科の1学部4学科からなり、学生数は約2,000名、教職員約200名で構成されています。
 本学では、高度情報化社会における中心的な役割を担える人材の育成を戦略の柱の一つにし、1990年の開学当初より、全学生にノートPCを無償貸与し情報処理技術の修得を必須とした実践的な教育を実施しています。当時はノートPC自体が世に出たばかりで、しかも本学のような文系の大学において全学生にノートPCを貸与する例はありませんでした。社会の高度成長化に伴い、文系のビジネスマンにおいても、PCの知識やスキルが求められるとの予測に基づいて実施されました。
 近年の情報技術の著しい進展に合わせて、情報環境整備のあり方は常に変化しています。前出のとおり本学の情報環境整備は、まずは学生一人に1台ノートPCを貸与することから始まりました。しかしすぐにインターネットの時代になり、ノートPC貸与に加え、学内ネットワークの整備に注力することになります。1996年度には、それまでの学内のネットワーク設備を撤廃し、キャンパスネットワーク「EDO-NET」をいち早く構築し、全学生および教職員にインターネット接続やメールアドレスといったサービスの提供を開始しました。今ではEDO-NETは、それ以外にもNewsやFTP、VPN、ウイルスゲートウェイ、Ringサーバ、ダイヤルアップ接続といった、あらゆるサービスを学内で提供しています。
 2003年度には、無線LAN設備を構築しました。学生への貸与PCも無線LAN内蔵が標準になり、キャンパス内のあらゆる場所(教室、食堂、中庭など)からインターネットの利用が可能です。それまでにも「情報コンセント(有線LANの挿入口)」は多くの教室・図書館に整備されていましたが、100%ではありませんでした。無線LAN導入によりキャンパス内においてはユビキタス環境が実現したと言えるでしょう。
 一見すると文系大学としては過剰な情報設備に思えますが、これらはすべて、学生に最先端の情報環境に慣れ親しんでもらうために必要不可欠なものだと本学では考えます。


2.IT教育を支える図書館

 本学の図書館は平成16年6月より図書館の全面外部業務委託(アウトソーシング)を開始しました。委託スタッフは20代〜30代のITスキルの高い職員を揃え、専任職員が一人もいない図書館を運営しています。外部委託化されたことで利用者の目も厳しくなり、図書館として「利用者満足主義」をキーワードに開館時間の延長、館内サインの見直し、読みやすい館報へのリニューアルなどが実施されました。
 図書館のIT化として以下の四つの柱が今年度は実施されています。

(1)無線LANアンテナの設置
 館内に複数のアンテナを設置し、館内であれば貸与ノートPCを活用していつでもどこでもインターネット利用が実現

(2)図書館システムのリプレース
 図書館システムをポータルシステムに変更し、自館のみならず他大学の図書横断検索、携帯電話による図書検索、図書の借り出し状況確認、予約、リクエストが可能

(3)外部データベース契約の拡大
 各種新聞記事検索を始め、外部データベース契約をサイトライセンスで取得、学内であればいつでもどこでもデータベースに接続可能

(4)情報検索ガイダンスの実施
 委託スタッフのサーチャー資格保持者によるデータベース検索ガイダンスを実施、今秋約500名が受講(写真1参照)
写真1 ガイダンス風景
 今後の目標としては、「オリエンテーション」レベルの限界を突破し、一部ではなくすべての利用者をより自立した情報の使い手とするために、対象者の拡大と内容の高度化を考えています。最終的には、大学教育のカリキュラムの中に図書館教育を組み込み、全学的な情報教育の統合化を達成していきたいと考えています。


3.ゼロストップサービスを目指すバーチャル事務局

 江戸川大学の事務系システムは、ノートPCを全学生に貸与していることを最大限に生かせる形として、Webをベースにポータル的に使用できるように毎年改良が加えられています。全学生にメールアカウントを配付し、100MBのWebスペースを提供しているだけでなく、99年に設置したWebシラバスシステム(2001年に改良)から始まり、現在Web上で提供されているサービスは、休講連絡(2004年度末改良予定)、学生呼出(メール連携付)、履修登録、成績確認があります。これらサービスは個人認証をシングルサインオンで実現しており、複数のIDとパスワードを覚える必要はありません。これに加え、来年度は就職情報についてもWeb閲覧・検索が可能なシステムへ改良予定です。これまで求人データなどは、表計算ソフトで整理したファイルをWebからダウンロードして各自が利用する方式でした。これらをWebデータベースに収録し求人票はPDF化し、企業のWebサイトともリンクさせ、より効率的かつ効果的に就職活動が実施できるようにする予定です。
 また、来年度はこれらの機能をCMS(コンテンツマネジメントシステム)を利用して統合し、各事務部署からの入力を即時更新できるように変更する計画があります。CMSを有効に利用することで事務部門からの連絡はすべてWebから行い、従来の紙による掲示板等での伝達をすべて廃止する方向に調整が進んでいます。学生は、学内のほぼすべてを網羅する無線LAN環境を利用し、ノートPCによりWebからすべての情報を必要な分だけ、事務局へ立ち寄ることなく取得するバーチャル事務局(ゼロストップサービス)の完成が近づいています。


4.さらなる取り組み

(1)マルチメディア教室の整備
 高校で情報教育が実施されるようになり、他との差別化のためには、より専門性の高いスキルを習得するための環境が必要であると考え、「マルチメディア教室」の整備にも力を入れています。学生の貸与PCは、日常的に学校−自宅間を持ち歩くことを前提にしているため、演算能力よりも可搬性を重視しています。IllustratorやPhotoshop、Shadeといった業界標準のソフトウェアと、それらを快適に動かせる演算能力の高い端末を揃えた教室を充実させています。

(2)教材の電子化
 一人1台の貸与ノートPCと無線LAN環境の組み合わせを生かし、一部で授業の電子化を試行する予定です。授業で配布される教材をPDFファイル形式などに電子化し、Webからダウンロード可能にしておけば、学生は授業までに学内の好きな場所で教材をダウンロードし予習することで、教科書を持ち歩く必要がなくなります。教材の電子化は、オンデマンド授業への移行も簡単なものにします。

(3)オンデマンド授業
 江戸川大学は早稲田大学の主催する「オンデマンド授業流通フォーラム」に参加しています。「オンデマンド授業流通フォーラム」とは、ブロードバンド・ネットワークを利用したオンデマンド授業の普及を通じて、新しい教育スタイルの実現を目指し、各学校間で特色ある授業を相互提供することを目的としたものです。このフォーラムを通じて本学でも、オンデマンド授業を実施するのに必要なノウハウを蓄積したいと考えています。


5.ITサポート体制

 本学は社会科学系の大学であり、入学時にすでにPCに精通している学生の数はそれほど多くありません。今までPCに慣れ親しんでいなかった学生全員に突然ノートPCを貸与するわけですから、技術面のみならずトラブル対応のサポートなども重要になります。本学では「コンピュータ・ヘルプデスク」と「LAN基幹(EDO-NET)センター」という二つのサポート組織があります。
 ヘルプデスクは学生によって構成されたサポート組織です。面接などの選抜を経て編成されたスタッフは、文系の学生としては高いITスキルとモチベーションを持っています。
 PCの操作に関する疑問やトラブルが生じた場合、学生はまずヘルプデスクに相談します。簡単な問題であればヘルプデスクで対応しますが、内容や難易度によってはEDO-NETセンターやメーカー修理へ誘導します。入学時にはPCに不慣れな学生が多いため、持ち込まれる問題も初歩的なものが多く見られます。同じ学生が対応しているので、聞きやすいことも一因ではないかと思われます。
 さらにヘルプデスクの活動は、教員に対しても学内外を問わず授業中または研究中にトラブルが発生した場合のサポートとして、内線電話・携帯電話でヘルプデスクに連絡があったら対応する「レスキューダイヤルサービス」を設けています(図1参照)。ヘルプデスクのスタッフは、日々のサポート作業を通して、またスタッフ間の自助努力によって、よりITスキルの高い学生に成長しています。スタッフからは理系の職場に就職する学生も多く輩出しており、単なるサポートとしてだけではなく、教育的効果も高いと言えます。
図1 パソコンレスキューダイヤルカード
 EDO-NETセンターはITに精通した専任職員と専門性の高い技術を持った派遣職員によって構成されています。元来学内ネットワークの管理を行う部署ですが、その専門知識を生かして学内ITサポートも行っています。学内ITサポートとは、学生への対応をはじめ、教育・事務の電子化に伴う教職員への技術的支援やトラブル対応を含みます。前出のヘルプデスクで対処しきれない、専門知識が必要な問題で、ハードウェアの故障以外は対応しています。また、センターのスタッフはその高度な専門知識を生かして、学内業務等の合理化・電子化などの場面でも、提案者やオブザーバーとして活躍しています。
 ノートPCを毎日持ち歩くと必然的に物理的破損や故障などのトラブルが発生します。本学の場合は、メーカーの保守部隊が週に2回来校し、直接修理を受け付けています。ピックアップによる修理にも対応しているので長期休暇中の故障に対しても安心です。


6.情報化投資に対する評価体制の確立へ

 これまで述べてきましたように、江戸川大学では順調に教育のIT化が進められてきました。しかしながら、その効果について評価し、次のステップへとフィードバックする作業がおろそかにされてきたことは否めません。
 本学における教育のIT化が、大学教育を高度化・効率化させる上で重要な役割を果たしていることは間違いありません。そして、それらに対する取り組みには相当な投資が必要です。昨今の私学を取り巻く厳しい経営状況の中、90年代初頭のような資金面・人材面で余裕のある大学は少ないのではないでしょうか。情報化投資に対する障壁として経営資源の節約だけでなく次のようなこと[1]が明確にできないことも、大きな要因になっています。

 1)情報化投資の投資目的、投資分野はどのようにして設定すればよいか
 2)何を基準に情報化投資の意思決定を行ったらよいか
 3)どのようにしたら情報化投資に対する効果を明確に捉えられるか
 4)いかに少ない情報化投資で大きな効果を上げるか

 情報化への投資を今後進めていくにあたり、その効果を測定し具体的な費用対効果を示すことが、投資に対する障壁を取り除いていくものと思われます。この解決にあたりバランススコアカード、ABC/ABM、運用コスト把握・評価手法としてのTCOなどを研究しています。大学の情報化の効果測定にもっとも見合った評価システムを利用し、情報化に対する戦略すなわちプラン・ドゥ・シーによるシステムライフサイクルを確立させることが、今後の江戸川大学のIT化を発展させていくカギになると考えています。



参考文献
[1] 小野修一: 情報化投資効果を生み出す80のポイント. 工業調査会.

文責: 江戸川大学
  LAN基幹センター長、
 教授  久保悌二郎
  ネットワーク情報システム部
 係長  平岡 健次
  LAN基幹センター     谷川 正継



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