教育事例紹介 法律学


法律知識ベースシステムを活用した法創造教育
−法的知識の体系化能力の育成−



吉野 一(明治学院大学法科大学院教授)


1.はじめに

 本稿は、法律知識ベースシステムを法創造教育に応用した実践例を紹介します。
 法創造教育とは、法創造的思考能力を育成する法学教育です。「法創造」とは筆者によれば、既存の法体系から演繹できない法命題を創設することです。日本国憲法や民法や刑法のように国会の議決により制定された法、すなわち、制定法ばかりが法命題ではありません。制定法は抽象的用語で記述されているので、制定法を適用する者は、その用語を個別具体的事実に当てはめるために制定法の用語の意味を具体化する法の解釈を行います。また、個々の諸制定法規定を体系的関連におく法の体系化の解釈を行います。これらの解釈過程で創設される命題も、法適用者の権限に基づいて創設される法命題です。
 このように法の適用過程において行われる法命題創設をここで「法創造」と呼んでいます。創造的法的思考とは、そのような法命題を創設し、問題を適切に解決していく法的思考です。法創造教育とは、法創造的思考能力の養成を目的とした法学教育です。急激に変化するグローバル化社会において、法創造的問題解決をする能力を有する法律家が必要とされており、そのような法律家を養成する法学教育の方法が確立されることが要請されているのです。


2.法律知識ベースシステム

 知識ベースシステムは専門家の知識を登載し、専門家の支援や代行を行うので、エキスパートシステムとも呼ばれます。法律知識ベースシステムは、制定法や判例や学説の法的知識、そして法律家が暗黙知として有している法的知識を登載していて、相談事例を入力すると法的知識を事例に適用して推論を行い、法的判断を出力してくれるコンピュータシステムです。それは推論過程を示し、なぜそのような法的判断に至るかを説明したり、法的知識自体の構造を明確かつ詳細に示すこともできます。
 法律知識ベースシステムは法学教育に様々な局面で利用することが可能です。利用目的としては、大きく分けて二つあります。一つは、法的思考の基本形式と基本技術を習得するためであり、もう一つは、法創造的思考の創造的側面を促進するためです。われわれは、この二つの側面において、法律知識ベースシステムの有効利用を試みていますが、本稿は、紙数の関係から、第二の側面の、それも法律知識ベースシステムを利用した、法的知識の体系化の法創造教育における実践例を紹介することにします。


3.法的知識の体系化の法創造教育の実践例

 学生が法的体系化思考を習得するには、法的知識の体系化を学生自らが行うことが有効です。なぜなら、法的知識の体系化を自ら体験することによって体系的な法的思考を獲得していくことができるからです。
 われわれは、明治学院大学法科大学院および慶應義塾大学法学部の授業おいて、国際動産売買契約に関する国連条約(CISG)の法律知識ベースを、学生自らに作成させることによって、法的体系化の法創造的思考能力を身につける法創造教育を行いました。(同法全体についてではなくその一部についてではありますが。)
 学生には、下記のようなCISGの関連条文を与えます。学生による、これらの法条の知識ベース構築を試みます。また、学生の知識ベース構築の進展状況に対応して、諸設例を段階的に与えて行きます。説明の単純化のため、ここでは、3種類の設例で行います。
CISGの関連条文
1)申込は到達したときに効力が生じる。(15(1))
2)申込の到達前に撤回が到達すれば、申込は撤回できる。(15(2))
3)承諾の発信の前に申込の取消通知が到達すれば、申込は取り消しできる。(16(2))
4)拒絶の通知が到達すれば、申込の効力が消滅する。(17)
5)承諾は到達したときに効力が生じる。(18(2))
6)申込に対する承諾の効力が生じたときに契約は成立する。(23)
 「契約成立」がゴールとなるべき概念で、学生に与える問でもあります。学生はこのゴールを正しく解くことのできるルールを作成しなければなりません。法律家が暗黙知として有している法原則は、「申込が効力を有し、承諾の効力が生じれば、契約が成立する」です。この法原則を学生自身に自発的に獲得させようとするために、一連の設例が与えられるのです。
 クラスの学生は、CISGの予備知識は有していません。授業では、CISGについては、上記の関連条文以外の予備知識を事前に与えることなく、問を与え、知識ベースに登載されるべき法ルールを作成させることとします。
 まず設例1が与えられます。これを解くために、CISGの知識を学生に記述させると、多くの学生は図1に示すような体系化を試みました。なお、以下の図において、上段の大きい外枠の四角は法律知識ベースを表し、横に細長い長方形はルール法命題またはファクト命題を表します。法律知識ベース中、背景が白地のものは学生が自ら導入したルールを、灰色のものはCISGの条項として存在するルール法命題を表します。15(1)や18(2)等は該当の条文番号です。中段の外枠四角は設例の事実を表し、最下段の外枠の四角は法的結論を表します。
図1 学生の回答例1
 図1の体系化は、CISGの23条をそのまま18条2項の親ルールとして知識ベースに追加するものです。設例1については、「4月10日に契約成立」という(それ自体は正しい)結論が演繹できることとなります。しかし15条1項の「申込は到達したとき効力発生する」というルールは、それに対応する事実があるのにまったく適用されていない。本来は、「申込の効力発生」と「契約成立」を関連付けて、「契約成立」を判断すべきであるにもかかわらずそれを行っていません。
 そこで、学生に設例2を提示し、それを解かせます。設例2では、Aの「申込はなかったことにして欲しい」という「通知」が、申込の到達前にBに到達したので、申込の撤回が効力を生じているため、「契約は成立しない」というのが正しい解です。しかし、図1の体系化ではその結論を導き出し得ない。そこで学生は知識ベースを改訂することになります。図2は学生の新たな体系化です。
図2 学生の回答2
 図2において、学生は「申込の効力発生」を契約成立のための要件の一つとして付け加え、「申込は到達したとき効力が発生する」というルール(15(1))と「承諾は到達したとき効力が発生する」というルール(18(2))を統合する「契約は、申込の効力が発生し、かつ承諾の効力が発生したときに成立する」という「契約法原則」を創設し、それによって前の回答よりは優れた体系化に成功しています。すなわち、図2の体系化の場合は、設例2において、申込の撤回が効力を生じるため、申込の効力が発生しないことを導き出すことができ、それによって契約法原則の第1の要件「申込効力発生」が充たされないため、契約が成立しないという結論が導き出されます。この体系化では、設例1のみならず設例2においても、正しい結論を導き出すことができます。
 次に、設例3を提示し、学生にさらに考えさせます。この設例では、Aの取消の通知が申込到達後Bに到達しているので、申込の撤回としては効力が生じないが、その到達は承諾発信前であったので、「申込の取消」として効力が生じ、契約は成立しないというのが正しい解です。図2の体系化のままでは、「申込の取消」によって申込の効力が消滅することを取り扱うことができないので、正しい結論が出てきません。そこで学生は再度体系化を試み、図3に示す回答3に到達するのです。
図3 学生の回答3
 図3の体系化においては、「申込の取消」が効力を生じ、その結果申込の効力が消滅し、したがって、「申込が有効」という要件が充たされず、「契約が成立しないことが証明される。この体系化において、学生は契約が成立するためには、単に申込が効力発生するばかりでなく、承諾時に申込の効力が有ることが必要であることを認識し、それに基づいて、契約法原則とその下で諸ルールのより適切な体系化に到達しています。


4.おわりに

 従来の法学教育では、教授が長年の学習あるいは研究の成果として獲得した法的知識の体系を学生の前に、いわばトップダウンに、「法はこうなっているよ」と教示するだけでした。学生はそれを鵜呑みに丸暗記するか、ともすれば右の耳から左の耳に抜けさせるかでした。最後の点は言い過ぎかもしれませんが、いずれにせよ学生の勉学態度は受け身に終始し、自ら創造的に思考することは乏しかったと言えます。すなわち、具体的な問題を解決するために必要な法的知識の体系を、法律の諸条文を読んで自ら獲得していくことはなかったのです。
 本稿に示された、法律知識ベースシステムを活用した、法的体系化思考の養成教育は、複数の事例への当てはめを通じて、すなわち、その問題解決作業との関係で、法律知識ベースを構築していくことによって、ボトムアップに、学生自ら創造的に体系化的思考を学習し身につけていくものです。
 実際、授業でやってみて、学生は、自ら知識の不備に気づき、知識を段々と修正していって、良い体系化のルールを見つけていけることが確認できました。学生の反応は、このアプローチは新鮮で興味が持てるというものであり、体系的な法的知識を理解し、法的体系化能力を習得するのに役立つという意見でありました。法創造教育に対する法律知識ベースシステム利用の有効性が確認できたと考えられます。
 法創造教育には、法解釈の体系化の面だけではなく、前述のように具体化の面もあるわけで、具体的事例問題解決のために学生に具体化のルールを作らせるということも可能であり、また、行っていかなければならないところです。法律知識ベースシステムの利用は、この目的のためにも有効であると思われます。今後のこの面でも法律知識ベースシステムを活用した法創造教育の方法を開発していきたいと思います。



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