教育事例紹介 体育学・スポーツ科学


大阪体育大学における動作分析教育〜Excelの活用事例〜


淵本 隆文(大阪体育大学体育学部教授)


1.はじめに

 筆者は6年前に本誌(1999年7巻4号)で動作分析教育について報告しました。そのときに述べた今後の課題は、分析システムをMS-DOS環境からWindows環境へ移行することでした。今回は動作分析教育の環境がその後どのように変化し、その結果教育効果がどう変化したのかを紹介します。


2.動作分析教育の重要性

 体育系大学では、教育や研究の課題としてスポーツに関することを多く取り扱います。また、学生の多くは運動クラブに所属し、自らスポーツを行っています。身体の動きがどのようになっているかを調べることができれば、多くの情報を収集でき、スポーツの指導やトレーニングに生かすことができます。動作分析教育では、分析方法とデータをどのように解釈するかを中心に教えています。動作分析はバイオメカニクス、体育科教育、授業研究、運動学、スポーツコーチング、スポーツ心理学、体力科学、スポーツ生理学など多くの科目で必要となります。


3.動作分析システムの環境移行の経緯

 動作はビデオ撮影した映像を使って分析します。作業は、ビデオ映像から身体各部の座標を読み取ること(デジタイズ)と読み取った座標を使って計算を行うこと(分析)の二つに分かれます。分析環境の経緯は、1)16mmフィルムの映像をデジタイズボードに投影し、読み取った座標をWang社製コンピュータを使って分析(カセットテープ→9インチフロッピーディスク+ハードディスク[5MB→80MB])、2)ビデオ映像をパソコン画面とスーパーインポーズしてデジタイズし、NECパソコンを使って分析(N88Basic→N88Basic[MS-DOS版])、3)市販のシステム(FrameDias、DKH社製)を用いてビデオ映像をデジタイズし、N88Basic(MS-DOS版)を用いて分析、4)VisualBasic4.0→5.0を用いて分析ソフトを開発したが実用化にならず、5)ExcelのVisual Basic Application(VBA)を用いて分析、となり、現在に至っています。前回の報告は2)と3)を併用していた頃のものですが、MS-DOSパソコンの保守が難しくなり、Windows環境への移行を余儀なくされました。Visual Basic5.0でプログラムを開発中に、Excelを用いて散布図のデータを線で結ぶ場合にデータの途中に空白セルがあるとそこで線が途切れることに気づき、これがきっかけでExcelのVBAへの移行に踏み切りました。


4.動作分析教育の内容

 教育内容は、研究計画の立案からレポート作成、研究発表までを含みます(図1)が、ここでは動作分析方法に絞って教育内容を紹介します。
1) ビデオ撮影(1台のカメラによる2次元撮影と2台以上のカメラを使用する3次元撮影がある)を行う。
図1 動作分析教育の流れ
2) ビデオ映像から身体各部や用具などの座標を読み取る(デジタイズソフトを使用)。
3) 分析ソフトにデジタイズ座標(以下原座標と言う)を読み込む。
4) 原座標を使ってスティックピクチャーを描き、フォームを観察する(図2)。
図2 ハンマー投げのスティックピクチャー
上段は側面から見た実際の動き、
下段は上方から見た各フォーム。
図3 ハンマーヘッドの軌跡
5) 原座標の経時的変化や軌跡をグラフで確認し、身体各部の動きを調べる(図3)。
6) 原座標のノイズを取り除くために平滑を行う。その際、最適遮断周波数を計算する。
7) 平滑座標から相対座標、身体部分重心座標、身体合成重心座標、角度などの変位データ求める(図4)。
8) 各種変位データを微分し、速度、加速度などを求める(図4)。
図4 計算経過を確認する画面
9) 以上のデータに外力のデータを同期させて、関節に働く筋収縮によるトルクや関節で二つの骨が押し合う力を求める。
10) 平滑座標を身体部分を利用した座標に変換して、関節の動きを調べる(座標変換)。
11) 分析ソフトには組み込まれていないが、角運動量や力学的エネルギーなどを求める。


5.Excelを用いた動作分析教育の効果

 Excelを用いた動作分析教育の効果は旧環境(MS-DOS環境)に比べ飛躍的に向上しました。
1) デジタイズデータに問題がある場合、旧環境では学生自身がファイルの数値配列を直接確認するのは難しかったのですが、Excelではシートに表示されるため確認が容易にできます。
2) 角度、相対座標、身体部分の質量比、重心位置、座標変換などの定義は、旧環境の場合input文で一つずつ入力していたので、一覧での確認や訂正が煩わしかったですが、Excelではセルやテキストボックスに入力するので、確認や変更が容易になりました。
3) 旧環境では使用説明や定義の説明を画面上に表示する限界があり、学生はプログラムを使いこなすのに時間がかかっていましたが、Excelでは説明をシートに直接書けるので、図やカラーを使用して丁寧に書くことができます。従って、簡単な口頭による説明だけで学生は分析を進めることができます。
4) 分析ソフトは普通のExcelファイルなので、学生は各自に配布されたファイルを使って自宅や情報処理センターなどいろいろな場所で都合の良い時間に効率的に分析を進めることができます。
5) 学生は自分専用の分析プログラムを所有できるので、各自が設定した各種定義を変更することなく分析を進めることができます。また、卒業後も使用できるので、例えば教員になった場合に、生徒に見せて説明することもできます。ただし、第三者への譲渡は許可していません。
6) 旧環境では、5インチフロッピーディスクを使用していたため計算処理とデータの読み書きに1分以上かかることもありましたが、現在はほとんどの処理が1秒程度で終了し、なおかつ、すぐにデータをグラフで確認することができます。
7) 動作分析では動作そのものを図(スティックピクチャー)で確認することが重要になります。旧環境では画面にBASICのグラフ機能を用いて作図し、画面をプリンターに印刷するといった紙ベースでの利用しかできませんでした。しかし、Excelでは散布図を用いてスティックピクチャーを描くことができる(図2)ので、それを他のファイルに貼り付けることができます。視覚的な動作の観察や確認が簡単に行えるので、学生は自分のスポーツ経験やイメージと照らしながらデータを解釈することができ、分析への興味や関心が高まるようになりました。
8) Excelでは旧環境よりも全体的に操作性が向上し、処理時間が短縮されましたので、分析量が明らかに増加しました。また、グラフやスティックピクチャーをそのまま電子データとしてレポート作成に利用できます。このような理由から、レポートの内容は旧環境の時よりも明らかに充実しています。


6.動作分析プログラムの開発と学内支援

 Excelで分析し始めたのは2002年9月頃からで、プログラムの追加や不具合の修正は必要に応じて随時行っています。当初は私一人で作成していましたが、学生が自作したプログラムの中で一般化できる場合はそれを取り込み、プログラム作成者に学生の名前を追加しています。現在は、「2次元分析」、「3次元分析」、「2次元分析で複数データ同時処理」の3種類のソフトを使用しています。学生に分析ソフトの使い方を教える場合に大学院の教務補佐や大学院生に手伝ってもらうこともしばしばあります。


7.問題点と今後の課題

 デジタイズは市販のソフト3台で行っていますが、デジタイズには時間がかかりますので、時期によっては予約待ちになります。デジタイズシステムを分析システム同様に学生へ配布できれば、教育効果は飛躍的に向上します。現在、大学院の卒業生が開発を進めており95%の完成度です。これを実用化させることが今後の課題です。


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