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「法律キャリア・プランニング」授業におけるマルチメディア教材の製作・利用の試み
−法科大学院時代の学部教育の一例として−



北村 隆憲(東海大学法学部教授)


1.法科大学院時代における法学部教育の模索

 2004年度から導入された法科大学院では、専門法曹の育成を主眼として高度な理論的・実践的法学教育が行われる。法科大学院時代において学部の授業をどのように方向付けるべきかは、大学の大衆化の拡大と少子化という社会的背景の下で、法学部教員に共通した大きな悩みであるとともに、従来の法学部教育の意義と機能について再検討の場を提供してくれるチャンスでもある。専門法曹への動機付けとそのための基礎学力を育むと同時に、法律知識と法的思考力を身につけて社会のより広いフィールドで活躍する知恵と活力を持った市民となりうる学生を育てるというやりがいのある課題がここにある。
 こうした観点から、一つの授業の試みとして、東海大学法学部では2004年度より筆者が担当して「法律キャリア・プランニング」授業を開講している。当該授業の理念と授業実践の概要を紹介する。


2.「法律キャリア・プランニング」授業の理念と目標

 「キャリア」とは、自己の人生行路であり、とりわけ職業・仕事との関係における自己の足跡と将来への展望である。法を学ぶことは、合理的・法的な思考様式と知識を身に付けることであると同時に、有意義で実践的な様々な社会的資格や職業に結びつき、さらに、法は日常生活における紛争解決行動等の諸実践のツールでもある。この授業では、そうした資格・職業・実践について情報を提供し、学生が将来の(広義の)法律キャリアをアクセス可能な具体的な目標として理解することにより、科目履修方法を真剣に検討し、日々の法の学習に自ずと意欲的に取り組み、翻って、法の学習と法律専門職への可能性の中に自尊の念を備えた自己を位置づけることができるようになることを目標とする。授業理念は、四つにまとめることができる。

(1)法の世界を身近な存在にして、自己のキャリア・人生と結びつける
 法学部新入生の感じる「法」の世界の疎遠さを取り払うのに、マルチメディア(映像)を通して、法を担う人々の生の言葉で語ってもらうことは何にも勝る方法である。法律に関わるどのようなキャリアの選択肢が存在するのか、それはどのような仕事なのか、それが自己のライフスタイルや将来像にどのように関わりうるのか等を、映像を利用した授業によって、法の実践者達自身の言葉を通じて、生き生きしたイメージを提供することができる。「法律キャリア」という言葉は、法曹三者や弁理士、司法書士、行政書士といったいわゆる法律の公的資格のみを指すのではない。警察官や企業の法務部、公務員、あるいは、専業主婦であっても法の情報を探索して日常生活や仕事に利用し、あるいは訴訟に関わるといった身近な法ユーザーとしての「キャリア」、そして、近く導入される裁判員制度も、市民が関与しうる法的役割として、学生に身近な存在と理解させることによって、自己の人生やキャリアと法の世界を結びつけることを手助けする。

(2)学習目標と日々の学習の動機付け
 従来、「キャリア」は「就職部」に任せればよい、という考え方が教員にあった。しかし、入学当初から職業を含めたライフスタイルや広義のキャリアを具体的に計画し(計画は日々変化・前進する)、それとの関係において、日々の学習の意義を自覚的に把握することによって高いモチベーションで自主的・自覚的に学習を進めていく動機付けとなる授業を提供することが必要である。

(3)自己の人生・キャリアを語り直す「物語り」の方法として
 大学進学の過程において自尊の念を失ったり、明確な目的意識がないまま法学部に進学してきた学生に出会うことがある。自己のアイデンティティやキャリアは、自己や他者による別様の「物語」の構築によって変容可能なものであるとする社会心理学・社会学の構築主義的な物語理論を授業の根幹に据えることにより、自己の人生とキャリアの軌跡の意味は既に固定的に決定されてしまったものでなく、様々な有意義な法の職業や役割の可能態の中に自己を参与させる仮想経験を媒介に、常に現在の生き方(語り方、考え方、学習仕方)によって「語り直し」可能であることを理解させる。

(4)多人数授業のコントロール方法として
 授業形式として、講義モード、映像(ビデオ)モード、文章作成モードという3者を利用することで、学生を飽きさせず授業に静かに集中させる一つの方法となりうる。


3.「法律キャリア・プランニング」授業の実践

(1)授業の位置づけ
 2004年度の本授業は、新入生を対象に、一学年約340人を半分に分け、春学期と秋学期に一コマ 170人ずつ実施した。2005年度は、学生の要望により春学期に二コマ実施した。新入生対象ではあるが、うわさを聞いて履修機会のなかった上級学生の受講希望者も少なくない。
 この授業は、法学部における他の専門科目、とりわけ初年度の基礎専門諸科目や指導機会と連携して一層効果を発揮するようカリキュラムが組まれている。4年間を展望した履修計画と卒業後のキャリアへの指導と動機付けが、入学時の全体ガイダンスや個別履修相談会、また、法制度と社会科学の基礎的リテラシーを学ぶ「法学基礎演習 I」、その発展としての「法学基礎演習 II」、さらに、学生を個別に指導する「指導教員制度」、などにおいて入学当初から組織的に志向されている。「法律キャリア・プランニング」はその組織的教育ネットワークの中で、将来の法律キャリアの知識と可能性への具体的な展望を与えることによって、より積極的な日々の法律専門科目の学習を鼓舞するよう設計されている(図1参照)。
図1 他の専門科目等との組織的関係
(2)授業の流れ
 第1回目の授業では、(法律)キャリアと自己のアイデンティティの関係などについて講義を行う。2回目以降は、授業の前半部分で、教員が用意したハンドアウトに基づき講義形式で各法律キャリアの解説を行い、後半ではそのキャリアに関するビデオを通常20分〜35分程度映写する。ハンドアウトには、ビデオに現れる事件や用語に関する「課題」が与えられており、それについてメモをとる欄が設けられているので、学生はただ漠然とビデオ鑑賞するだけではなく、内容をきちんと理解し集中することが求められる。最後に、ビデオに登場した重要な諸概念等の解説とまとめの説明を行い、ハンドアウト上の課題の整理と清書を宿題とする。記入されたハンドアウトは最終授業で回収し、定期試験とともに単位認定の資料として用いる。授業欠席者のために、ハンドアウトのダウンロードができる授業用Webサイトを自作してある(図2参照)。
図2 授業と学習の流れ図
(3)ビデオ映像
 毎回上映する映像は、主として、担当者自身が法律キャリアの人々のもとにデジタル・ビデオカメラを携えて赴き、仕事場や本人(本校出身者・関係者などを含む)のインタビュー等を撮影したものである。映像は、パソコン上でデジタル映像編集ソフトを用いて必要なキャプションや音楽をつけて編集・製作する。学部の法職講演会などでの撮影データや、関連組織(弁理士会など)が作成したものを許諾を得て使用する場合もある。
 こうしたマルチメディア教材の製作を担当教員自身が行うことは膨大な時間がかかるが、題材の選択や編集方法(キャプションや音楽の使用法等の編集方法、映写時間など)について暗中模索の部分もあることから、学生の反応を見つつ臨機応変に映像の変更等に対応できる自主制作を継続している。
 法律キャリアとの関係において、日本の法制度の概要についても学んでいく。現在取り上げているテーマは、裁判官、検察官、弁護士、弁理士、司法書士、家庭裁判所書記官、裁判員、社会保険労務士、企業法務部員、企業社員(知的所有権担当)、警察官、公務員等である(写真1参照)。

(a) 弁護士 (b) 公務員 (c) 企業法務
写真1 様々な法律キャリアに関するビデオ映像

4.効果と課題

 出席を取らない(取れない)多人数の授業では、徐々に出席者が減ることがあるが、本授業では多数の出席を確保している。ビデオを見ながらの課題が与えられているために、大教室授業だが私語は少ない。学生は毎回ビデオの映写を楽しみにしており、前半の講義形式の授業も積極的に聞く姿勢が見られる。
 授業アンケートの結果によると、2005年度春学期に行われた本授業二コマで実施した、「この授業によってさまざまな法律職についての理解が深まり、法律学習の動機付けを強めたと考えるか?」との問いに対して、約95パーセントの学生が肯定する結果が得られた。また、授業アンケートでは次の記述に代表される感想が少なからず寄せられた。「いろいろな職業に関するビデオをいっぱい見て、法律が役立つ仕事に対する興味が湧きました。弁護士や裁判官だけが法学部の目指すゴールではなく、多くの道が自分の前にはあるのだなあと将来を見つめる良いきっかけになったと思います。」
 今後の課題は、一層多様な法律関連職業をマルチメディア教材として作成して、学生からのフィードバックも取り入れた、より対話的な授業方法論を構築することである。


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