教育事例紹介 社会福祉学


ITを活用した実習指導体制の整備


坂本 勉(佛教大学社会福祉学部講師)


1.情報の特質と福祉現場における情報化の課題

 福祉現場におけるITシステムの導入に関して、現段階で飛躍的に進んでいるとは言えません。特に、和泉は「業務効率を改善するためにITシステムを導入する目的は理にかなっているように思えるかもしれないが、経費の削減や手間の軽減といった程度の改善では大きな効果を挙げることが難しい。」[1]と指摘しているように、労働集約型の福祉現場では、全体の職場環境の再構築を目指す中で、ITの活用という方法が検討されるものと推察されます。このことは、「業務全体の再構築のためには、個別業務の目的や効果を再検討して改廃を含めた見直しを行わなければならない。そしてITシステムの導入によって可能になる新たな業務の創造も行う。単なる業務縮小均衡を図るのではなく、改廃と創造によりさまざまな資源の再配置を行うことこそ業務プロセスの再構築なのである。」[2]としています。つまり、業務改善を志向するITシステムの導入は、同時的に組織構造や意思決定のための権限問題などを総合的に整理した上で導入しなければ期待したほどの効果を成さないのであり、一方でITシステムに馴染まない情報をどのように位置づけ、サービスの質向上につなげていくべきかといった視点も検討しなければならないと言えます。
 特に、社会福祉教育に関して行われている「福祉現場実習」では、福祉現場のIT化と実習教育に関するIT化といった側面が極端に立ち遅れているように感じます。これは、大学教育での福祉教育が情報通信技術を自らの教育実践の中に用いるといった姿勢が不足している部分があることと、福祉現場では利用者のプライバシーの問題、個人情報保護の問題を考え合わせると、デジタル化した情報を扱うことに慎重になるのもうなずける部分です。しかし、従来からのアナログ形態から一歩脱却し、利用者のサービス向上に応用できる人材養成を目指さなければならないと感じています。


2.ITを活用した社会福祉援助技術現場実習での効果的スーパービジョン

(1)取り組み内容
 ここで、GP関連事業として、「ITを活用した効果的スーパービジョンの方法」として試験的な取り組みを行いました。まず、対象学生10名に対してIT環境の整備を行うため、ノートパソコンを提供し、また情報通信環境を整備した状態で貸与しました。これまで、実習中の学生が記録する「実習記録」はすべて手書きの原稿でした。これは、利用者のプライバシーの保護を目的とした視点が強かったのですが、デジタル化される記録にも、個人情報が適切に保護されていることを注意しながら学生指導を行いました。高度なITを独自にアレンジしたものというより、どの大学・養成校でも利用できる方法を念頭に置き、デジタル化された日々の実習記録を担当教員に毎日インターネットを通じて送付しました。送付された実習記録を読み、担当教員からのコメントを次の日にメールで送信するといった、日々の実習状況を教員が把握し、取り組みの視点や方法、成長の段階にどのような指導・支援が可能かスーパービジョンを行うのです。
 従来、スーパービジョンは、実習開始から数週間経過したのちに、施設に担当教員が訪問し、実習担当者を交えた話し合いがもたれるのですが、実習生自身は、「戸惑い」や「不安」「自分の捉えかたへの修正」を随時持っており、タイムリーな支援・アドバイスが求められていると考えられます。
 また、スーパービジョンでは、教員と実習生という1対1の関係性の中で完結してしまいがちですが、この度、実習生用の「掲示板」を大学ホームページに準備し、自由に書き込めるようにしました(図参照)。この掲示板の効果は、実習生が感じた疑問や、悩んだことなどを相互に出し合うことを通じて、様々な障壁を乗り越えることができるといった作用があると言えます。

図 実習生用の掲示板

 このようなやり取りは、実習が終了している者からのアドバイスや、同じように実習中の学生からの意見など、互いに自分の置かれている立場を踏まえながら掲示板に立ち寄り、書き込みをしています。この掲示板の書き込み内容を観察してみると、決して楽な立場ではなく、厳しい環境の中に「福祉の現場」が成立していること、その現実を受け入れることに実習生自身が賢明であることが理解できます。

(2)学生アンケート結果
 実習が終了した10名の学生へアンケートを行いました。実習中にパソコンを使用した実習記録の方法では、インターネットから専門情報や、現場で出された処遇方法など最新の方法を検索し、自分の考えを交えながら記録を書き上げることができるといったメリットが挙げられていました。掲示板にはすべての学生が立ち寄り、励まされたり、癒されたり、他の実習生に感心したといった反応がありました。そして、実習期間中に大学教員に実習記録を提出することは、むしろ安心感があったという意見が学生全員で見られました。そして、「今後、実習教育に関してIT化を進めてほしいですか?」という問いに関しては、ほとんどの学生が進めてほしいと期待をしているようでした。


3.まとめ

 以上のように、複雑で高度なIT技術を用いるのではなく、実習教育をより豊かにするための一つのツールとして現状のIT技術を活用し、教員サイドだけの教育効果だけでなく、学生同士の相互の情報交換を行いながら、質の高い実習記録・実習効果を残すことができるようになると思います。
 今後の課題として、すべての実習生が実習記録の電子化を行うためには、学生個人のPCを強制的に持たせる必要があることです。しかし、現状では大学全体の開講科目に必ずしもPCは必要ではなく、希望者のみが購入しているのが実情です。したがって、貸し出し用のPCをどれだけ大学側が準備するのかを検討する必要があります。また、情報通信利用料がまだ高価であるため、宿泊実習や遠隔地での実習の場合、情報通信利用料金を学生の自己負担にするには経済的負担が増幅します。これらの問題を大学の予算との関連でどの程度拡大していけるのか検討する必要があります。現実的な方法として、実習先につながっているLANを無線LANにしてもらい、実習生も一定時間無線で通信環境を整えることができれば、情報通信利用料金がかからなくなります。これらの体制も、今後施設側との交渉によって広げることが望ましいと考えます。

参考文献
[1] 和泉徹也(ライフデザイン研究所監修):医療・介護におけるIT化. 福祉ミックスの設計, 有斐閣, p.155, 2002.
[2] 和泉徹也:前掲書, p.156.


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