教育支援環境とIT


武蔵大学のサイバーキャンパスへの取り組み


1.はじめに

 本学は、1922年に「人間形成を根幹に、明日の新しい日本を担う優れた人材を育てる」という理想を掲げながら、明治から大正にかけて財界で活躍した東武鉄道グループの創始者(初代)根津嘉一郎翁の創設されたわが国初の七年制の武蔵高等学校をその起源としています。1949年の学制改革に際しては、経済学部のみの単科大学としての武蔵大学および新制武蔵高校・中学校として再編され、以来、大学では「少数精鋭主義」を掲げて、優秀な人材を送り出してきています。
 現在、武蔵大学は、経済学部、人文学部、社会学部の3学部8学科と大学院2研究科5専攻および総合研究所から構成されており、総学生数4,463人、専任教員数113名、専任職員数46名から成る組織です。学生諸君は、練馬区の都市部としては大変緑の多い江古田キャンパスで毎日の勉学生活を送っており、さらに体育活動は江古田キャンパスに加えて、埼玉県朝霞市内の朝霞キャンパスでも行われています。朝霞キャンパスには学生寮も整備されており、そこでは男子学生、女子学生、留学生の諸君が在住しています。


2.専門教育理念とIT環境の整備

 武蔵大学は、建学の三理想に基づき、現在その教育理念は、1)自ら調べ、自ら考える(自立)、2)心を開いて対話する(対話)、3)世界に思いをめぐらし、身近な場所で実践する(実践)ことができる、知る能力を有し21世紀の社会を支え、発展させうる「自立した活力ある人材」を育成することを目標にしています。
 これらの理念のサイバースペースを通じた実現のため、武蔵大学では、文科系の中小規模大学として逸早く、1993年よりインターネット環境を整備し、また併せてIT環境の暫時的整備・充実に努めてきました。
 学内ネットワークは、建物間の基幹線を1Gにより配線、インターネットは現在100Mpsで接続され、学内用PCは約300台、情報コンセントは約100本が配備され、無線LANも学生ラウンジや学生食堂などのオープンスペースを始め、各所に設置されています。
 セキュリティ維持の観点からは、研究教育システムのうち、教員研究室との接続についてはウィルス・ワーム対策の集中管理を実施するなどの対策を、平成16年度より実現しています。さらに、情報システムセンター長が研究出張中、カーネギーメロン大学情報システムセンターにおいてディレクターのFarhat Lakhavani氏へ大学情報セキュリティ維持についての長時間のインタビューを行ったことなどの成果により、情報セキュリティの維持とCIOが緊急に取ることのできる対策についてのポリシーも作成され、学内での了解も得られました。また、大学の朝霞にある学生寮、江古田キャンパスの学生会館や同窓会棟などを、学内LAN内にいれるべきかどうかなどの意思決定もこの共通情報セキュリティポリシーに基づいて実施されています。
 学内の専門教育プログラムでは、ITを専門にし、あるいは主に活用するカリキュラムとして、経済学部では、情報処理を専門とする教員による経営情報コースが開講され、また社会学部では、映像や動画などのコンテンツを作成・配信などを専門科目の一部とするメディア社会学科があります。これらのカリキュラムでは、学生の教育において、ITを用いた技術教育、専門科目教育が行われているだけでなく、大学内では、経済学部の他の専門科目や人文学部における映像を利用した教育などにおいて、本学のIT環境の利用度は高いと言えます。また、その有効な利用のために学生諸君へのリテラシー習得のための情報処理入門科目も適宜配置されています。


3.教材電子化への取り組み

 武蔵大学では、平成15〜17年度文部科学省サイバーキャンパス補助事業を受けることができました。その取り組みとしては、甲南大学との遠隔教育、教材電子化、e-Learningシステムの構築を行ってきています。
 サイバーキャンパス補助事業の第一の取り組みとしては、経済学部では、平成13年度より、官公庁のデータをWeb経由にて取得し、それをデータベース化し、また視覚化グラフで表示できるサーバを整備し、難解な数学を使わずとも視覚に訴える具体的な数字により、経済学の教育を行う試みに着手していましたが、引き続き、平成14年度には経済学科、経営学科、金融学科のコンテンツを完成させ、学内LANにて公開し、主として一年生を対象とした教養ゼミナール科目で教員が利用し、さらに平成15年度から、同補助金により、入学時の経済学部生全員に配布すべくコンテンツを大幅に改良し、CDの形で新入生が経済学・経営学・金融学に自宅で親しめるようにして、その配布を始めました(図1)。

図1 経済学部e-教育コンテンツ画面

 さらに、平成16年度より経済学部のカリキュラムが新しい10のコース制に移行するにあたっては、新入生のためにこれらコースの紹介をこのCDに新たに盛り込み、新入学生諸君の新しい学びのための道標となるような配慮もしました。特筆すべきは、コンテンツの作成にあたって、著作権についての諸問題をベンダーと共同で洗い出し、絵や経済学者の肖像はすべてイラストを用いた点です。
 これに加えて、サイバーキャンパス補助事業のコンテンツ開発の取り組みとしては、平成16年度にInternet and Computing Core Certification(IC3)に準拠した情報処理入門コンテンツを制作し、実験を重ねた後、平成17年度より情報処理入門科目の共通教材として利用できるようになりました。また、高大連携の一環として、現在埼玉県和光国際高校において、試用をしてもらっています。
 さらに、平成17年度にはコンテンツ開発を全学部に広めるため、人文学部においては、「近世前期小袖意匠の系譜」(図2)コンテンツをLMS上に構築しました。また、社会学部にあっては、動画を中心にしたジェンダーに関するコンテンツが制作されました。

図2 人文学部「近世前期小袖意匠の系譜」の画面

 サイバーキャンパス補助事業終了後も、この取り組みは継続して実施することとなっており、平成18年度においては、経済学部生産管理のコンテンツや人文学部の新たなコンテンツ開発に着手することになっています。


4.ITを活用した遠隔授業

 サイバーキャンパス補助事業の第二の取り組みとしては、甲南大学との遠隔教育の単位認定を伴う、遠隔地にある大学間の教育交流の試みに着手しました。これは両大学の広域LANを利用し、リアルタイム双方向の教育ですが、武蔵大学から配信された講義では、両大学の学生がPC上で事前配布されたPowerPoint教材やExcelファイルを同時に演習しながら、授業を進めていくという画期的な物でした。さらに、講義以外には、甲南大学のEBAという英語のプログラムの学生の英語による発表を武蔵大学のEast Asia Studies留学準備プログラムの学生が質疑応答を行ったり、また甲南大学経済学部のゼミ大会の発表を同日に開かれた武蔵大学の学生が受信し、質疑応答したりと、広い意味での大学間交流にもIT技術が利用されています。  単位互換の授業以外に、単発の講義を相手側の講義時間に交換する試みも今年度より始まりました。甲南大学も武蔵大学も、共に大規模大学ではありませんので、自校にない分野の教員によるこのような単発講義の配信は、物理的距離を簡単に克服しながら、大学教育の内容を幅広くしていくことに役立っていくものと期待しています。


5.ITを活用した学生へのIT倫理の啓蒙と徹底

 サイバーキャンパス補助事業によるコンテンツ制作の第三の取り組みは、USR(大学の社会的責任)に関するe-Learningコースウェアの開発が挙げられます。
 平成17年度のサイバーキャンパス補助事業計画の一部として、「情報セキュリティポリシー」に関するコンテンツ、「個人情報保護」に関するコンテンツが制作されています(図3)。

図3 USR(大学の社会的責任)のコンテンツ

 このコースウェアは、学生向け、教職員向けに分かれたコースが設定されており、さらにLMSを利用しコース終了後認定証が発行され、この認定証に基づいてシステムのアカウント発行を行うという仕組みが用意されています。


6.現状と将来への問題点

 大学のIT投資は、中期計画に基づく段階的かつ継続的な年度計画の実行が急務であると思われます。武蔵大学では、平成17年度までは、幸いサイバーキャンパス補助事業他補助金によりに過去3年間、大学内外のネットワークの整備、とりわけ学内のredundancyの確保、無線の実用化、さらにコンテンツの暫時開発などを進めてくることができました。しかし、そこで浮上してきた潜在的問題としては、今後の専門職員の確保、さらに教員のコンテンツ作成補助スタッフの充実など、人的資源の確保の問題です。
 一般IT産業との競合もあり、大学においてこれまでの職員の昇進システムや給与体系でこれらの人材を確保することは、一般論として今後困難が予想されるでしょう。武蔵大学でも、機械に頼れる箇所、さらに比較的廉価な外注で済ませられる箇所は、できるだけ上のボトルネックを最小限にするために、継続投資をしてきていますが、数年間の計画と継続投資が必要であることは言うまでもありません。
 一方今年度は、個人情報保護法の施行に伴い、本学でも個人情報保護委員会が発足し、学園の規定を整備しましたが、これからどのようなセキュリティ上の新しい課題が発生するかは、分かりません。他の大学でも同様と思われますが、情報システムセンター業務に携わる教職員のたゆまない学習、自己啓発活動、そしてスタッフによる大学コミュニティーを構成する全メンバーへの啓蒙活動が必要と思われます。

参考文献
[1] 久保田敬一, 松島桂樹, 梅田茂樹: 武蔵大学経済学部e教育-コンテンツについて. 平成14年大学情報化全国大会資料, 社団法人私立大学情報教育協会.
[2] 梅田茂樹, 加藤美治:情報基礎教育のための共通カリキュラムと電子教材. 平成17年大学情報化全国大会資料, 社団法人 私立大学情報教育協会.
[3] Fujikawa, K. and K. Kubota: Teaching distance-on-line the undergraduate finance: A case for Konan University and Musashi University in Japan, draft, Konan University and Musashi University, 2005.
文責: 武蔵大学
情報システムセンター長
情報システム会議CIO 久保田敬一
情報システムセンター事務長 小野 成志


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