教育事例紹介 保育・幼児教育

幼児体育の実技授業におけるLAN配信型動画教材の活用
〜設定保育の指導案・指導法の評価〜


治部 哲也(関西福祉科学大学健康福祉学部講師)
山崎 英幸(関西女子短期大学保育科助教授)


1.はじめに

 幼児は「あそび」を通じて心身が発達し、運動能力が身についてきます。幼児教育に携わる者は、基本的な動きの遊び、固定遊具や大小の移動遊具を使った遊びなど、それらの持つ性質や特性を踏まえて子どもを指導していかねばなりません。関西女子短期大学保育科の幼児体育の授業では先生役の学生が設定した遊び(設定保育)とその指導案をロールプレイによって実践し、問題点の指摘と評価を行っています。今回はこうした幼児体育の授業におけるIT活用の実践について報告します。


2.幼児体育の授業におけるITの活用

 本研究ではロールプレイの様子をビデオ収録したものを学生に見せ、人や遊具の配置、指導法などの問題点を指摘し合い、学生が自身あるいは他人の指導案を客観的に評価できる動画教材の開発と環境整備を目的としました。しかし、単にロールプレイを録画したものを見せるだけでは、あまり意味がありません。先生役の学生の意図が子供役の学生にきちんと伝わっているのかを知った上で、問題点を指摘し評価することが重要と考えられます。そこで、ロールプレイの各シーンに連動して先生役のコメント(時間軸に沿って指示内容や配慮事項が記されているもの)が文字情報として提示される教材を作成しました。

(1)教材作成から提示へ至るプロセスの簡略化
 教材を作成し、サーバにアップロードし、それを教室で提示できるようにするまでには、コンピュータやネットワークについてそれなりの知識と技術が必要です。このような場合、教材開発部門などのスタッフによる技術的なサポートがあれば、教員は比較的スムーズに教材作成を進めることができます。しかし本短期大学のように、そのようなサポートがない場合、教員は教材作成と提示のための知識と技術の修得に多くの時間を費やすことになります。そこで本研究では、ソフトウェアについての簡単な技術を習得するだけで、教材を作成し、サーバにアップロードし、それを教室で提示できる環境の構築を目指しました。
 教材の作成から提示に至る過程において使用した機材・ソフトウェアの概要を表1に示します。教材作成用PCと教材保存用サーバは学園内LANを通じて100 Mbpsの転送速度で接続されています。教材作成の手順を以下に示します。

表1 教材作成・提示に使用した機材とソフトウェア
用途 型番・仕様等
ムービー録画用デジタルビデオカメラ Victor社製 GR-DV3000
教材作成用パソコン SONY社製VAIO PCV-RZ71P
CPU:Pentium4 3.06GHz、RAM:1GBRAM、HDD:250GB
OS:Windows XP Professional
教材作成用ソフトウェア Microsoft PowerPoint2002
Producer for PowerPoint2002
教材保存用サーバ Apple社製Xserve
CPU:Dual 1.33GHz PowerPC G4、RAM:1GB、HDD:2×60GB
OS:Mac OS X Server v10.2
SambaによるWindowsファイル共有サービスを提供
教材提示用パソコン 富士通社製FMV-6667ML6c
CPU:Celeron 667MHz、RAM:128MB、HDD:20GB
OS:Windows 2000 Professional
1) ロールプレイの録画
 幼児体育Iの担当教員がロールプレイの様子をデジタルビデオカメラに録画。1台のカメラを三脚に固定し、状況に応じて教員がパンニング・ズーミングを行う。
2) ビデオの取り込み
 録画したビデオをProducerを用いて教材作成用PCに取り込む(480×360pixel、30fps、1404kbps)。このときWindows Mediaフォーマットで動画ファイル化される。
3) スライドの作成
 先生役の学生が作成した指導案中のコメントをPowerPointでスライド化。
4) 動画とスライドとの同期
 動画を確認しながら、シーンに応じたコメントが提示されるようにスライドを配置する(図1)。
5) サーバへのアップロード
 教材作成用PCには前もってサーバの教材公開用ディレクトリをネットワークドライブとして割り当てておいたので、サーバへのアップロードはそのディレクトリへ教材を保存するだけで完了(Producerでは「発行」という作業に該当する)。このとき教材は、Webブラウザで閲覧可能なHTMLフォーマットで保存される。

 

図1 完成した教材の画面のサンプル
画面の右側にロールプレイの動画、左側にそのシーンに連動した指導案のコメントが表示される。
6) 教材の提示
 あらかじめサーバの教材公開用ディレクトリをネットワークドライブとして割り当てるように設定しておいたので、そのドライブを開いて教材をダブルクリックするだけであった。
 ここで使用されたソフトウェアはマイクロソフト社のPowerPointとProducerの2種類のみです。したがって、作成者はこれらのソフトウェアの使用方法さえ知っていればよいということになります。動画の取込みからサーバへのアップロードに至る一連の作業をPowerPointとProducerのみで済ますことができる点は、作成する教員にとって非常に有効な手段となり得るのではないかと考えられます。

 

(2)教材の評価
 作成した教材の教育効果を確かめるために、幼児体育Iの授業で実際に教材を提示し、学生に教材について評価してもらいました。今回は3名分のロールプレイを評価してもらいました。

1) 評価者
 教材の評価者は、関西女子短期大学保育科2年生で幼児体育IIの受講者57名(2グループ)でした。これらの評価者は幼児体育Iのビデオ収録時にロールプレイに参加していた学生でした。
2) 評価項目
 評価項目は設定保育の評価に関する30項目と教材の評価に関する7項目でした。前者の30項目は、「落ち着いて行動している」、「子どもに考えさせる間を与えている」などの項目からなっており、担当教員が以前より実施してきたものです。教材の評価に関する項目は、ア)映像のサイズ、イ)映像の画質、ウ)文字の大きさ、エ)画面のレイアウト(映像と文字の配置)、オ)人や物の動きが一連の動きとして見えたか、カ)改善したほうがよいと思う点、キ)この教材についての感想の7項目でした。
3) 教材の提示
 教材は大講義室において100Mbpsの転送速度で学園内LANに接続された教材提示用PCを用いて液晶プロジェクターを通してスクリーンに映写されました。スクリーン上の動画のサイズは縦1370mm ×横1800mm、スライドのサイズは縦780mm×横1060mm、文字のサイズは縦60mm×横60mmでした。音声は教室に備え付けの吊り下げ型スピーカーを通して提示されました。
4) 評価の方法
 学生を2グループ(28名と29名)に分け、できるだけ教室の前方の座席に着席させ、評価してもらいました。教材自体を客観的に評価してもらうため、事前に研究の目的について知らせることは避けました。
表2 教材に対する評価
(単位:%)
(1)映像のサイズ 小さい ちょうどよい 大きい
45.6 54.4 0
(2)映像の画質 粗い ちょうどよい きれい
25.0 64.3 10.7
(3)文字の大きさ 小さい ちょうどよい 大きい
14.0 82.5 3.5
(4)画面のレイアウト 悪い よい  
7.0 93.0  
(5)人や物が一連の動きとして見えたか 見えた 見えなかった  
80.4 19.6  
5) 結果と考察
 各質問項目に対する評価を表2に示します。これらの結果から、映像のサイズについてはもう少し大きくする必要があると考えられました。一方、画質や文字のサイズ、画面のレイアウトや動画の滑らかさについては十分に実用的なレベルであったと言えます。改善点として挙げられたものには、「様々な方向から見てみたい」、「もっと広い範囲を写してほしい」、「先生役や子ども役の表情を見ることができればよい」、「全体の映像は見ることができたが、先生役の居る場所が画面の外にあってどこに居るのか分からないときがあったので、画面を動かしたほうがよい」などの意見がありました。これらのことから、今後の課題として、ビデオカメラの台数を増やしてロールプレイの様子を様々な角度から撮影し、全体像に個人の表情など織り交ぜた教材を提示できればよいのではないかと考えられます。しかし、その際にはビデオカメラを操作する人員の確保や動画編集の手間の問題を考慮する必要があります。
 感想として挙げられたものには、「全体を見ることができて良いところと悪いところが発見しやすい」、「先生役のしようとしていることが文字で表示されるので、指導案の流れがよく分かった」、「先生役の言葉がけに集中して見ることができた」、「自分が指導するときの参考になっていいと思う」などがありました。また多くの学生が、「子ども役として自分がロールプレイに参加したときには遊びに夢中になっていたため、先生役の指導案や指導方法を客観的に評価することはできなかったが、この教材を見て客観的に評価することができたのでよかった」という旨の感想を述べていました。

3.まとめ
 今回作成した教材は、動画に関していくつか改善すべき点はあるものの、設定保育の指導案・指導法を客観的に評価する上で非常に有効なものであったと言えます。今後ロールプレイの全体像に先生役や子ども役の表情をうまく織り交ぜて提示することにより、臨場感のある効果的な教材になると考えられます。もちろんそれを実現するためには、教材作成の手順が複雑になることを覚悟しておく必要があります。しかし、今回の研究で動画教材を用いることによる教育効果をある程度明確にできたことで、他の教員の創作意欲が湧くのではないかと期待しています。
 また、今回はサーバ専用マシンを利用しましたが、低価格PCをサーバとして用いた場合でも問題なく提示できることも確認しています。Producerの無償提供、デジタルカメラの低価格化と合わせて考えると、費用面での制約もかなり緩和されてきたといえます。
 そして何よりも、教材作成から提示へ至るプロセスを簡略化できたことは、多くの教員にとってIT化教材導入の足掛かりになるかもしれません。さらに、動画の品質を落とせばWeb配信も可能になるので、OA教室における個人ペースでの学習等にも十分応用が利くのではないかと考えています。


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