教育事例紹介 保育・幼児教育

 

幼児教育におけるIT活用と情報教育


新谷 公朗(常磐会短期大学幼児教育科講師)


1.はじめに

 保育者養成校において情報技術科目は、保育士資格および幼稚園教諭2種免許状を取得するための必修科目となっています。幼児教育者を目指す学生は、自然や人との関わりや手作りの温かみを重視する傾向が強く、機械的で冷たいイメージを持つ情報機器に対する関心は高いとは言えません。
 しかし、ここ数年で幼児教育の分野でも急速に情報機器が導入され、様々な活用の取り組みが研究されています。また、平成18年度からは、高校で「情報」を学んだ学生が入学してきます。以前にも増して幼児教育分野における情報技術の活用方法や学生が学習意欲を持てる情報技術科目のカリキュラムの検討が必要になっています。
 そこで、本学では美術や音楽、保育方法等の幼児教育の本質を担う科目と連携し、保育教材として、液晶プロジェクタを使って大画面で上映する「デジタル紙芝居」の制作(図1)、ビデオ画像とセンサを利用した音楽指導支援での活用、保育観察の分析等への導入について共同で研究を進めています。それによって得られた知見を情報技術科目のカリキュラムに盛り込むことで、幼児教育に活かせる技術の習得に繋がると考えています。
 本稿では、「デジタル紙芝居」の取り組みとカリキュラムへの適応について報告します。

図1 デジタル紙芝居の実践

2.保育の専門科目との連携

 本学では、総合演習科目(特別研究・総合演習)を2回生を対象に開講しています。その演習の一つは「幼稚園・保育所の情報化や情報技術が、子どもを取り巻く環境に及ぼす影響や保育者に必要とされる情報技術・知識」をテーマとして設定しています。演習では、学生が実際の保育現場に出かけて実践を通して学習する方法を採用しました。実際の現場にある問題を解決するためには、今までに学習した知識や技術の総合的な活用が要求されます。
 「デジタル紙芝居」は、プレゼンテーションソフトを用いて作成した紙芝居です。電子絵本や紙芝居は既に市販されていますし、パソコンで紙芝居や絵本を作成することは、従来から行われています。「デジタル紙芝居」の大きな特長は、学生自身が保育に使用することを目的として紙芝居を制作し、保育現場で実際に実演し、子どもの反応や現場の保育者の感想をまとめ保育の教材としての可能性を自らが検証することにあります。
 作品のコンセプトを練る場面では、保育方法の要素が必要となり、その制作プロセスでは、美術の要素が必要となります。また、手書きの絵をデジタル化するためには、スキャナーやデジタルカメラの使用方法や画像処理ソフトの利用も不可欠となります。実際の保育実践では、読み聞かせるための技術とともに子どもの反応を観察するための力が要求され、保育者としての総合的な力が必要となります。
 学生は、自分のコンセプトを具現化するために情報技術を可能な限り駆使しようと試みますし、技術的要求も高まります。プレゼンテーションソフトだけでは飽きたらず、3次元画像記述言語(3DML)やFlashを利用した作品を制作する学生もいます(図2)。保育現場での実践を通して現場の保育者からも従来の絵本や紙芝居とは違う教材としての可能性について関心や興味を持って受け入れられています。

図2 3DMLによる水族館

3.情報技術教育への適応

 前述した「デジタル紙芝居」の制作を通して、学生は学習の目的が明確にされると、情報機器の操作や画像処理の技術、知識についても積極的に学習することが確認できました。
 そこで、情報技術科目では、カリキュラムに画像の活用を盛り込みました。画像処理の技術や知識は、保育現場でも利用機会が増えているデジタルカメラやイメージスキャナとそれに伴う画像処理に活かせると考えたからです。
 カリキュラムは、1)既に習得した技術・知識を応用する力、2)新たな技術・知識の習得、3)教育・保育活動における実用性があることに留意しました。また、演習が技術のトレーニングに終始するのではなく、「物を創る」ツールとして活用することを重視しました。物を創るプロセスと達成感によって、学生の主体的な学習と実践的な技術・知識の習得が高まると考えたからです。
 具体的な課題として「デジタル紙芝居」のノウハウを活かして「オリジナルTシャツ」(図3)の作成とその制作レポートをワープロの作成を設定しました。Tシャツとレポートを作成する過程で、1)イメージスキャナやデジタルカメラによる絵や写真の取り込み方法、2)画像処理ソフト等Tシャツ制作およびレポート作成に必要な各種ソフトの操作、3)画像ファイル形式に対する知識、4)著作権・肖像権に関する知識等を学習します。制作には、デザインやコンテンツの作成、配色等には、美術造形分野の科目で習得した知識・技術等も必要となります。
 演習の前半では、イメージスキャナやデジタルカメラ等の利用や画像処理ソフトの基本操作について学習し、後半は、学習した内容を応用し、絵や写真、文字を使ってオリジナルデザインのTシャツを作成し、デザインのコンセプトおよび制作プロセスについてレポートを提出するようにしました。また、完成したTシャツは、デジタルカメラで撮影してレポートに貼付して提出することにしました。

図3 学生の作成したTシャツ

4.実践と学生の評価

 Tシャツは、幼稚園・保育所でイベントや保育活動で着用できる物を想定して制作するように指導しました。制作段階に入ってもすぐには手が動かず、作業の進まない学生の姿もありましたが、周りの学生の絵や作業をヒントにしたり、友人同士で相談したりしながらデザインや素材を模索する姿がありました。
 学生から提出されたレポートでは、教育実習で着用した結果、子どもに好評であったこと、実習先の先生に作り方を訊ねられた等の報告がありました。学生にとって、自分のアイデアやデザインがパソコンを使ってTシャツという形のある物になったこと、他者から作品が評価されたことは、知識や技術の習得とともに大きな励みになったようです。
 演習修了後、受講生(約200名)にアンケート調査を実施したところ、Tシャツ制作とレポートの課題が演習内容として適当であったという回答が98%でした。また、Tシャツ作成の技術や知識は、就職してから活用できるかという問いには、約83%が「活用する」あるいは「するかもしれない」という回答を得ることができました。自由記述の感想では、Tシャツの制作を通してパソコンや情報技術に対する苦手意識が緩和された、知識や技術が身についた等の記述が多数ありました。

図4 Tシャツ用に学生が作成した図案


5.まとめ

 今回の取り組みでは、総合演習科目の「デジタル紙芝居」によって得られたノウハウを情報技術科目のカリキュラムに適用しました。課題を設定し、目的を明確にすることで、学生の学習に対する意欲が向上することが確認できました。幼児教育の視点から情報技術を捉え、美術・造形等の幼児教育に必要な知識を総合し、学生が主体的に学習するカリキュラムは効果的であると考えられます。
 このような考え方は、幼児教育分野との共同研究を促進するだけでなく、地域の幼稚園や保育所との連携を深め、他大学とも共同研究の機会を得るきっかけにもなりました。教員にとっても学生にとっても知識や技術を磨き知見を得る機会となり、保育現場にある問題を解決するプロセスは、学習効果を上げる有効な方法であると考えています。
 また、幼児美術・造形、保育方法分野と共同による保育教材「デジタル紙芝居」の制作は、16年度科学研究費補助金にも採択され、幼児教育分野における情報技術の活用方法について本学の特色の一つとして位置づけることができたのではないかと考えています。

参考文献
[1] Bマジェンダ, 竹尾恵子:「教えられる学習」から「自ら解決する学習」へPBL(Problem-based Learning)のすすめ. 学研,2004
[2] 井上明, 新谷公朗, 平野真紀, 金田重郎 : 3次元画像記述言語を用いた幼児教育系学生に対する情報リテラシー教育. 情報教育方法研究, Vol.6, NO.1, pp.6-10, 2003.
[3] 新谷公朗,平野真紀,植田明,宮田保史,井上明,金田重郎:幼児教育科学生のための情報教育カリキュラム−「デジタル紙芝居」の実践. 情報教育方法研究, Vol.5, NO.1, pp.7-9,2002.
[4] Maki HIRANO, Kimio SHINTANI, Yasushi MIYATA, Akira INOUE, and Shigeo KANEDA:A STUDY OF INFORMATION EDUCATION IN EARLY CHILDHOOD EDUCATION COURSES. The 4th IASTED International Conference on WEB-BASED EDUCATION, No.461-813,February 21-23, 2005,Grindelwald, Switzerland
[5] 新谷公朗,井上明,平野真紀,植田明,金田重郎,宮田保史:幼児教育における情報技術活用を課題としたPBLの実践「デジタル紙芝居」の制作と保育実践.FIT2004,N-033, 2004.


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