教育事例紹介 メディアアート(音楽、CG)


MIDIによるオリジナルサウンド制作演習とWebデータベースの活用


久原 泰雄(東京工芸大学芸術学部助教授)


1.はじめに

 東京工芸大学芸術学部メディアアート表現学科は2001年度に設立され、デジタル化やマルチメディア化が著しい芸術コンテンツに関する教育研究を行っています。リッチマルチメディアにサウンドコンテンツは欠かせない存在ですが、オリジナル音楽を制作することは誰にでもできることではありません。許可を得て他人の音楽著作物を借用するか、フリー素材を使用しているのが現状です。表現力と個性に富んだ作品を制作するために、オリジナルのサウンド作成能力が重要な位置づけを占めることは明らかです。
 本学科では1年時の前期に週1回2コマ(3時間)、計4回8コマのMIDIによるサウンド制作演習の必修コースを置いています。1クラス65名程度、一人1台のデスクトップPC上で、MIDIコントローラやハード音源などの外部機器は使用せずにマウス、PCキーボード、シーケンスソフト、ソフト音源のみでサウンド制作を行っています。いわゆる音楽大学ではないので、学生の音楽スキルは必ずしも高くはありません。その中で教育効果を上げるためにインターネットを活用しています。

2.活用方法

(1)音楽リテラシーのアンケート
 演習の開始時に音楽基礎能力のアンケートをWeb上で行っています。調査項目は、読譜能力、楽器演奏経験、絶対音感の有無、歌唱力、作曲経験、コンピュータ音楽の経験、好きなミュージシャン、自己PR、意見、要望などです。アンケート結果の集計(表1)によると、学生の能力はさほど高くはありません。しかし、表1以外の自由記述欄からは音楽コンテンツ制作に対する関心は深いことがわかります。集計結果は過去の調査分も含めて教員、学生ともリアルタイムに閲覧できるので、即座に学生の音楽リテラシーの状況を把握できますし、学生間でよい刺激になり、演習開始時のモチベーションが高まります。アンケートシステムはWindows Server + IIS + VB Script + Microsoft Accessにて構築しています。

表1 音楽リテラシーアンケート結果の一部
  読譜能力 楽器演奏 作曲経験
かなりできる 7% 2% 4%
まあまあできる 41% 20% 7%
あまりできない 30% 46% 10%
まったくできない 22% 32% 79%

(2)講義演習教材のWebサイト提供
 楽典の基礎、音階、コード、オーケストレーション、曲の編成などの作曲理論、シーケンスソフトの使用方法、MIDIの打ち込みや表情付け、ミックスダウン、オーディオデータの作成などのコンピュータ音楽のスキルなど、短期間で多くの内容を学ぶため、学生の自習は欠かせません。講義や演習で扱う文書、スライド、サンプルファイルなどのすべての資料はWebサイトで閲覧、ダウンロードすることができます。また、過去の学生作品と講評を閲覧できるようにアーカイブしてあります。過去の作品のMIDIファイルを通して、作品を聞くだけでなく、シーケンスのソースを見て楽曲の内部構成を学ぶことができます。また教員や学生TAの講評から評価される作品作成のポイントを知ることができます。学生が先輩の優れた作品や講評を参照できることで学習効果とモチベーションが高まります。

(3)Web上のショートレポート
 授業終了時に数分で書けるショートレポートをWeb上で実施しています。学生自らが授業のポイント、疑問点、質問、要望などを記述します。Web上で即座に閲覧できるため、教員は次回以降の授業に反映できます。また学生も他の学生がその授業でどんなことを考えているか知ることができます。

(4)コード進行毎のメロディBBS
 作曲の際にコード進行を理解していることは重要ですが、ほとんどの学生にとって短期間でコード理論を習得することは困難です。そこで典型的なコード進行の和音例をあらかじめ入力したMIDIファイルをテンプレートとしてBBSのスレッドに提供し、学生はMIDIファイルのテンプレート上に、そのコード進行に合った自作のメロディを作成します(図1)。そして、自作のメロディが追加されたMIDIファイルを当該スレッドに返信します。同じコード進行のスレッドに様々なメロディが返信されるため、コード進行とメロディの関係を耳で体験的に学習することができます。また様々なコード進行毎にスレッドが作成されているため、コード進行パターンのデータベースとしても利用価値があります。なお、BBSシステムはLinux + Apache + CGI + Perlにて構築しています。

(5)公開Web作品データベース
 学生の優秀作品をWebデータベースでアーカイブ化し、外部に一般公開しています(図2)。コンテンツはSMFのMIDIソースとMP3のオーディオデータで提供しています。作品の著作権に関してはコピーレフトとオープンソースに基づくMNGライセンスを適用していますので、利用者はコンテンツを作品制作などに活用できます[1]。なお、WebデータベースはLinux + Apache + PHP + MySQLにて構築しています。Webサイトは以下の要素で構成されています。

図1 コード進行毎のメロディBBSのスレッド例
http://www.media.t-kougei.ac.jp/kanon/cgi-bin/bbs10/bbs10.cgi


1)著作者一覧
 登録されている著作者が50音ごとに一覧されています。各著作者をクリックすると当該著作者の詳細データと登録作品が一覧されます。現時点での登録著作者数は245人です。
2)カテゴリ分類
 作品を数種のカテゴリに分類しています。他の授業で作成した学生のデジタルコンテンツもアーカイブされています。サウンドコンテンツ以外に画像データやホームページなども登録されています。各カテゴリの画面では当該カテゴリに登録されている作品が一覧されます。作者名、作品名、登録日時などの項目で作品をソートやフィルタ表示することが可能です。

図2 kuhaLABO Art Archiveトップ画面
http://www.media.t-kougei.ac.jp/kuhalaaa/

3)検索画面
 全項目に関してキーワードで作品を検索することができます。詳細検索画面では項目ごとにキーワードを指定することができます。
4)ダウンロードランキング
 ダウンロード数の多いコンテンツ順にランキング表示されています。総合ランキングとカテゴリ毎のランキング表示が可能です。人気のある作品が一目で分かります。
5)新着コンテンツ一覧
 新しく登録されたコンテンツを新着順に一覧表示しています。現時点で作品を登録できるのはサイト管理者のみです。
6)新着コメント一覧
 サイト訪問者は誰でも作品について感想などのコメントを投稿することができますが、投稿されたコメントを新着順に一覧表示しています。
7)アナウンス一覧
 サイト管理者からのアナウンスが一覧されます。
8)作品詳細画面
 作品を個別に詳しく紹介する画面です(図3)。複数の形式でコンテンツをダウンロードできます。コンテンツに感想などのコメントを誰でも投稿することができます。投稿されたコメントはトップ画面の新着コメントに一覧表示されます。現時点での登録作品数は272件、コンテンツ数は607件です。

図3 kuhaLABO Art Archive作品詳細画面の例

3.教育効果

 インターネットを活用することによって円滑な情報提供と学習意欲の向上という点で学習効率を高めることができます。特に、コンテンツをWebデータベース上で一般公開することによって、学生作品が第三者の目に触れることになり、制作者は大きな刺激を受け、その後の作品制作にもよい影響が見られます。また、登録されたコンテンツはコピーレフトのMNGライセンスによって保護されているため、利用者は安心してコンテンツを再利用することができ、多くの場面で活用されています。特に、サウンドコンテンツは動画などには欠かせない存在であるため、利用価値が高いと言えます。また、MIDIソースも提供されているため、MIDIによる楽曲制作の教材としても活用することができます。

4.結論と展望

 デジタル技術とネットワークの発達により、芸術分野の制作環境が大きく変化してきました。機材の低価格化によりアマチュアのスキルは上がってきており、インターネットの普及は多くの人に情報の発信や共有を可能にしました。同時に音楽、映像、画像、プログラムといったデジタル化された著作物もネットワーク上で流通する機会が多くなりました。本システムがメディアアート教育や創作活動を通じたバーチャルコミュニケーション空間となり、優れたコンテンツの生産と文化の向上に貢献できれば幸いです。


参考文献
[1] 久原泰雄: MNGプロジェクトのコピーレフトなアーティストたち ―デジタルコンテンツの著作権とメディア革命―. 新風舎, ISBN4-7974-8726-7, 2006.


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