教育事例紹介 国際関係学


国際関係学教育の昨日・今日・明日〜国際関係学教育のミヤケマイを目指して〜


清水 亮(三重中京大学現代法経学部教授)


1.はじめに

 国際関係学の専攻は、1982年までは、ほとんどが数少ない教養学部の中に存在し、国立では、東京大学、埼玉大学、私立では、国際基督教大学(ICU)、南山大学など、専攻を持つ大学は非常に限られていました。それが1982年以降、東京大学の教養学部教養学科国際関係論分科の教授陣が定年退官の年を迎えるのと呼応して、東京の私立大学が国際関係学部を競って設立し始めました。そして今では、学部名に国際が付く学部は「環人国」(環境、人間、国際がつく学部の総称)としてひとまとめにされるほど増加し、人気学部の一角を占めるようにまでになりました。
 国際関係学部の設立ラッシュが始まってから、早や四半世紀、国際環境は、冷戦、冷戦の終焉、冷戦の終焉の終焉、911(同時多発テロ)とその後の世界へと変容し、ICTは飛躍的進歩を遂げました。この25年の間に、ICTの進歩とともに、日本の国際関係学教育の現場はどのように進化してきたのでしょうか。今回の事例報告では、数少ない教養学部として国際関係学の専攻を持っていた伝統校ICUと設立ラッシュ後に学部が誕生した立命館大学の二つの事例が発表されています。それぞれの大学が、時差がなくなった24/7の世界に生きる次世代への国際関係学の教育をいかに展開しているのかたいへん興味深いところです。ICUや立命館大学とは違い、私の大学には国際関係学部はありませんが、一教員として、ICTを活用しながら国際関係論の授業を展開しています。この論稿では、一教員の私見として、FDの観点から国際関係学教育とIT活用について考えてみたいと思います。

2.IT活用の二つのレベル

 国際関係学教育におけるITの活用には、二つのレベルが考えられます。ITネットワーキングによる国際関係学教育とクラスルームにおけるIT活用です。この二つのレベルにおける活用は、規模やスケールの違いから、大学と教員が、それぞれのレベルのIT活用の主たる推進者としての役割を担うことになります。

(1)ITネットワーキングによる国際関係学教育
 24/7の世界では、ニュースは瞬時に世界を駆け回ります。世界の今を考えることは、国際関係学教育の重要な核の一つです。学生に世界の今を考えさせるために、ITのネットワーキングを活用しようという試みは、アメリカでは、CNNの“The Capital Gang”の放送を、ワシントンD.C.のジョージワシントン大学のエリオットスクールのスタジオから行い、回線をテキサスのテキサスA&M大学のブッシュスクールの教室と結び、両大学の担当教員と受講生と“The Capital Gang”のコメンテーターとのディスカッションを実現する実験などによって進められています。日本でも、必ずしも国際関係学の分野ということではありませんが、京都大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の共同授業の試み、立命館大学と立命館アジア太平洋大学を結んだ英語の授業などの取り組みが行われています。
 このようなIT活用によるネットワーキングは、国際関係学教育の実践において、今後ますます必要になってくるはずですが、サテライトデッシュやケーブルのような設備と回線等の使用料は未だ高額です。そのため、今後、より手軽な活用法として、次に紹介するもう1つのレベルでのIT活用、クラスルームにおけるIT活用で、インターネット、Webを介しての活用の推進が期待されます。

(2)クラスルームにおけるIT活用
 文部科学省は、2004年度と2005年度の現代GPのテーマに「仕事で英語が使える日本人の育成」を掲げ、英語がつなぐ次世代の育成に力を入れています。英語教育は、国際関係学教育の中で、コミュニケーションの手段を確立する重要なベースであり、カリキュラムの基盤となるものです。このことを踏まえて、ここでは、クラスルームにおけるIT活用について、1)英語教育、2)国際関係学教育、3)英語教育と国際関係学教育のブリッジングの三つの観点から考えてみたいと思います。

1)英語教育におけるIT活用
 現在、文部科学省の『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想、現代GPにおけるテーマ設定などの影響で、国公私立を問わず、大学英語教育改革の流れが加速化しています。また、改革の流れは、学部の枠を越え、英語教育改革を一般教養科目改革の中で行い、大学教育での英語教育のあり方を抜本的に見直そうとするところまで拡がってきています。IT活用を前面に推し出し改革を進めている大学には、CALLにその活路を見出した京都大学[1]や、ネット活用に重点を置いた早稲田大学[2]などがあります。その他、2004年度と2005年度に「仕事で英語が使える日本人の育成」のテーマで現代GPに採択された大学の事例や、2006年度以降は、「ニーズに基づく人材育成を目指したe-learning Programの開発」のテーマで採択された大学の事例が参考となるでしょう。

2)国際関係学教育におけるIT活用
 日本語で国際関係学の授業をする際に、どのようにITを活用できるかと考えると、他の専門分野でも同様にでき、実践されていることが多いでしょう。国際関係学の専門教育におけるIT活用が、他の分野での活用法と大きく異なるのは、3)でお話しする英語教育と専門教育のブリッジングのところでしょう。つまり英語での双方向の授業にいかにITを活用しているか、事例研究で、ICUと立命館大学のそれぞれのオリジナリティが発揮されることでしょう。ここでは、私が「国際関係論の基礎」、「国際関係論」等の授業でどのようにITを活用しているかご紹介したいと思います。Power Pointの活用、Webクイズの導入、携帯電話の活用、16分割プロジェクターの活用、メディア教材の活用、StreamAuthor 3の活用です。

Power Pointの活用
 授業は、すべてPower Pointを活用して行っています。メリットとしては、授業前にスライドを基に授業の流れを再確認することができることや、突然ニュースが飛び込んできても、楽に流れを変えることができることなどがあります。デメリットとしては、板書をしない分、話に集中できますが、受講生からは、授業の進行が早くノートテイキングの時間が十分に取れないというコメントが少なからず存在することです。

Webクイズの活用
 文部科学省の大学設置基準には、最近まで1コマあたりの学生の予習・復習の時間が決められていたそうですが、ほとんどの学生は、授業に出ることだけがすべてという状態になっています。そのため、授業時間以外に少しでも学生に学習させようと始めたのが、Webクイズです。毎回の授業後に、内容に関連した4択の問題を5問Web上で出題し、指定期間内に解答させる仕組みを導入しました。時間内であれば、いつでもどこでも解答できるというメリットもあり、さらに、点数が最終評価に組み入れられるため、成果が上がっています。

携帯電話の活用
 2005年度以降の日本教育工学会の全国大会において、携帯電話利用の事例発表が急速に増加していることからも明らかなように、携帯電話を授業の妨げと見るのではなく、授業でいかに活用できるかに関心が移りつつあります。「国際関係論の基礎」の授業では、授業のPower Point化、Webクイズの導入とITの活用を進めてきましたが、学生の理解度を授業ごとに把握して、次回の授業に活かせないだろうかと考えるようになりました。そこで2005年度から、授業の最後に、携帯電話による授業アンケートを導入しました。当日の授業の内容に関するいくつかの重要なポイントについて、1)わかった、2)どちらかというとわかった、3)どちらかというとわからなかった、4)わからなかった、の4択で解答してもらい、コメントがあればコメント欄に記入してもらう形で実施しました。スクリーンに示された携帯アンケートの集計結果を基に、授業のまとめを行い、必要なフォローをし、次回の授業とWebクイズの内容に反映させるようにしました。アンケート導入により、Webクイズの平均点も向上し、授業評価においてもポジティブな結果が表れました。

16分割プロジェクターの活用
 Power Point化とWebクイズ、そして携帯電話による授業アンケートと様々な形でITを活用してきたものの、同時に、実はそれは講義形式の授業の単なるIT化に過ぎないのではないかという疑問がつきまとっていました。ITを活用して、授業時間内に受講生に考えさせながら授業を作ることを目指そうと、2006年度から、16分割が可能なプロジェクターを活用しています。授業を四つに分け、まず毎週の担当者の担当箇所のレジュメを基にした発表、次に受講生全体が、発表内容に基づいたクイズにコンピューター上で解答、そして受講生毎や受講生の一部の解答を16分割のプロジェクターで映しながらのコメントとフォロー、最後にPower Pointによるまとめという形の実践を行っています。

メディアの活用
 国際関係の世界は、日々刻々変化します。現在の大学生のほとんどが物心ついた時には、冷戦は終わっていました。彼らにとっての日本は、平和な経済大国でした。今の学生たちには、第1次クリントン政権で国際安全保障担当の国務次官補を務めたジョセフ S. ナイ Jr. ハーバード大学教授の「安全保障とは酸素のようなものだ。」という名言は、本意とは裏腹に、「安全とはタダで無尽蔵」ととられてしまうことが往々にしてあります。百聞は一見に如かず。「国際関係論の基礎」、「国際関係論」などの授業では、メディアを活用して、学生たちに臨場感を体験してもらっています。2006年度は、「911(同時多発テロ)以降の世界と日本」というテーマの下、「9.11 N.Y.同時多発テロ衝撃の真実」、「華氏911」、Discovery Channelの「フライト93」、「ユナイテッド93」、「ワールド・トレード・センター」と、ABC Newsの番組を活用して授業を展開し、メディアリテラシーの育成も視野に入れた授業作りを試みました。

StreamAuthor 3の活用
 さらなるIT活用を進めるために、Webカメラを利用し授業の内容を事前に研究室で収録して、学生たちが授業を休んでも、Web上で授業を振り返ることができるようにしたいと考えています。ティーチングアシスタントがいれば、実際の授業を収録してWeb上に載せることも可能になるでしょう。
3)英語教育と国際関係学教育のブリッジングにおけるIT活用
 国際関係学におけるIT活用の中で、一番その活用が期待されるのは、この分野であることは間違いないでしょう。英語がつなぐ国際社会の次世代の育成には、コミュニケーション手段としての英語を武器に、専門知識を活かせる教育が不可欠です。英語力があり、自力で専門教育とのブリッジングができるエリート学生はいつの世も存在します。しかし、その他大勢の学生の中で、気力はあるが学力がという学生の夢を、大学が叶えられるかがこれからの課題になるでしょう。ここでは、NHK BSで放送されているABC Newsの番組を中心に、いくつかの活用事例を紹介したいと思います。

NHK BSとABC Newsの活用法
ア)NHK BS“ABC NewsShower”:NHK BSがABC News“World News Tonight”から、今日の話題とキーワードをピックアップして、毎週月曜日から金曜日5分間放送している番組です。番組では、今日の話題のニュースが、最初は英語字幕付きで、次に日本語字幕付きで、そして字幕なしで流れます。そこで、今日のキーワードの解説があり、最後にもう一度ニュースが英語字幕付きで放送されます。英語の実力が初級レベルの学生にもわかりやすく、専門と関連した英語の勉強ができるのがメリットです。
イ)ABC News“World News Tonight”:NHK BSで週日の朝、「世界のニュース」の枠の中で放映されている番組です。主音声(日本語同時通訳)、副音声(英語)の多重放送で、学生が英語の初級レベルか上級レベルであるかに応じて、主音声と副音声を使い分けながら、専門知識とのブリッジングを図るのに活用できます。さらにABC Newsのホームページで登録しておくと、毎日のニュースの内容がメールで送られてくるので、読解力の向上も期待できます。
ウ)ABC News“Nightline”:NHK BSで週日の午後放映されている番組で、一つの問題に対して、ABCの取材によるイントロとイシュービルディングを基に、賛成派と反対派の論客を登場させ議論をさせる番組です。日本では、あまり例のない番組ですが、一番近いのはNHKの「クローズアップ現代」かもしれません。英語の実力に応じて、この番組も主音声と副音声を使い分けることができ、さらに二つの対立した見方が提示されるので、メディアリテラシーやディベートの基礎知識の育成にも活用できます。この番組もABC Newsのホームページで登録しておくと、毎日のテーマとその内容がメールで送られてくるので、読解力の向上も期待できます。

Instructive Webの活用
 最近、アメリカの大学の一般教養科目で採用されるテキストもIT化され、CD-ROM付きのものが増えてきました。立命館大学の国際インスティテュートでは、すべての授業が英語で行われ、ネイティブの教授陣が、国際関係学のベースになる専門知識の教育に、アメリカの大学で使用されているテキストの簡略版[3]とそのテキストに付随している教師用のWeb InteractiveのCD-ROMを活用し成果を上げています。授業は、学生たちに授業時間内にグループで課題に取り組ませて発表させたり、学生ごとに役割を決めてシミュレーション形式で会議や模擬裁判を行ったり非常に実践的な形で展開されています。学生たちは、より内容を理解しようと、事前に自分たちのテキストの学生用のCD-ROMを学習してくるようになり、さらなる成果につながっています。

Web Resourcesの活用:GUISD Pew Case Study Center
 国際関係学教育におけるWebリソースの活用事例として、ここでは、PEWケーススタディセンターのリソースを御紹介しておきたいと思います。ケーススタディといえば、ハーバード大学のビジネススクールが元祖ですが、将来国際関係で活躍する学生に、大学で実践的な教育を行いたいと、アメリカで国際関係学のプロフェッショナルスクールを持っているジョージタウン大学が、米国の大学教員を中心に、国際交渉や外交交渉のケーススタディの執筆を奨励し、PEW財団がその趣旨に賛同し支援をしてきました。そのため、PEWケーススタディと呼ばれています。ケースを教えるためのティーチングマニュアルもあり、Webからダウンロードできるため、これからの教室での活用が期待されます。

3.おわりに

 国際関係の分析には、三つのレベルがあります。国際システムのレベル(冷戦のような国際環境)、国家のレベル、そして個人のレベル。文部科学省がFDの義務化を打ち出した今、FDについても同じように三つのレベルがあると言えるのかもしれません。国家としての政策のレベル(文部科学省)、大学のレベル、教員のレベル。もしそうだとすれば、国際関係の中で、個人のレベルが、国家のレベルに影響を与え、遂には国際システムのレベルに影響を与えることがあるように、FDのレベルでも、一教員のFDに対する思いが、大学のレベルを動かし、最終的に政策を動かすこともあのではないだろうかと考えています。ITの活用は時代の風潮です。しかし同時にITの活用は教育の一手段に過ぎないことも事実です。ITの活用により、その先にある学びの主権者である学生の顔がよりはっきり見えてくるかどうかが活用の成果を量る基準となるでしょう。1月2日に、東京渋谷のBunkamura Galleryのミヤケマイ展「在る晴れた日」を文化村の関係者の誘いで見ました。ミヤケ氏は、デジタル技術を操りながら、そこにジャパニーズテイストと日本的な空間意識の感じられる小宇宙を繰り広げています。アートプロデューサーの山口裕美氏は、ミヤケ氏の世界を「彼女の得意な日本の四文字熟語で言えば、まさに『温故知新』。古き良き伝統の流れを継承しながら、実は最も新しい表現の血と肉に転化させている。」と評しています[4]
 IT活用のフロンティアの事例研究ももちろん重要で必要です。しかし、学生参画型のFDをリードする岡山大学の橋本勝教授が、学びの主権者と共に進める教育改善の一環として推進する橋本メソッドは、50から200人の受講生を前に、ITの助けを借りるまでもなく、主体的な学びを誘発する「双方向性」のゼミが可能であることを如実に示してくれています。橋本メソッドには、ミヤケ氏の「温故知新」と共通するところがあると思っています。ミヤケ氏は、デジタル処理を介してジャパニーズテイストと日本的空間意識を描くことによって、橋本教授は、橋本メソッドを介して授業を組み立てることによって、どちらも古き良き伝統の流れを継承しながら、実は最も新しい表現の血と肉に転化させ、人と人の間のコミュニケーションを演出しています。「温故知新」と評されるミヤケ氏ですが、『MacPOWER』に連載されたコラムのタイトルは、なぜか「ミヤケマイの『温故恥新』」。タイトルの由来をお聞きすると、「私の場合古きをあたためても、実力が足らないので新しきものを知るにいたらず、自分の恥の上塗りがせいぜいという意味で、、、知るを恥とかけてました。」[注]と。
 ITの活用にあまりに気をとられ、ミヤケ氏には単なるご謙遜でも、国際関係学の教育現場で「温故恥新」を実践しないように、大学教育のステークホルダーである学生の主体的な学びを伸ばすことを最優先に考えていく必要があるでしょう。国際関係学教育のフロンティアにおいて、ITがより一層ファシリテーターの役割を果たし、英語がつなぐ国際社会の次世代の育成への貢献ができるように、国際関係学専攻の一教員として、個人のレベルでさらにFDに励んでいきたいと思っています。


  『MacPOWER』2005年12月号から2006年4月号まで連載された「ミヤケマイの『温故恥新』」の「温故恥新」について、ミヤケマイ氏自身による解題(ミヤケマイ氏からの1月13日付メール)
参考文献
[1] 竹蓋幸生, 水光雅則(編): これからの大学英語教育.岩波書店, 2005.
[2] 中野美知子: 英語は早稲田で学べ. 東洋経済新報社, 2005.
[3] Rourke, John T., and Mark A. Boyer: International Politics on the World Stage Brief, 6th ed. New York, Mc-Graw Hill, 2006.
[4] 山口裕美: 温故知新・ニュー・ジャパニーズ・ペインテイング ミヤケマイ. MacPOWER 16-7, アスキー, p.185, 2005.


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