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小規模資格養成施設短期大学におけるe-Learningへの取り組み


清水 憲二(東京文化短期大学助教授)


1.はじめに

 厚生労働省地方厚生局所管の国家資格(栄養士・保育士・介護福祉士・社会福祉士など)養成施設校にとって、指定専門科目の15回授業確保が最重要課題となっている。養成施設校では学年暦を変更して授業期間を延ばし、教員の都合で休講をした場合は必ず補講をして補うことになる。
 上記のどの資格取得にも長期の外部施設実習が必修であるが、受け入れ施設の都合で授業期間中に入り、学生によっては授業欠席を余儀なくされる。2/3以上の出席で定期試験受験を認め、単位を修得させているのが現状である。言い換えれば1/3の欠席は認められるわけだが、資格にかかる専門科目の内容修得が2/3で良いわけではない。個人的な理由によって欠席した学生も含めて、別枠で補講を実施することは教員の負担を考えるとなかなか対応できないのも現状である。
 卒業と同時に資格を与えるからには、すべての授業が受けられるようにすることが養成施設校に求められている。外部実習の必修と矛盾する点である。
 開講と受講が過不足なく行え、教員や学生にとっても無理のない方法である「ITを活用した授業記録によるe-Learning」は養成施設校にとって大きなメリットとなる。


2.問題点

 授業記録をWebや学内LANで配信することもe-Learningと捉えるとe-Learningに取り組む大学は増えているが、大学内のITに関する目的、計画や戦略、成果の評価、今後の見通しなどのポリシーに関わる事項とインフラの整備状況や支援スタッフの配置など大学間の差異に関わる組織内の要因が多くあることは確かである。[1]
 大規模な大学は多額の予算をかけ、アウトソーシングによるe-Learning構築に取り組めるが、小規模の短期大学ではまず予算の確保からが大きな障害となる。そのためにも教職員による手作りのインフラの整備から始まり、授業記録に臨まざるを得ない。しかしこの点が教育のIT化を妨げる一番の要因である。どんな形式にせよe-Learningのコンテンツを作成するには教職員の意識やスキルをまず高めなければならない。つまりチョークと黒板だけではない新しいITを利用した授業形態の統一化による教授法のレベルアップを図ることが大学にとっては急務である。


3.委員会による手作りインフラ整備の戦略

 東京文化短期大学生活学科(入学定員150名)(以下本学)の食物栄養専攻(栄養士養成)の5名の若い助手を中心に、他の2専攻から各1名を加えて「情報教育委員会(委員長:清水)」を発足させ、対教職員に対する啓発活動の核として位置づけた。戦略目標としてはマルチメディアを活用した授業展開への移行と授業記録の推進である。
 まず委員のスキルアップを図るためのハード面・ソフト面での研修を重ねた。
 本学の教室は200名・120名・100名収容の大型教室と40名収容の普通教室が3室であるが、基本の設備は黒板とビデオラックに乗った大型テレビモニターとビデオデッキ程度であった。数台ある実物投影機もテレビモニターで見せる状況であった。
 ハード面でできるだけ手間をかけずにマルチメディアを利用した授業が進められるようにすることが必要である。各教室に手軽な自立型スクリーン(60型または80型)、非常に安価になった液晶プロジェクター(3000lm)とUSBカメラを設置した。それぞれのケーブルは床用モールで止め、常設とした(図1、図2)。

図1 各教室のセットと配線
図2 教室基本設備

 また授業を進め、記録するために、ノート型PC・PC用電源アダプタ・ペンタブレットをセット(図3)として手提げバッグに入れて教務部に置き(図4)、授業担当が教室に持っていき、机上にセットすることにした(図5)。記録用のソフトウェアとしてはStreamAuthor(注1) を各PCにインストールした。ある業者からは授業記録セットとして数百万円の見積りをいただいたが、本学での支出は1教室当たりハード・ソフト込みで30万円程度であった。

図3 教室へ持参するセット
図4 各教室用バッグ(教務部保管)
図5 机上のセッティング


4.教員に対する戦略

 情報系を専門にしていない多くの教員は年齢には余り関係なく、PCを含めたマルチメディア利用に関しては消極的であり、自ずと活用能力は低い。煩雑な手順になればモチベーションは下がって、改善努力までいきつかないのが現状であった。また少人数の事務職の体制では対応は難しい。
 教員に対して教授会終了後に17年度では2回、18年度は3回の研修会を行ったが、全員参加が難しいため、教材作成や授業方法に関しての教員用の教材(図6)を作成し、校内LANによって自習してもらうようにした。なかなか進まない教員に対しては委員が各教員を分担して個別に指導した。
 本年度の教員の目標の中に授業方法の改善と授業記録を加え、各自に取り組みについてのレポートを課して意識を高めるようにした。

図6 個人研修用に作成した教材例(学内LAN配信)


5.授業から配信まで

 現在(2006.11)では、基礎科目の「生物学」「化学」、栄養士関係の科目として「調理学」「公衆栄養学」「健康栄養学」「応用栄養学実験」「解剖生理学実験」「食品鑑別演習」「フードコーディネート論」「フードスペシャリスト論」、保育士関係では「家族援助論」などの科目と、課外で行っている「栄養士実力試験対策講座」などを記録している。
 記録(授業)終了後にその場で使用したノート型PCにプロジェクトファイルを保存し、研究室または教務部内に持ち帰り、保存用LAN接続ハードディスク(TeraStation(注2))に移す。教務部係員がStreamAuthorで配信用にデータを変換してWebサーバにアップロードする。
 学内には常時学生が利用できる情報機器室(PC24台と40台の2室)がある。コンテンツはパスワードを入力して視聴することができる(図7)。

図7 コンテンツの選択画面例

 現在までの利用件数はまだ調査していないが、外部実習も始まっており、担当教員に欠席した授業の配布物等を確認し随時視聴するように指導している。


6.成果

 本学のような資格養成校にとって資格取得にかかる専門科目は、このような授業記録を学内LANやインターネットによって利用できる形にして残しておくことが大きな意味をもつ。
 「情報教育委員会」を若い助手を中心に進めたことにより、これからの担い手である若い教育・研究者にまずスキルと意識をつけることができたことは小さな短大としては意味深い副産物である。
 また、アウトソーシングするのではなく手作りでシステムを構築していくことにより、教員各自の意識を改革し、ITリテラシーの向上が期待される。単なる黒板とチョークの授業から、まずは学内の授業の規格化に向けての準備を始めることができた。
 学生にとっては自主的な補講が受けやすくなり、資格取得にかかる専門の内容を抜かすことなく身につけることができる。
 実習で抜けた授業だけでなく、再試験対策として利用した学生も多く見られ、好評であった。


7.今後の課題

 外部実習施設の受け入れがますます変則的になり、授業に影響が出ないように予定した期間での実施が難しくなってきた中で、不足なく養成施設としての教育をするためには各授業担当者が確実に授業を展開し、記録を残してコンテンツを増やしていくことが今後の課題である。学生にとっても使いやすいように調査しながら進めていきたい。
 また単なる授業の記録だけではなく、補足説明や練習問題等を編集して追加すれば、履修するすべての学生にとってさらに有用なコンテンツとなる。
 記録の回数を重ねることで教員としてのスキルがアップし、創意工夫した教材作成も期待される。


参考文献
(1) StreamAuthorはCyberLink(株)の登録商標。
(2) TeraStationはバッファロー(株)の登録商標
参考文献
[1] 吉田文:eラーニング実践を規定する組織内要因. 大学におけるe-Learningの成功のための学内での取り組みについて, NIME, 2006.


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