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学生との対話を重視した学生指導支援システム


中尾 剛(いわき明星大学科学技術学部電子情報学科助教授)


1.はじめに

 大学へ入学する学生の多様化に伴い、個別指導の重要性が増してきている。大学では高等学校までの体系と異なり、学生個々の現状把握や個別指導を行うことが難しい。しかし、学生個々の状況を細かく把握し、個別に指導を行うことが、留年や退学の防止につながる。そのため、学生個々の情報を正確に把握し的確なタイミングで指導する重要性は高いと考えられる。
 現在、本学では「出席票」という名刺サイズの用紙を講義時に配布し、学生が学籍番号、氏名などを記入したものを回収して出席確認を行っている。しかし、この手法では教室でリアルタイムに学生個々の出席履歴状況などを把握することは難しい。そのため、ICカードやバーコードを使うことで省力化し、それらの情報を一元管理するシステムも多く開発され、学会や研究会などでも多く報告されている。しかし、その多くは、単に出席確認や集計を行うだけのシステムであり、リアルタイムにその情報を活用し学生指導に活かせるものではない。そのため、指導すべき学生が目の前にいるにも関わらず、その機会を逸してしまうことになる。
 そこで、本研究では、ネットワークに接続したPDAを用いて、出席確認時に目の前にいる学生の情報をPDAの画面上に表示して、的確な指導を行うことのできるシステムの開発を行っている。本システムでは、単に機械的に出席確認をするだけでなく、対面している学生の様々な情報(講義の出席状況はもとより、他講義の出席状況やレポートの提出状況など)を表示できる。それにより、学生に対して対面で様々な指導を行うことができる。
 本論文では、本システムの概要について述べ、1年間運用した成果について述べる。


2.本システムについて

 本システムの構成を図1に示す。本システムは、PDAのOSが持っている標準のブラウザを使用し、PDAを単なる入出力端末として利用している。そのため、サーバ上のApacheを介してPHPで記述したプログラムにより、ユーザインターフェースを構築し、データベースへアクセスする。

図1 本システムの構成図

 PDAにレーザ式のバーコードリーダを取り付けて学生証に印刷されている図書館用のバーコードを読み取る。読み取った学籍番号は無線LANおよび学内LANを介してサーバに送る。サーバでは、科目コード、学籍番号、読取時刻を登録する。その後に、出席状況および学生実験のレポート提出状況などを検索し、その結果をPDA画面に表示する。その際に、出席率が規定値以下であったり、レポート未提出があったりした場合は、警告音で教員に知らせる。通常の登録完了の音と異なる警告音が鳴った場合、教員は画面に表示されている情報をもとに、学生に対面指導を行う。出席登録の際に表示されるPDA画面を図2に示す。

図2 出席登録後の情報表示

 また、講義中はPDAのタップ操作で、出席者の中からランダムに学籍番号と氏名を表示する機能を用いて、学生を名前で指名することができる。名簿順や着席順に指名するのと異なり、学生は講義中にいつ指名されるかわからない。そのため、学生参加型の講義を行うための機能として利用できることに加え、講義中に無断で退出することの防止および理解度の確認などに利用できる。
 講義終了後、Webブラウザで本システムにアクセスし、出席状況を改めて確認できる。また、就職活動や部活動などで欠席した場合は、その旨の登録を行うことも可能である。さらに、管理画面では、分単位で出席を登録した時刻(システム上は秒単位で記録)も表示できるため、遅刻の多い学生も調べることができる。図3に教員用管理画面を示す。

図3 教員用管理画面

 学生は、学内のパソコンから出席状況を確認することができる。また、インターネットを介して、携帯電話や自宅などのパソコンから出席状況を確認することもできる。


3.本システムの運用と導入効果

 本システムの有効性を実証するために、18年度前期「コンピュータネットワーク」(2年専門選択)と「無線通信システム」(4年専門選択)、18年度後期「情報ネットワーク」(2年専門選択)と「情報通信工学」(3年専門選択)の四つの講義で運用を行った。
 「コンピュータネットワーク」では、使用教室は通常施錠されているため、教員が開錠するまで教室の外で学生が待っている。そのため、開錠後に学生が教室に入る際、入口で学生証を提示させ、出席登録処理を行った。学生証の読み取りおよび出席登録にかかる時間は、一人当たり2〜3秒ほどで、受講している学生すべての処理が終了するのに要する時間は3〜4分程であった。この際に、出席状況の悪い学生や学生実験レポートの未提出がある学生には指導を行った。以前より、教室の開錠と準備のために、元々5分程度前には教室に行っていたので、講義開始前に出席登録処理を行っても、定時の開始時刻までにはすべて終了できた。「無線通信システム」では、教室が普段から開放されているため、講義開始前には着席している学生も多い。そこで、講義を開始しから板書などを写している間に教室を一巡して学生証を読み取り出席登録処理を行った。4年生の選択科目で受講している学生が50人程度と少ないため、教室を一巡して出席登録を行っても、3〜4分程度で終了する。その際に、出席状況の悪い学生には声を掛け、講義への出席を促すなどの指導を行った。
 後期の2科目は、講義開始5分ほど前から教室を一巡して学生証を読み取り出席登録処理を行った。始めのうちはチャイムの前後に入る学生も多かったが、徐々に余裕を持って教室に来る学生が増え、後期後半になるとほとんどの学生が講義開始前に教室に来て出席確認を終えるようになった。このため、学生にも講義開始まで時間に余裕ができるようになり、落ち着いて講義を受けられるようになってきた。
 本システムを運用した教科すべてで、出席確認時や講義中指名時に表示される学生情報により学生に的確な指導を行うことができた。また、途中で無断退出する学生はいなくなった。さらに、欠席の多い学生に出席確認時に対面で注意を促すなどができたため、学期途中で来なくなる学生がほぼいなくなった。
 本システムの運用についての途中経過を本学で18年秋行われたFDフォーラムで発表を行った。ぜひ使用したいという意見が多く、特に教養科目を担当する教員が多かった。これは、複数の学部学科の大勢の受講生に対して、出席管理と対話的に学生指導を行うために使用したいとのことであった。多くの教員が出席管理や学生指導の難しさを感じていることがわかった。


4.まとめと今後の課題

 本システムを導入の結果、大幅な出席率の改善がみられなかったが、出席確認の際に他教科やレポート提出などについても対話的に行え、学生には非常に好評であった。また、遅刻の多い学生も大幅に減少し、講義中に学生を名前で指名しコミュニケーションを取りながら話を進められるなど本システムの効果は大きいと思われる。
 今後は、大人数講義での運用と、データベース化する科目を増やす予定である。利用規模を拡大することで、他教科の状況も把握でき、効果的に学生指導を行う機会を増やす予定である。
 また、現在は講義中に指名する学生をランダムに表示するだけであるが、指名された学生が解答できたかなど記録可能な機能を付加する予定である。これにより、学生の理解度や講義内容の難易度を把握できる。
 さらに、小テストや授業アンケートの結果(マークシート方式)についてもデータベース化する予定である。これにより、学生個々の理解状況などを表示し、より細かい学習指導を行うことを可能にする。
 本システムは、単なる出席管理ツールとしてではなく、学生個々の理解度をも把握し、対話的指導を行うことのできるシステムとして発展させていく予定である。


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