教育事例紹介 数学

 

教養基礎としての数学教育におけるICT活用の試みと課題


井川 信子(流通経済大学法学部教授)


1.はじめに

 流通経済大学では、「優秀な産業人はすぐれた教養人でなければならない」という理念に基づき、充実した一般教養科目(共通科目)が開講されています。私の担当する科目である「数学」は、一般教養科目に属しています。授業の規模が1クラスあたり150人前後という中規模の大きさであることもあり、受講生の潜在的学力や学習に取り組むモチベーションは多様化しています。このような規模の授業では、教員からの一方的な講義と形式的な質疑応答というだけでは、学生の満足感を得るのは困難な状況にあるというのは、一般的な見解であろうし、私の経験からみてもそのように思われます。私は、この問題を解決するための一つの試みとしてICTを活用した授業に取り組んでいます。そこで、本稿では、私のささやかな試みを紹介するとともに、今後の展望を示したいと思います。


2.受講者モデルと授業目標

 受講生は経済・社会・流通情報・法学の各学部から参加し、特に1、2年次生の受講生が多くを占めています。このうち、流通情報学部の学生にとっては、年次半期の必修科目(2007年度まで)です。しかも、外国からの留学生も多く受講しています。このように、複数の学部からの受講生や留学生が参加していることもありますが、特に近年、受講生の事前知識や基礎学力、特に問題関心が多様化しているようですし、多くの学生がそれぞれの到達段階に応じた成果を強く望んでいます。そこで、このような現状の下では、複数パターンの学習者モデルを構築することが必要であると思われます。
 また、2004年度に新松戸キャンパスが新たに開校しましたので、遠隔システムを利用して龍ケ崎キャンパスとの二つのキャンパスで同時に授業を実施していました。遠隔授業では、一方的な講義と形式的な質疑応答を中心におくこれまでの講義形式とは異なり、教員と受講生間のコミュニケーションが一層なされるよう、対面授業やゼミナール形式的に教員と学生間の密接なコミュニケーションが図られる仕組みを考えることが必要である、と思われます。また、学習者ニーズの多様化に対応すべく、学習者がすでに保有あるいは理解しているメタ知識(知識についての知識、知識のあり方・プロセス・様態・対応に関する知識、知識の生み出し方・使い方についての知識、知識を観察・制御・修正するための知識)を教員が捉えておく必要もあるでしょう。
 受講者モデルを用いた場合の最大目標としては「論理的思考を養い問題解決の能力を身につけさせる」ことでしょう。具体的には、将来、経済や物流などの専門分野で数学を活用する学生にとってはその基礎となる項目、また、公務員受験などの就職試験(非言語)や、いわゆるSPIのための基礎的事項を確認したい学生は初等数学の改めての学習を要求します。これらを包括した授業計画をたてる必要があります。


3.講義コンテンツ配信と確認テストによるフィードバック学習

 2004年度遠隔授業開始と同時に、EZプレゼンテーターと電子黒板(スターボード)((株)日立AD)の連携システムを導入しました。このシステムにより授業(ライブ)を収録します。事前に、パワーポイントにて提示する教材を作成し、1枚のスライドごとに電子黒板に提示しながら講義を実施します。その際、直接電子黒板に記入した内容も収録できます。収録した講義コンテンツは、Web配信されます。図1は配信画面の一例ですが、左上の画面は音声と動画、右は電子黒板の表示、左下で希望する項目にジャンプすることができます。学生はこれを予習・復習に活用します。各自が必要な部分のスライドにジャンプしてそのスライドに関する解説を繰り返し読んだり聞きなおしたりすることができます。また、電子黒板に記入された計算式などをノートにとらずに見直すことができます。特に、電子黒板の部分はHTMLに変換して配布することもできるので、これを活用して学生は独自のノートを作成することができます。

図1 コンテンツ配信の一例

 講義収録コンテンツのリンクは図2に示すような各回の授業計画にリンクされます。同時に、学生は、授業中に配布されたプリントもここからダウンロードすることもできます。そして授業終了後の授業内容の復習に役立てますと同時に、確認テストを実施します。遠隔システムの場合、教員のいない側での対面の質問はマイク・モニタを通して行うため、教員がいる側に比べて直接教員に質問できないなどの不利益が生じていると考えがちですが、実際、教員がいる側でも、なかなか直接質問をしてくれる機会が少ないのが現状です。むしろ、毎回講義終了後に実施する確認テストにある“フリーアンサー”欄に質問や感想を記入するほうが、学生にとって、容易なようです。確認テストのシステムは自作のものですが、質問や感想などが記入されると直ちに教員にメールが届きますので、返信メールにより教員からの回答が可能です。この確認テストのシステムで予想以上に学生の意見を聞くことができました。図3に確認テストと学生入力画面の一例を示します。

図2 授業計画とコンテンツ配信、確認テスト
図3 確認テストと確認テスト入力画面


4.受講生の理解度・満足度向上のためのICT活用

 2007年5月から法学部をモデルケースとして、さらに全学規模で利用可能な『聴学・BrainTest』((株)エーアイ、(株)デジタルシープラーニング)が導入されました。『聴学・BrainTest』とは、Webベースでの電子テストを基本とした学習方法論(Test Based Training)に基づく、新しいタイプの学習支援ツールである『BrainTest』をベースに、任意の文章を自動的に音声に変換することができる、音声合成機能が付加されていて、インターネットやイントラネット等のネットワーク環境を利用して、テストやアンケートの作成、実施、採点、集計を簡単に行うことができるシステムです。『聴学』は例えば条文の音読などによる苦手分野の集中学習や文章の暗記などに活用します。
 前述の自作確認テストは、メールを活用して学生とのコミュニケーションに功を奏しましたが、直ちに学生の理解度を分析し、それを授業に反映するための学生の学習記録集計や問題分析は容易には実施できませんでした。新規導入の全学システムには学習情報管理システムも含まれ、受講生の実施状況をリアルタイムに確認することができるため、結果をフィードバックして、適切な学習設計を行い、より効果的な学習を実施することが可能になりました。さらに、個々の教材の進捗管理機能や設問別集計の機能などによって、学習者の教材別理解度を把握しやすく、学習者のグループ一括処理機能など、いわゆるLMS機能を利用することができるようになりました。図4はテスト中心学習の入口の一例です。図5では新テストの設問例を示します。

図4 新テスト中心学習の入口

図5 BrainTestによる設問例

 講義中心のコンテンツ配信と確認テストシステムは、ライブ授業を収録して公開するなどの工夫で、繰り返し学習による習熟度の充実に配慮していますが、短い講義時間に、初等数学から専門応用数学の基礎までの内容、さらに、複数の学習者モデルに対応したメタ知識を組み込んだ講義を実施するためには、教員に極めて高い教育スキルが要求されます。教員はスキルアップに努力する必要はありますが一方、教員スキルの補充として、EZプレゼンテーターと電子黒板の活用によるライブ授業収録以外にも多様なメタ知識に対応した『Web講義コンテンツ』を充実させる必要があります。一方、新システムである『聴学・BrainTest』を用いてテスト中心の学習環境を構築すれば、学生が恒常的に予習と復習ができるようになり、各自の潜在的学力を向上させることが可能となるでしょう。この学習環境構築で重要な点は、学習者が集中して勉強できることですが、孤独ではなく、挫折しそうになれば対話を通じた理解を高めるメタ知識の供給を可能とし、他の学習者の状況も垣間見ながらも自らの到達の確認を通して達成感を実感できることであると考えます。


5.おわりに

 2004年度遠隔授業を契機として、講義中心の授業から対面授業やe-Learningを導入してこれを補完手段として用いる授業へと移行するように試みてきました。今後は、数学という科目の性格を踏まえ、検定試験対策のようなテスト中心の授業運営に切り替えるとともに、e-Learningをこれまで以上に重視するようにし、その目標として、これまで対面授業とe-Learningとの割合が7:3というものでしたが、その割合を3:7と逆転させたいと考えています。
 最後に、ICTを活用した学習環境を一層整備し、これを通して、学生一人ひとりの論理的思考が養われ、問題解決の能力が身につくことを心から願っております。

参考文献および関連URL
[1] 私立大学情報教育協会:大学教育への提言−ファカルティ・デベロップメントとIT活用. 2006年度版.
[2] 大学教育と情報
http://www.juce.jp/LINK/journal/0702/mokuji.html
[3] 流通経済大学ホームページ http://www.rku.ac.jp/


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