教育支援環境とIT

専門語学教育及び教養教育におけるIT活用促進のための取組み
〜京都外国語大学〜



1.本学の概要

 本学の前身である京都外国語学校は、終戦後間もない昭和22年に創立されました。創立当時、何よりも求められたものは世界平和であり、その実現の基盤としての国際理解でした。この国際理解の実現のためには、外国語の修得とその言語圏の文化・社会を知ることが必要不可欠であると考え、本学は「Pax Mundi per Linguas−言語を通して世界の平和を−」を建学の精神としました。創立60周年を迎えた今日、建学の精神は、創立当時にも増して意義があるとの認識のもとに教育研究活動を推進しています。
 現在、外国語学部8学科(英米語・スペイン語・フランス語・ドイツ語・ブラジルポルトガル語・中国語・日本語・イタリア語)、大学院外国語学研究科、短期大学キャリア英語科、留学生別科から構成されており、本年5月現在の総在籍学生は約4,800名、専任教員は134名です。
 本学は、学科における専攻語の学習を核としながら、学科の枠を越えて、多様な言語と多様な文化・価値観にふれさせ、学生がそれらを主体的に身につけることを通して、建学の精神を体現した人材−すなわち、高度な語学力を備え、国際社会で活躍するにふさわしい異文化に対する柔軟性と豊かな教養を身につけた人材の育成を教育目標としています。この教育目標を達成するため、1)専攻する言語の徹底的な語学教育を縦軸とし、専攻語圏の地域研究を横軸とした深い専門知識の修得、2)多様な視点からの異文化理解を深めるため、第2外国語教育(必修)の強化ならびに第3外国語修得の積極的推進、3)言語の背景にある文化・社会を柔軟かつ深く理解する視座を獲得させるための教養教育の3点を教育方針とし、教育内容の充実を図っています。


2.本学のIT活用教育の位置づけ

 以上の教育理念及び方針の実現のために、本学では、積極的にIT活用をおこなっています。その中核を担うのが、マルチメディア教育研究センター(以下、センター)です。センターは本学におけるIT活用の教育研究支援を目的として、平成14年に設置されました。センターは、本学のFD活動の中で、教育におけるIT活用の核となる部署の必要性が提起され、承認・設置されたという経緯を持っており、FD活動の成果として特筆すべきものです。人員構成は、センター長(学長兼任・英語学)、副センター長(教員・教育学)、センター専任教員(1名・教育工学)、事務職課長(1名)、係長(1名)、係(2名)、派遣職員(1名)、SE(1名)、AV担当技術者(1名)および10数名の学生アルバイトからなります。センターの運営方針、予算案は、すべてマルチメディア教育研究センター運営委員会(以下、運営委員会)で決定し、学長に具申します。委員会は、センター所属教職員に加えて、事務局長、教務部長、総務部長、各語学科および教養教育から各1名の専任教員で構成されており、意志決定の容易さと同時に、ITを活用して授業を行う教員の声を反映しやすいことを目指しています。
 本学におけるITに関する諸教育活動のコンセプトは「情報リテラシー教育からの脱却」であり、専門語学教育ならびに教養教育でのIT活用を中心として運用しています。


3.IT活用の現状と展望

 本学のIT活用の中核をなす専門語学教育では、CALL(Computer Assisted Language Learning)を活用した授業となるため、CALL教室の新増設を行い、現在3教室が稼働しています。またCALL教室以外でも、語学授業でのIT利用の要望が増加しています。情報処理教室(4教室)に加えて、平成17年度に新築されたIT機能を強化した本館に情報コンセントを備えた教室(4室)を設置し、同年度から導入した貸出PC(200台)を利用して語学科でのIT活用授業の増大に対応しています。
 教養教育では、平成18年度に情報リテラシー科目(1年次必修)を改組し、本学の建学の理念を教育する総合科目「言語と平和」(1年次必修)と接続させ、「言語と平和」で、課題を探求し、発表するために必要なITスキルを獲得できるように学習内容を変更、精選しました。なお、この科目は、語学科専攻語科目における情報収集やプレゼンテーションの技術を身につけさせるという語学専門への導入教育も目的としています。また、さらに深く情報に関する学習を行いたい学生のニーズに応えるため、平成16年度に、情報関連の資格取得を目標とした副専攻「情報コース」を設置しました。
 上記の授業で使用されるIT活用教材を作成するために、センターでは平成14年度、教材作成室を設置し、教材作成支援を行ってきました。以降、教員はe-Learning教材の作成を積極的に行ってきました。ただし語学領域で、映像・音声を中心とした教材に関しては、高度な製作編集機能を持つ設備がなかったため市販教材を利用していました。しかし市販教材には、問題点がありました。第1に、英語以外の市販教材はほぼ皆無であること、第2に市販教材のレベルが教養語学を対象としたものであり、専門教育で用いるには不十分であったこと、第3に、授業内容との整合性がとれていないことです。そこで本学の専門語学授業で用いる視聴覚を中心としたe-Learning教材の開発・作成のために必須の施設であるスタジオを設置する必要性が運営委員会で議論されました。本案件を具申した結果、本学創立60周年事業の一環として昨年、スタジオの設置が決定されました。
 スタジオでは、本学が設置している語学科の言語(英語・スペイン語・フランス語・ドイツ語・ポルトガル語・中国語・日本語・イタリア語)について、専門語学の授業での要請に基づき基礎から上級までの多様な内容・レベルのe-Learning教材、マルチメディア教材の音声、映像部分の作成を行い、完成までの工程は、隣接した新しい教材作成室で行います。スタジオ設置は、I期とII期に分けて行います。I期(本年度)は、運営委員会においてIT活用の教材開発にかかわる各語学科の教員を組織した「スタジオプロジェクト」で、基本コンセプトの確定した音響面を重視した設備とし、映像面については、撮影・編集等の基本機能に徹し、拡張性を最大限に考慮した設計の設備とします。II期は、スタジオプロジェクトのメンバーを中心にスタジオの使用実績および教員からの要望を分析し、その必要性に応じて、I期で導入した映像設備を拡充していく予定です。


4.ITを活用した特色ある授業

 ITを活用した教育にかかわる特色ある教育研究活動として ア)学習者個々の特性に応じたCALL授業、イ)京都文化情報の多言語データベース構築、ウ)CALLを活用した二言語同時学習があります。これらの取組のうち、ア)は「入学者の質的変化に対応する学習支援−学びの環境づくり」(京都外国語短期大学)のテーマで、平成16年度文部科学省「特色ある大学教育支援プログラム」に、イ)は「官学連携による観光振興−多言語で京都を発信する」(京都外国語大学)のテーマで、平成16年度文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」に、ウ)は「ティームティーチングによる二言語同時学習」(京都外国語大学)のテーマで平成18年度文部科学省「特色ある大学教育支援プログラム」に、それぞれ採択されました。本稿ではウ)について紹介します。


5.CALLを活用したティームティーチングによる二言語同時学習

 この取り組みは本学の教育方針(前掲「1.本学の概要」)の2)「多様な視点からの異文化理解を深めるため、第2外国語教育(必修)の強化ならびに第3外国語修得の積極的推進」に関わるものですが、それ以前の取り組みとは大きく異なった、以下の三つの特徴を持っています。

(1)ティームティーチングによる二言語の高度な授業内容
 異なる外国語を専門とする2名の専任教員が、同時に同じ教室でチームとして授業を行います。2名の教員は、授業に備えて綿密な打合せを開講の前年度から行います。2名の教員による密度の高い二言語の対照言語学的アプローチにより、学生は両言語の相違点、類似点、共通点について知的好奇心を持って、深く学ぶことが可能となり、その結果、高度な言語運用能力の獲得が期待できます。現在、英語との組み合わせで、スペイン語・フランス語・ドイツ語・ポルトガル語・中国語・イタリア語という本学のすべての専攻外国語との二言語同時学習科目が開講されています。

(2)融合型CALLの活用
 『融合型CALL』の融合には二つの意味があります。まず二言語の融合です。次にCALLの自学自習的使用に加えて、授業内での教員とのインタラクションを基礎とした、人とe-Learningの融合です。e-Learningは、自立型のシステムとして構想されることが一般的ですが、私たちは、e-Learningの優れた学習機能である学習者への個別対応を、教授者が授業中に活用することで、より高い教育効果が得られると考えました。この試みは、ア)の取り組みから始め、この取り組みで中核を担うものとなりました。この間、導入すべきCALLシステムの選択に関わり、関係教員、SEのみならず、事務職員、メーカーの開発者、導入担当業者を含めた多数回のディスカッションの中で、すべての決定を行っていきました。またCALL教室の設計については、担当教員の要望をもとに、当センターと教務部の連携で、融合型CALLの授業が行いやすい教室とすることとし、円形テーブルの教室を設置しました。現在、この教室は教員からの利用要望が高く、稼働率の高い教室となっています。

(3)e-Learningを活用した予習・復習環境
 この授業に関する予習・復習のためのコンテンツは、e-Learning教材化されており、学内のみならず、学生の自宅からでもアクセスが可能です。e-Learningによる予習・復習は、学内では、自習室として開放している情報処理教室、または、情報コンセントを設置してある学内の各所で、前掲の貸出ノートPCを用いて行うことができます。


6.ITを活用した自学自習施設『MAICO』

 先の二言語同時学習を代表とするIT活用の語学授業の成否は授業時間外で、どれだけITを活用した自学自習ができるかどうかにかかっています。しかしこれまで情報処理教室は他の授業を含めて利用率が高いため、授業の空き時間だけの開放では利用できる時間・席数が少ないという問題がありました。また貸出ノートPCでは、機能が限定されe-Learning教材の機能が十分に発揮できないという問題がありました。そこで運営委員会で具申した結果、昨年、新しいIT活用の自習室の設置が決定されました。スタジオ同様、本年、創立60周年事業の一環として工事を始め、この9月20日に完成し、利用を開始します。
 この自習施設は「マルチメディア自習室 MAICO(Multimedia Access for Independent Curricular Objectives)」という名前で、同一階にある240m2の全フロアをそのエリアとし、快適な環境で、好きな時間、好きなスタイルで、マルチメディア教材を活用した学習ができる新構想の自習エリアです。MAICOは三つのコーナーから構成されます。『マルチメディア視聴・学習エリア』は、コンピュータ、VHSビデオデッキ、カセットデッキ、衛星放送受信機能等を備えた個別ブースで、吸音材のパーティションにより、周りを気にすることなくe-learning機能を活用した発音練習もできます。『グループ学習室』(2室)は防音を施したブースで、10名程度までのITを活用した多様なグループ学習が可能です。『マルチメディア編集・制作コーナー』は、学生からの設置の要望が高かった学生専用のマルチメディア編集設備です。


7.今後の展望と課題

 CALL教室やスタジオ、マルチメディアルームなどの設備を拡充することで、IT利用の環境は整ってきています。今後、e-Learning教材などを作成していく上で問題となるのは人的資源の確保です。
 インストラクショナルデザインやマネジメント、デザインスキルを持った教材作成のできる人材を育成していくこと、このような人材が重要であることを上層部に理解してもらうことが、本学のみならず、日本の大学における重要な課題となると考えられます。

文責: 京都外国語大学
マルチメディア教育研究センター
梶川 裕司、村上 正行、堀川 徹志


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】