海外ニュース


EDUCAUSE 2007に見るアメリカのeラーニングの現状


中嶋 航一(帝塚山大学経済学部) 堀 真寿美(TIES教材開発室)


1.EDUCAUSE 2007

 EDUCAUSEとは、ITの知的活用を通して高等教育を進歩させることを使命に活動しているアメリカの非営利団体である。全米2,100以上の大学・高等教育機関、250社以上のIT関連企業と16,500人の活発な教職員メンバーが加盟しており、私立大学情報教育協会も日本の高等教育機関として会員となっている(注1)
 今回、筆者達は、ワシントン州シアトルで開催されたEDUCAUSEの2007年国際会議(10月23日から26日)に参加し、帝塚山大学が中心となって運用しているeラーニングシステムのTIES(タイズ)関連のポスターセッションを行った。その国際会議(以下、EDUCAUSE 2007)の様子と感想を報告する。
 EDUCAUSE 2007のテーマは 「Information Futures: Aligning Our Missions」(未来の情報世界に合致した高等教育機関の使命を構築しよう)というもので、基調講演、セミナー、ポスターセッション、企業展示、自由に形成される小グループによる討論、会議終了後のパーティやエンターテイメントなど、盛りだくさんの内容であった。
 主催者側の発表によると、会議の参加者は約8,000人、企業展示は200社以上にのぼった。会議参加チケットは1,000ドルもするが、9月時点ですべて売り切れになるほど盛況であった。その理由の一つとして、アメリカ人にとってこのような会議に参加して研修することは、自分のヒューマンキャピタルに対する必要な自己研鑽(投資)と考えているからであろう。日本のファカルティ・ディベロップメント(以下、FD)の取り組みも、大学教職員が自分の教育能力とキャリアに対する自己投資(自分のためのFD)と捉えることができるような内容にすれば、より活性化すると感じた。
 発表会場はシアトルのコンベンションセンターと隣接するシェラトンホテルの2カ所に分かれ、朝は8時から基調講演等が始まり、多岐にわたるセッションテーマが同じ時間帯で進行して6時に終了。夜は様々な企業や教育関係者が主催するレセプションパーティや小セミナー、マイクロソフトがSeattle’s Museum of Flight(シアトルの航空博物館)を借り切って主催したパーティなどもあり、毎日有意義で刺激的な時間を過ごすことができた。
 以下、今回の会議と我々が発表したポスターセッションの様子を報告し、アメリカの高等教育関係者がどのような方向に向かっているのか、その一端を紹介する。


2.EDUCAUSE 2007のポイント

 基調講演など大勢の参加者が集まる場合は、写真1にあるようにコンベンションセンターの大広間が会場として使われる。前方ステージ両面や両端の通路側にも大型のスクリーンがあるので、後ろのほうに座っても講演者の姿はよく見える。

写真1 大広間での会議の様子

 早朝から多くの参加者が動いているので、写真2にあるように、会場のいたるところにコーヒーブレイク用のコーヒーや紅茶、ミネラルウォーターやジュース類が置いてあって助かる。また企業展示会場にはジュースやスナック以外にも、客寄せのための様々な小道具やフリーギフトがあって楽しい。また夜は写真3にあるように、GoogleやSunが主催するパーティに参加して参加者と交流を深めた。

写真2 会議の合間のコーヒーブレイク
写真3 夜のパーティ

 EDUCAUSE 2007の企業展示は、コンベンションセンターのとりわけ広い場所に、200社以上の大小異なるブースが所狭しと並べられ、お祭りの雰囲気とビジネス関係者の熱気が伝わってくるものであった。ただ、今回の展示では特に驚くようなソフトウェアやWebのアプリケーションは見当たらなかった。例えば、授業のライブ配信と録画を同時に、しかも帯域をあまり使わずにWeb上で実現し、ビデオ編集や変換の管理などを容易にするソフトウェアを探したが、あまり良いものはなかった。
 ただし、このような会議の企業展示に出席できる大きなメリットの一つは、TIESでも使っている会社の担当者と直接いろいろと話をすることができる点である。例えばTIESで使われているPCのキャプチャリングソフトウェアのCamtasiaを販売しているTechSmith社(注2)のブースを訪問して情報交換をすることができた(写真4)。今回はTIESの新規機能の開発にとっても非常に関係する、画面キャプチャーして保存した独自形式のビデオファイルをTechSmithのエンコードサーバにアップすれば自動的にエンコードしてくれるCamtasia Relayという新製品の開発が進んでいることが確認できた。

写真4 企業展示の様子

 また、eラーニングのシステム(LMS)に関しては、学生の定量的なCompetency評価(修得した知識やスキルの定量的な証明と質保証)がどこの大学でも課題になっているので、ソフトウェア的に講義と連携させる方向で各社の開発が進んでいることがわかる。さらに、最近流行のWeb2.0の発想によるソーシャル・ネットワーキングや学生同士のインタラクションを重視した機能が従来の製品に取り入れられていた(注3)。その中で多様なレベルのユーザーに応じてしっかりユーザーインターフェイスが作り込まれていると感じたのは、Desire2Learn(注4)のシステムであった(注5)
 さて、EDUCAUSE2007で印象的だったのは、オープニングの基調講演がリーダーシップに関するものだった点である。講演者はPulitzer賞を受賞したジャーナリストで歴史家のDoris Kearns Goodwinで、ホワイトハウスでのLyndon B. Johnsonのアシスタントとしての経験談も交えながら、A.リンカーンの人生とその特異なリーダー像を熱く語った(注6)
 前述したようにEDUCAUSEはITによる教育の革新と向上を目指している組織であるが、このようなリーダーシップの講演で幕を開けたEDUCAUSE 2007に最初は違和感を覚えた。しかしプログラムをよく見ると、七つのトラックセッションのTrack4に、Leadership, Management, Planning, and Fundingと、リーダーシップの議論を1トラックに割り当てていたことに後で気がついた(注7)。実際、EDUCAUSE 2007のメインテーマである「Information Futures: Aligning Our Missions」は、このトラック4の中心的なパネルディスカッションのテーマ、「Aligning IT Leadership with Institutional Missions: The Reality of Being a CIO(注8)」から採用したのではないかと思われるくらい、今回のEDUCAUSE2007の主催者はITリーダーシップを重視していたと考えることができる。
 このEDUCAUSE2007のキーワードである「align」という単語は、そろえるとか調整するとかいう意味よりも、調和が取れた組み合わせを適切に図るというふうに解釈できる。つまり、大学のミッションと調和の取れたITリーダーシップをどのように発揮していったらよいかを議論しているのである。さらに、ITのリーダーとしてどのように自分の資質を磨きキャリア・アップにつなげるかという議論も必ず行っている。前述したアメリカ人の自己投資によるFDに加えて、日本の大学でもITリーダーの理論化とFDの充実が喫緊の課題と感じた(注9)


3.TIESのポスターセッションの様子

 筆者達は今回「Social Networking Content Software to Promote Content Distribution」というテーマで発表を行った。時間は4時55分から6時10分の間で、ポスターセッションの会場に関心を持った教員が見に来るという形になっている。
 実は筆者達が本当に見せたかったのはTIESの英語バージョンであったが、論文の締め切りが2月なので間に合わなかったため上述のテーマで応募した(注10)。しかしTIESの英語バージョン(図1)が発表ギリギリで間に合い、写真5のような設定でポスターセッションの準備を行った。

図1 TIESの英語バージョン
写真5 ポスターセッションの設定

 写真6はポスターセッションの様子である。開始時間とともに一挙に多くの見学者が訪れたため、写真5にあるような小さなサイズの紙のポスターはほとんど役に立たなかった。それよりも、ノートPCで日本のTIES教材開発室とつなげたTIESライブシステムによる実演が多くの人の関心を誘った。ただ時間が限られているため、ゆっくり説明することができなかったのが残念であった。しかし、EDUCAUSEの会議の良いところは、IT利用について責任を持つCIOがたくさん参加しているので、TIESを使ってみたいと思ったら、その場で申込書を書けることであった。その結果、わずか一時間余りの間に数大学がTIESの利用を検討してくれることになった。写真7はTIESの利用を決めたUniversity of the West Indies(ジャマイカ)のCIOのSamuels先生である。

写真6 ポスターセッションの様子

写真7 W. Indies大学のCIO

 朝早くから夜遅くまでよく学びよく動いた、有意義で刺激的な3日間であった。余談ではあるが、Googleのパーティでは会場のPCを拝借して、TIESのライブシステムを使って会場の様子を帝塚山大学の学生にライブ配信もした。また、正規のセミナーやセッション以外に、Bird of a Featherといって、感心を共有するグループを自由に作って討論会もできるので、今度参加する際は日本のシステムに関心のある参加者に呼びかけてみたいと考えている。
 最後に、EDUCAUSE 2008はフロリダのオーランドで10月28〜31日に開催される。そのテーマは「Interaction, Ideas, Inspiration」で、リーダーシップやポータルなどの分野に加えて、次世代のICTと革新的技術の紹介と評価、グローバリゼーションの影響、ソーシャル・ネットワーキング、持続可能なICTの開発と応用等の分野で発表を公募している(注11)。日本の教員にとってこの時期は講義があるため長期の出張を行うのは難しいが、きっとEDUCAUSE 2007に劣らない充実したプログラムを準備してくれていると思う。


1) 2008EDUCAUSE Services, Resources, and Eventsを参照http://www.educause.edu/Elements/Attachments/EDUCAUSE/PDF/catalog_2008.pdf
 なお、EDUCAUSEの活動は多岐にわたるが、主要な事業等の詳細はホームページhttp://www.educause.edu/を参照されたい。
2) http://www.techsmith.com/
3) また多くの発表者がセカンドライフのような仮想社会における教育の可能性について言及していたので、LMSもそのようなニーズに対応してくるものと予想される。
4) http://www.desire2learn.com/
5) EDUCAUSE2007の会議の写真は、http://www.flickr.com/photos/tags/educause2007/に掲載されている。
6) 彼女の講演に関する情報は、以下を参照されたい。
http://www.educause.edu/e07/program/11073?PRODUCT_CODE=e07/GS%25&Heading=General%20Sessions
7) このトラックは、大学のビジネスや教育の成果とITをいかに戦略的に結びつけるかについて、組織化・優先順位・評価・管理・支援・財務等の視点から議論するセッションである。
8)

4人のCIO (Chief Information Officer) によって23日の8時30分から12時まで開催されていた。筆者達はこのセッションに参加しなかったが、詳細な内容のパワーポイントがあるので、興味のある方は中嶋まで連絡ください。
(koichi2@tezukayama−u.ac.jp)(アドレスは全角文字で表示しています)

9) 次にEDUCAUSE 2007最後の基調講演では、セキュリティの専門家であるBruce Schneierが、技術論ではなく経済学がWebの世界の問題に対して解答を与えることができるという論旨で、セキュリティの問題をわかりやすく解説してくれて面白かった。
10) 最初は通常のセミナー形式で応募したのだが採用されず、ポスターセッションでの発表となった。
11) http://www.educause.edu/e08/CallforProposals/14772


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】