教育事例紹介 電気通信工学


IT設備を利用した授業の経験と課題


越後 宏(東北学院大学工学部電気情報工学科教授)


1.はじめに

 最近、大学などでの専門教育の危機が叫ばれております[1]。全国的に見て大学応募者数が入学定員を下回り、いわゆる全入時代が到来したとも言われております。今まさに大学教育をどうするかが、広く議論されているところであります。このような状況の中で、電気通信分野に特化した課題も多く存在していることも指摘されております。すなわち、若者は、情報インフラを利用する側としてのスキルには非常に関心を示すのですが、情報インフラを開発製造するのに必要な電気通信工学とその関連の専門分野には、興味を示さなくなってきているようです。情報関連専門分野では、電磁気学はもはや必要ないとする向きもあると聞いております。
 本稿では、著者は統括する立場にないことから、自身の周辺でのITインフラを紹介し、個人的なIT設備活用経験を述べさせていただきます。
 端的にいえば、IT施設の整備で、講義のやり方が変わり、教える側としてはかなり満足しています。例えば、提示内容が綺麗になり、まとまりもよく、順序だてた説明も実施でき、授業進捗も速まっております。しかしながら、受講側では必ずしも満足度が上がっておらず、IT利用技術も含めた形でのFDの推進が必要であると認識しております。


2.周囲の教育環境

 著者の所属する工学部では、最近、普通教室の授業支援施設が拡充され、大多数の教室でビデオプロジェクタとスクリーンを利用できるようになりました。したがって、資料やパソコンの中のコンテンツを、教師が教室で自由に提示できるようになりました(写真1)。

写真1 教室の授業支援設備

 これにより教育効果が格段に進んだと感じております。一部の教室では、Video・Audioの設備を有し、講義関連情報を自由に提示できます。また別の教室では、学生の机ごとに情報コンセントと電源コンセントを設置し、自前のパソコンを講義に持参して、情報関連の演習講義などを自前パソコンを使って受講でき、復習など家での自学に役立つようにしております。実際、産総研と協同開発し学部で利用可能としたLinux系OS(KNOPPIX)を用いての実習が実施されております。
 また、全学的な情報処理教育システムとしては、本学の3キャンパスにそれぞれ情報処理センターが設置され、工学部では、センターに加えて、情報関連授業と学生の自由利用のための設備として、情報処理演習室が設置されています(写真2)。CPUクロック2.8GHz、主メモリ1GB、ハードデスク80GB、17インチ液晶デスプレー付きのパソコンが、3教室あわせて約180台あり、いつでも利用できる状況にあります。
 電気情報工学科では、教育方針として「情報処理をもっと身近に、パーソナルに」をスローガンに、入学時に、学生にパソコンを1台ずつ購入させることとしました。授業中の演習内容をそのまま家に持ちかえり自宅で自習できるほか、パソコンへの馴染みが早まると期待しております。ただ特殊な高級ソフトの利用は、今のところ演習室に頼らざるを得ません。

写真2 情報処理演習室


3.実験用通信衛星回線を用いた遠隔講義の経験

 著者らは、以前、商業用通信衛星の利用が始まった折、早稲田大学、電気通信大学、群馬大学、北海道大学、北海道工業大学が始められた衛星通信実験に参加し、当時まだ珍しかった、遠隔講義実験に参画しました。当時は、画像圧縮技術も現在ほど進んでおらず、64kbps回線での動画には不満が残るものではありましたが、この経験で、遠隔講義の実施に当たり必要する機材、講義の進め方、質疑のやりとりの方法など、多くのノウハウを得ることができました[2]。またこのとき、実験に携わった学生には、ネットワークを実現している基盤技術について理解を深める良い機会になったと信じております。


4.個人的経験に基づく授業のIT化

(1)講義の例
 ここでは、恥ずかしながら著者自身の講義経験を紹介し、そのまずさを披露することで、今後成すべきことを導き出したいと思います。
 当初、著者は自身が昔受けた講義を思い起こしながら授業を行ってきました。すなわち教師が教科書にそって説明を行い、必要事項を黒板にチョークで書く形式であります。そこで何が起きたかと申しますと、受講者は当然話に集中し、授業内容の進展を共有しているものと信じておりました。教師は学生が将来も参考にできることを配慮をしつつ、専門書をテキストとして使うのが常でした。その内容が多いため、教師はかいつまんで説明を加えることが当たり前との認識でした。しかしながら実際は、教師の説明が部分的で、授業進展についていけない学生が出てまいりました。結局私語が始まり、教師の話が聞きにくくなり、さらに別なグループが私語を始めるといった悪循環が続くこととなりました。私語を止めるよう叱責しても、しばらくすればまた私語が広がる状況で教え方が未熟であったと強く反省しております。このような中で始まった授業評価では、板書が汚い、教育する雰囲気にない、何のことを言っているか分からない、などなど多くのクレームが寄せられました。
 一方教師としては、高度に進歩した技術知識をなるべく多く学生に手渡したい希望が強く、それを実現するには、内容多く、講義コマ数があまりに少ない状況でした。OHPの利用も試みましたが、一概に見難いとの評価が多く寄せられておりました。
 このようなとき、カラフルで、動画の導入とリンクも張れる電子スライド(PowerPoint以下、PP)が出現し、これの活用を始めました。その結果、板書が汚いのクレームはなくなり、学生の注意をスクリーンに集中させることができました。ただし欠点として、新たに授業を立ち上げるときは、1から始めるためPP原稿の作成に追われることがあげられます。他の教師が既に作成した資料がそのまま利用させてもらえれば助かると強く感じたのもこの時期です。
 ともあれ、あらかじめ原稿を作成しておけば、授業はシラバス通り進めることができ、一安心しておりました。しかし授業評価では、講義の進捗が早い、ノートに取れない、とのクレームが新たに付いてきました。PPの内容は「教科書の内容そのまま」を基本に進めてきたのではありますが、熱心に授業を受けていたグループに不安が出てきたようです。うがった学生の間では、毎年同じPP原稿を使うのだから教師の手抜きだとの意見も出てきました。最近、ある高校の理科教師の方から伺った話でありますが、教師が黒板にしっかりと板書し、それを生徒にキチンとノートを取らせることが覚えさせるのに最も良いとのことでした。少し戸惑いを感じた次第です。
 著者自身は、「板書が汚い」を避けうること、比較的にシラバス通りに授業を進めうること、アニメーションが導入できること、等を頼りに現在もPPを活用しております。アニメーションは、説明の論理的進め方に役立ち、また図柄を動かすことで注意喚起になるほか、電気通信分野では、式のみではなかなかイメージできない電磁波の伝搬、電磁界の分布、回路の内部での電圧の時間的変化を、納得して見てもらうために役立ちます。例えば、誘電率の異なる媒質の平面境界面に、平面電磁波が照射されたときの反射・透過(屈折が起きる)現象を示す式が次式であり、教科書では、このような式が記載されているのみであり、これから電磁界分布と電磁波としての動きを、各自頭の中で想像しなければならない訳です。しかしこれを受講者に強要することは酷であります。そこで図1のように電磁波の様相を図として示し、しかも時間経過をアニメーションとして示すことで、具体的に何が起きているかを直感的に理解できるように配慮しました。
 講義用に作成したPPコンテンツは、そのつど学内ホームページにアップロードし、学生の自習に役立つよう配慮しています。将来は、本格的なe-Learningの形になればと思っております。

図1 電磁波の伝搬の様子を示すスライド

 その他本学科で行っているIT機器の活用例を紹介します。

(2)学生実験
 数名で構成されたグループ実験ですが、実験方法・手順、機器の扱い方などをパソコン画面で表示し、実験の進捗に従ってそのつど関連の部分をオンデマンドで学習できるよう準備中です。現在説明用に用いられているものを写真3に示します。

写真3 パソコンを導入した学生実験指導の例

(3)3年セミナーおよび卒論におけるIT機器の活用
 数年前から、就職活動がより前倒しになってきたことを考慮して、コミュニケーション能力を向上させ、調査スキルを身につかせることも勘案し、3学年後期にセミナーを発足させました。卒業研究に関連する技術を研究室で身につけるとともに、図書館やインターネットを活用することにより、学生自身が最も興味を持ったことについて調査させ、学期の終わりには、調査内容をまとめ、PP原稿を各自作成し、学科の専門分野グループ(学生と教員)の前で発表を体験させるものです。これにより、図書館のより高度な利用法が身につくとともに、インターネットによる専門知識の収集に慣れ、またワープロソフトによる原稿作成スキルを習熟させることができ、大人数の前での自己の原稿の発表を経験させています。
 4年生で実施される卒業研究では、自身が測定・研究した内容について、3年同様の作業を行う。3年次の経験により、卒業研究発表会では、より自信を持って発表に望んでいると感じております。


5.まとめ

 ITが進んだおかげで授業が非常にやりやすくなりました。しかしながら、爆発的な技術進歩により、若手に伝えなければならない技術内容が多岐に及び、またその量も時代とともに増えている中、教員が必死に頑張って授業内容や講義方法を工夫しいるのが現実です。受け側にすれば、負担増につながり理工学専門系を敬遠する一因にもなっていると推察します。現在の最先端技術に裏打ちされた、高度情報化社会にあって、これを支える基盤技術をどのように維持・伝承していくかが大きな課題であります。電気通信・情報関連の技術知識を的確に伝えていくためにも、ITを利用した新たな教育の仕組みが必要でありましょう。このためにも多くの教育者・研究者に参加していただき、FDを取り入れた議論が待たれるところです。


参考文献
[1] 19年度大学電気教員協議会: 第2分科会資料,2007.
[2] 高畑文雄他: 大学間共同衛星通信実験. 電子情報通信学会誌, Vol.80, No.5, pp.435-456, 1997.
[3] 今泉 忠他:(座談会)教育改善のための教育力とは. 大学教育と情報, Vol.15, No.1, pp.2-9, 2006.


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】