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音の出る楽譜を使った音楽基礎教育〜対面授業をサポートするWebの活用事例〜


田中 功一(国際学院埼玉短期大学准教授)


1.はじめに

 国際学院埼玉短期大学は、さいたま市の大宮駅徒歩10分に位置し、幼児保育学科、健康栄養学科、専攻科があり、創立25年になります。私は幼児保育学科の「器楽」という鍵盤演奏に関わる対面授業を担当しています。ここで紹介する内容は、ITを活用した対面授業をサポートする取り組みです。
 最近のMIDI機能付ピアノには学習支援機能があり、自学自習の工夫が見られます。私は、最近Web上で音の出る楽譜が使われ始めたことに注目し、自学自習に使えるのではないかと考え、平成16年度よりコンテンツを作り続けてきました。私自身が芸術領域の人間なので限界もあることから、LMSやCMSの基盤システム上を走るコンテンツには至っていませんが、皆様の参考になればと思い、ご報告いたします。


2.Webの利用方法

 音の出る楽譜とは、Sibelius2[1]という楽譜制作ソフトで作成した楽譜です。この楽譜はHTML形式で保存すると、Web上から無料のScorch(以後「Scorch楽譜」)を介して再生できます。音が出るだけでなく、テンポの可変や指定した位置からの再生が可能です。楽譜の楽器音は楽譜作成時に指定します。Web上で再生する際は、コンピュータ側のMIDI音源に依存するため、データ量は小さくなります。さらに、MIDI音源もWeb画面上から指定することができます。Scorch楽譜は視覚的な使い方が第一目的ですから、音を出す表現力の精度は十分とは言えません。しかし、基礎的な技能習得には対面授業と連携して活用できると考えました。
 Web教材の作成方法は、Sibelius2で楽譜教材を作成し、このScorch楽譜をホームページの分割フレームの一つに取り込み、個人のWebサイトへ掲載しました(図1)。
 システムの構成は、ピアノとインターネットに接続したパソコンのみです。ピアノはパソコンと接続しない単体での利用のため、従来型のピアノ、デジタルピアノどちらでも可能です。Webサイトを見ながらピアノ学習をする際、常に正面を向いた姿勢が維持できるように専用のピアノスタンド(実用新案登録第3120679号)を考案しました(写真)。


3.カリキュラム構築

 研究の初年度(16年度)は、カリキュラムの構築から開始し、本学入学時のピアノ技能のレベル(バイエル70番)から学習する設定としました。学習プログラムは体面授業とリンクしない独立した形による「自学自習型デイリートレーニング」としました。これは45段階のレッスンで構成されます。各レッスンでは5回の授業を実施するため、授業回数は計225回となります。すべてのレッスン・授業を1年6ヶ月で終了させる場合、547日ですから、225回分を完了させるには2日で1授業程度を学習するペースとなります。最終回まで同じペースで学べるように配慮しました。ホームページ左フレームのメニューでは45段階のレッスンを縦軸に、5回の授業を横軸に表示しました(図1)。

 

図1 レッスン8「低声部奏」の画面

 16年度は年間を通して制作したため、完成が12月になりました。この年度の使用は、対面授業の中で関連するホームページのアドレスを学生に知らせて復習する形としました。結果として、ホームページの活用状況は低いものでした。その理由は、カリキュラム全体を見せたため、目先の学習への関心が低下したこと、さらにコンピュータの操作がよく分からなかった点も認められました。その対策として、翌年に専用の自学自習室を新設し、私も常駐することにしました(写真)。

写真 自学自習室(デジタルピアノ6台設置)

 16年度の授業担当は2年生の器楽II、時間数は90分4コマというものでした。


4.模範解答の公開

 2年目(17年度)は、前年度の反省点であった目先の学習への関心を高めることに留意しました。この年度、私は1年生の器楽Iを3コマ、2年生の器楽IIを4コマの計7コマを担当しました。新たに音楽理論を2週に1回のペースで90分の枠内に30分間設定しました。授業は3名の教員による同時展開で、1授業の学生数は11名ですが、音楽理論は3展開分を合同としたため、音楽理論のみ学生数は33名となりました(表)。

表 器楽I・器楽IIの時間配分
1・3週目 90分 ピアノ実技
2・4週目 30分 音楽理論(eラーニング対応)
60分 弾きうたい
 この音楽理論は対面授業30分の他に自学自習を促すため、授業で配布したプリントなど課題をWeb上に掲載しました。さらに期末の伴奏実技試験の模範解答をWeb上に掲載し、課題の3曲について配点を示したところ、配点の高い課題を選択する学生が半数以上と高い結果が得られました(図2)。
課題曲の基準点
手をたたきましょう 60〜68点
お正月 70〜78点
思い出のアルバム 80〜88点
図2 3曲の課題選択率と成績表より
 また、1年と2年に同じ課題を実施しましたが、結果はほぼ同じになりました(図3)。


受験者数 127名
平均点
A組
74.2
B組
75.9
C組
72.2
D組
75.3
学年平均点
74.4


受験者数 125名
平均点
A組
74.5
B組
78.0
C組
72.5
D組
63.2
学年平均点
72.2
図3 期末の試験結果
 この結果について、ピアノ曲の履修進度から判断すると音楽能力は2年生のほうが全体的に高いと考えられますが、Web型教材への適合力では1年生の方が2年生より高かったためではないかと考えました。


5.全授業の公開

 3年目(18年度)は前年度から一歩踏み込み、2週に1回30分実施してきた1年と2年の授業1年分について、事前にWeb上へ掲載して事前学習が可能な環境を設定しました。これはSibeliusによる楽譜制作とDreamweaverによるWeb制作を毎週作り込むため、作業も複雑になりました。また、1年生については前年度の期末課題を夏期課題として実施し、夏期休暇後に課題終了の報告とアンケートを課しました(図4)。

図4 最終報告とアンケート
 夏期課題の対象は1年123名、課題提出者121名(98%)で、課題の提出方法はメール送信が96名(79%)、印刷による提出が25名(21%)でした。課題内容は前年と同じ3課題とし、一番安易な「手をたたきましょう」のみ対面授業において取り扱いました。前年同様、高い配点の課題を選択するのではないかと予測しましたが、結果は対面授業で扱った一番安易な課題に集中しました(図5)。
図5 夏季課題の選択者数


6.課題とまとめ

 18年度のアンケート結果から、Scorchをインストールして画面を正しく開いて進めることができた学生は半数以上でしたが、3分の1程度は苦労したようでした。また、「eラーニングによる学習が自分にとって意味ある方法と感じるか」については、最上位の評価5が43名(36%)、評価4が23名(24%)、評価3が36名(30%)、評価2が11名(9%)、評価1が2名(1%)という結果でした。
 19年度は、「器楽補講」授業を自学自習室において実施しており、新たに携帯電話で視聴可能なデータ制作を開始しました。
 本コンテンツはeラーニングの基盤システムである学習管理システム上で動作していないため、学生の学習管理ができていません。今後は、学生の演奏をMIDIデータとして、レポート提出の感覚で扱うことにより、学習管理が可能なシステムを目指したいと考えています。

関連URL
[1] Sibelius2
http://www.sibelius.com/jp/sibelius/
[2] 本プログラムの研究情報サイト
http://www.amy.hi-ho.ne.jp/pf-tanaka/kg/



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