巻頭言

中教審の「学士課程教育の構築に向けて(答申案)」に思うこと


原  文雄
(東京理科大学常務理事 私立大学情報教育協会常務理事)

 私立大学情報教育協会の「平成20年度教育改革FD/IT理事長・学長等会議」が8月7日に東京・市ヶ谷の日本大学会館(本部)にて開催され、元文部科学省高等教育政策室長(現東京大学本部統括長)鈴木敏之氏の基調講演「中央教育審議会での学士課程教育の構築について」を拝聴し、配布された資料を拝読した。私立理工系大学で工学、特に機械工学の教育と研究に長く携わり、近年5年余りは大学経営の一端を担う立場にある者が「思うこと」で紙面を汚させていただくことをお許し願いたい。
 答申案は、大学が三つの方針、「学位授与の方針」、「教育課程編成・実施の方針」、「入学者受け入れの方針」を明確に示し、それらの方針に沿った教学経営を実践し、さらに計画・実践・評価・改善のサイクルを確立することによって、世界水準の「学位」に値する学士課程教育の「学習成果」を達成することこそ、大学の社会信頼と国際通用性を確保する必須条件であるとしている。そして、この目標達成のために、1)大学への入学、2)大学での教育活動、3)学位の保証に係わる教育改革を実践する上での大学の取組と国の支援・取組に関する事項を列挙しているものである。
 まず、国際水準の「学士課程教育」を達成しようとして大学教育改革を実現し、新しい「学士課程教育システム」を構築・経営するには、「人と金と時間」を要ることは自明である。日本の大学、とくに私立大学における教育投資(人と金)に関する統計は、欧米諸国に比較して格段の差がある。この現実を直視すると、「誰のための教育投資か」、グローバルな視点からの論議と「教育投資の視点転換」が必要であることを痛感させられた。
 ところで、大学が「学士課程での学習成果」を国際水準にし「21世紀型市民」の育成を目標として、「学士課程教育システム」を改革・構築しようとするとき、システム構成の構造論的視点から管見して見たい。システムへの入口では、「大学全入」と入学者の学力不足があり、入学者の学力評価・選抜が議論される。「学士課程教育システム」では、きめ細かな学生指導、教育課程の編成と実施、教育方法や成績評価、教員・職員の人的資源と教育力、などが開発・改善されるべきであろう。出口では、国際水準の「学習成果」が求められる。この出口での質管理・保証を達成するために、システム自身による自己点検・評価及び外部環境からの「評価」が作用し、大学間連携のネットワークの「支援」とも協働して、システムは自己変革・進化する。
 このように「学士課程教育」をシステム的に鳥瞰するとき、学士課程教育を実践する主体は学生と教職員であることを考えれば、入口−システム−出口での教育制度・方法の改革・改善・開発方策を、学生が国際水準の「学習成果」を達成できるように「学習の構造化」を促す視点からシステム統合化することが大切と考える。すなわち、答申案には、改革の基本方針並びに改革の具体的方策についての多くの提案が示されている。大学はそれらの方策を取捨選択しまた新たに考案し、自己の目標達成に向けて「学士課程教育」をシステムとして戦略的に再構造化し、自己改革してこそ世界水準の「学習成果」を誇れると考える。
 最後に、新しい「学士課程教育システム」を改革的に構築し効率的経営・運用するには、今にも増して膨大な教育情報を活用・管理することが必要となろう。
 従来の授業支援の「e-Learning」のみならず、教育情報に係わるICT技術を高度に活用する技術開発とその普及が不可欠になる。大学団体である本協会の使命・役割はますます重要になると言え、またその使命遂行を期待してやまない。


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