人材育成のための授業紹介 ● 土木工学

時空間集合知を生み出す学びを目指して
−環境システム工学科におけるIT教育の実践−


笹谷 康之(立命館大学理工学部准教授)


1.はじめに

 Google Earth、Google SketchUpと次々と提供されるGoogleのフリーサービスの威力には驚くばかりである。地図は、3次元で表現されて当然、そしてタイムラインも飲み込んで、時間変化を表す4次元地図が当然の時代になった。Web技術でつながった地図は、写真、ドローイング、音声、3D、映像、アニメーションなどを、飲み込んでか飲み込まれてかよく分からないが、シームレスでコラボレイティブな技術とコンテンツに変身した。少しWeb技術が分かる人々でも、次々とWeb地図コンテンツを作り始めた。昔からエンドユーザーは広くても、制作者が特殊な世界に閉ざされていた地図は、普通の世界の中の技術とコンテンツに生まれ変わってしまった。
 土木系の就職先は、今日では顕著に多様化した。このような中でCADやGISを教える以前に、社会にとってより汎用的な時空間情報技術を教える必要があるのではないかと考えた。そこで本稿では、2004年度後期から2008年度前期までの筆者のIT教育の到達点と課題を示した上で、現在筆者が理想のIT教育として考えている2008年度後期から2009年度前期の構想を述べたい。


2.環境システム工学の情報教育の枠組み

 1回生前期には、「情報処理」「情報処理演習」で、基礎的な情報リテラシーの知識とスキルを学ぶ。1回生後期には、「データ処理演習」でExcelを用いた環境統計の処理と、Illustratorなどを用いたドローイングや時空間情報の基礎を学ぶ。2回生前期には、「空間情報工学」「空間情報工学演習」で、GIS、リモートセンシング、GPS等の狭義の空間情報工学の基礎とともに、画像、動画、音声、3Dなどの時空間情報を総合的に学べる。2回生後期の「環境管理調査実習I」の半分の授業時間を割いて、フィールドワークに基づいて得た地域情報を活用して、グループワークで時空間情報に関する計画提案のコンテンツを作成させている。
 3回生では、「環境管理演習」「施設設計演習」などで、環境に関する統計や数値計算、設計などを行う。また、プレ卒業研究と位置づけられた「プロジェクトマネジメント演習」では、受講したクラスの一部で、数値処理やGIS、CAD等が学べる。4回生の「測量学実習」では、実習で測った測量成果をCADに取りまとめる。
 環境システム工学科での最初の2004年の後期には、従来土木工学科の3回生前期で教えていたGISの授業を1回生後期の「データ処理演習」に移して教え始めた。正直な話これには、ITの基礎知識に欠ける1回生のスキル習得としては無理があった。ただし、1コマだけ教えたPhotoshop Elementsを用いた写真画像の修正には、手ごたえを感じた。このような折に、建設コンサルタントに勤めている何名かのOB/OGから、日常的に使ってソフトはPhotoshopとIllustratorであり、CADやGISは週に1日以下しか使わないというアドバイスを得た。
 そこで、2005年前期には、持ち上がった学年の2回生の「空間情報工学演習」で、引き続きPhotoshop Elements(Photoshopはライセンス数が足りなかったので)を教え、Illustrator、AutoCAD、カシミールとArcGISを用いたGISの続きを教えた。TAがいるとはいえ、初めて教えるソフトや、ArcGISのより高度な機能の利用で、悪戦苦闘した。この中で、Illustratorは、成果品が分かりやすいソフトであることに気づき、2005年度後期の1回生の「データ処理演習」では、2回生になってからも使える「Photoshop & Illustrator」の教科書を指定して、Illustratorを教え始めた。ドローイングの基礎を終えた後、年賀状やクリスマスカードといった実用的なものを作成させ、地図に用いるシンボルやロゴを作らせて、キャンパスマップを仕上げていく分かりやすいストーリーを作った。CADで養われるスケール感までは十分に習得できないが、OB/OGのアドバイス通り、2回生後期の「環境管理調査実習I」で行う計画図面の作成にも役立つ技術という手ごたえを感じた。
 2006年度の「空間情報工学演習」では、過密になるCAD教育はやめて、Photoshop Elementsと、カシミール3D、ArcGISを用いたGISに精選して教えた。最終課題は、出身地の特徴的な地物の分布を考察することとした。この年の後期には、キャンパスマップの代わりに、依頼を受けた小学校の安全マップを1回生に作成させた。この作品のいいとこ取りをして編集した地図が図1である。
 そして、2007年度から、Google Earthのコンテンツ作成を、2回生、3回生、4回生、院生に、前期の同時期に教え始めた。2008年度前期には、図2に例示するように、情報教室に導入されたGoogle SketchUpを教え始めるとともに、Dreamweaverを用いて、CSSとWeb標準を意識したWebサイトを作らせた。2回生の「空間情報工学演習」と院生の「景観・都市環境特論」では、Google EarthとGoogle SketchUpで作成したコンテンツファイルを各自のWebサイトにアップさせて、相互評価をさせて、得点を競わせた。もちろん、両者の実力に差があるので、競技テーマは、2回生は出身地の紹介、院生では計画提案とした。3回生にはオープンキャンパスで成果品を発表させて、4回生には他の学年が作成したコンテンツの総集コンテンツ作りを課した。初めて教える内容が多く、失敗もあったが、学生にとって達成感が実感できる内容となった。また、今後に向けて、上級生のWebサイトの作品を見ることで到達目標のイメージが明瞭になった。
 一方当初は、地図、GIS、GPS、リモートセンシングに、写真を追加して教えていた「空間情報工学」の講義も、狭義の空間情報工学の内容は5コマ程度に抑え、写真を3コマ、その他Web、3D、マルチメディア、これらを応用した設計・計画図書、景観などに7コマを割くようになっている。講義用のPowerPointは、毎年半分以上を差し替えてきた。リモートセンシングと空中写真の話は1コマしかないが、写真を3コマ扱っている。大半の学生は実社会に出て一般的な写真を扱うに過ぎないだろうし、写真の基礎を理解してこそリモートセンシングや空中写真が理解できるからである。

図1 学生のIllustrator作品のいいとこ取りから作った安全マップ

図2 Google SketcuUpによる観覧車の学生作品例

3.理想の時空間情報教育を目指して

 2004年後期から試行錯誤した新しい時空間情報教育であるが、5年目に入る2008年後期から、ようやく完成したプログラムになるのではと期待しており、表1のようなプログラムを練っている。この2008年度後期は、1回生の「データ処理演習」で、上級生のWebサイトを見せて到達目標をヴィジュアルに示すとともに、IllustratorとともにDreamweaverでのWebサイトづくりをさせて、1回生から成果品の相互評価をさせる予定である。また2009年度前期には、Flashによるアニメーション制作や動画編集も「空間情報工学演習」のシラバスに加える予定である。

表1 時空間情報の主な実習・演習のプログラム
学 年 テーマ 主な使用ソフト
1回生後期
「データ処理演習」
1
2
3
4
5
6
7
8
ドローイングの基礎 Illustrator
写図とWeb作成 Illustrator,Dreamweaver
年賀状 Illustrator,Power Point
アイコン・ロゴとライブトレース Illustrator,Photoshop
地図 Illustrator,Google Earth
3D地図 SketchUp,Google Earth
Google Earth Google Earth,SketchUp
プレゼンテーション 各種ソフト
2回生前期
「空間情報工学演習」
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
3D-CADの基礎 SketchUp
3D-CADの活用 SketchUp,Dreamweaver
画像補正 Photoshop
撮影 Photoshop,(デジカメ,GPS)
画像の修正と合成 Photoshop
Webアニメーションの基礎 Flash,Dreamweaver
Webアニメーションの活用 Flash,Dreamweaver
Google Earthコンテンツ作成の基礎 Google Earth
Google Earthコンテンツ作成の活用 Google Earth,Dreamweaver
地図レイアウト ArcGIS
オルソフォトを用いたラスタ分析 ArcGIS
用途地域の検索と手続きモデル ArcGIS
ボロノイ分割,ネットワーク分析,距離検索 ArcGIS
出身地の空間データの収集と活用 各種ソフト
プレゼンテーション 各種ソフト

 今日、アニメーションの自動生成の技術は長足の進歩を遂げている。たぶん、10年先には、Google Earthのようなデジタル地球の上には、かなりリアルな3Dやアニメーションが、一般の人々でも手軽に作り出すことができるだろう。つまり、フィールドワークの結果をデジタル地球上にわかりやすく取りまとめ、過去の地域の状況をヴィジュアルに復元して表現し、複数の計画代替案を3Dで疑似体験して将来像を共有していくことが簡易にできるだろう。都市計画、地域計画、土木計画の手法が大きく変化することが予想される。
 とすれば、3年先には、環境システム工学科の2年間の時空間情報のスキルを習得した学生が、3回生になってまちづくりワークショップのグループファシリテータとして加わって、グループ内の人々の意見をGoogle EarthやGoogle SketchUp等のソフトを組み合わせてヴィジュアルにとりまとめ、プレゼンテーション資料を作成できる水準を目指すべきであろう。一方、ゲームやケータイでデジタルな表現物を豊富に体験している今日の学生は、3Dやアニメーションを柔軟に使いこなす素地を持っている。
 以上を踏まえ、学科のほぼ全員が受講する2回生後期の「環境管理調査実習I」の計画分野では、到達目標に掲げる提案の必要条件を、以下の三つに設定した。

1) CO2の排出削減を促進して低炭素社会づくりにつながるバックキャスティングの提案
2) 地域固有の魅力を継承して景観の保全、創造につながるヴィジュアルな提案
3) ITを活用するとともにオフラインでも多世代が交流するソフトなしくみを提案

 さらに下記の四つの方向性を企図している。

(1)Webベースの技術を使う
 Web素材を作成し、Webベースのスキルを身につけることが必須である。測量法の上位法となる地理空間情報活用促進基本法が成立し、国から「電子国土Webシステム」が提供される時代になり、基盤地図情報が普及することによりこれを記述するXML、UMLクラス図が使われるようになってきた。1回生からXHTMLとCSSを用いて、Web標準に沿ったページを作らせて、成果品は日常的に学内公開用の自分のサイトに掲載させたい。2回生には、ハンディGPSから得られるジオタグを活用して、デジタルカメラ、ビデオカメラ、オーディオレコーダ等で撮影・録音して、マルチメディア編集をさせる予定だ。

(2)学生同士や様々な人々とのコラボレーションを行う
 従来からの授業でも、ブログやグループウェアのサイボウズを使ってきたが、コミュニケーションによる協調学習を生み出すまでは至っていない。授業の終盤に、Webの成果品を相互評価するだけではなく、授業の途中から学びあえる点を相互にコミュニケーションさせて、コラボレーションを生み出す工夫が必要である。受講学生にとって、クローズなグループウェア、セミオープンな学内Webサイト、オープンなブログを組み合わせて、適切な利活用を促す授業法を模索したい。

(3)モバイルを活用する
 近年の大学の授業でケータイは、出欠確認、授業アンケート、小テスト、フィールドワークなどに使われはじめている。幸い、現在利用しているグループウェアのサイボウズは、ケータイにも対応している。筆者よりも操作に熟達しているTA(院生)やES(Educational Supporter 学部学生)と相談して、適切な利用法を探りたい。

(4)正確な地域情報、環境情報に基づくコンテンツを作成する
 従来の土木では、一部の設計・計画科目を除いて、専門科目の大半は体系的な理論と分析手法を教えることであった。これに対して、設計・計画科目の実習・演習は、コンテンツの制作といってよいだろう。このコンテンツ制作を支える基盤情報技術が、設計のCADであり、計画のGISと言えよう。
 景観を例とするならば、シーン景観は2D的なPhotoshopやIllustrator、シークエンス景観はGoogle SketchUpで作成した3Dの中のGoogle Earthツアー、場の景観はGoogle Earthでの鳥瞰と囲繞の疑似体験、変遷景観はFlashアニメーション等で、過去、現在、将来を描くことができるだろう(注)。これらの適切な景観コンテンツを作成する実習・演習を充実させていきたい。


4.まとめ

 土木は本来、総合エンジニアリングとして、さまざまな技術を組み合わせた社会技術である。スタンドアロンGISを除けば、文系理系を問わず、土木以外の学部や学科でも、似たようなIT教育が求められているのではないかと考えている。加えて今日、国内では情報技術者が不足している。情報技術者は、情報工学や情報科学の学部や学科のみを増やしてのみ対応できるものではなく、文系も含めて、コンテンツを制作する学部や学科の情報教育の充実が求められていると言えよう。時空間集合知を生み出す高等教育の発展に、微力ながら今後とも邁進したい。


シーン景観:額縁で切り抜かれたような透視的な景観
シークエンス景観:道路を進むときのように連続的に見える景観
場の景観:似た地物が多い場合や囲まれている場合等のように界隈性のある景観
変遷景観:季節や時代などで変化する景観

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