人材育成のための授業紹介・スポーツ科学

スポーツ学におけるIT活用事例の方向性


高橋 正行(びわこ成蹊スポーツ大学スポーツ学部教授)


1.はじめに

 スポーツ教育にはスポーツに関する情報は必須です。本稿では、2003年に開学したびわこ成蹊スポーツ大学(www.bss.ac.jp)における、特に健康・スポーツに関連した情報とそれを利用した授業について紹介します。びわこ成蹊スポーツ大学はスポーツ学部内に競技スポーツ学科と生涯スポーツ学科の2学科制、学科内に7コース制に加えて教養教職群という組織構成となっています。人材育成という観点から見ると、過半数の学生が中学校・高校の保健体育教師の免許を取得し、日本体育協会のスポーツ指導者の資格を取得し、健康運動実践指導者・健康運動指導士、公務員(警察官・消防職員・自衛官を含む)、大学院進学の実績も残しています(詳しくは就職・進路データで最新情報を確認下さい。www.bss.ac.jp/employment/index.html
 スポーツ情報は範囲が広いため、著者の専門分野である医療・健康・禁煙などに重点を置いた授業紹介となることをお断りします。


2.外部データベースの活用

 医療や医学の領域ではEBM(Evidence Based Medicine)が重要視されています。多くのデータベースからEvidenceを集めたCochrane LibraryやBest Evidenceという有料サイトがあり、授業で活用されています。スポーツ系においても多くの学術データベースが公開されています。データベース振興センター(www.dpc.jipdec.or.jp)から検索すると必要なデータベースが検索できます。健康科学やスポーツ医学・トレーニング領域も含まれます。Evidence Based Sports ScienceあるいはEvidence Based Sportsという用語は存在しませんが、スポーツ系の大学・学部の新設が相次ぐ現状から、カリスマ指導者や突然変異的アスリートの期待という状況から、科学としてのスポーツが確立されることが期待されます。三つのデータベースを紹介します。

(1)SPORTDiscus データベース
 460の学術雑誌をonlineで検索・閲覧できます。スポーツ医学領域では18の学術雑誌があります。びわこ成蹊スポーツ大学では図書館で契約して学内限定使用です。
 http://www.sirc.ca/products/sportdiscus.cfm

図1 The biomechanics of running

(2)米国生物工学情報センター
 500以上の学術雑誌をonlineで無料検索・閲覧(abstract)できます。健康スポーツ・スポーツ医学領域では30の学術雑誌があります。学術刊行物(本)、蛋白質、ゲノム、ヌクレオチドなど多彩な生命科学のデータベースが存在します。インターネット環境で使用できます。
 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez

図2 米国生物工学情報センターの検索・閲覧サイト
(3)スポーツ系のデータベース
 プロ野球・Jリーグなどはチーム毎に所属選手の身長・体重・生年月日などのデータを公表しています。チームのホームページや日本体育協会のホームページにも簡単なデータベースは存在します。スポーツ系において、詳細なデータベースは有料となります。誰でも入手できる情報が高価であったり、大量の重要な情報が安価であったりして玉石混交の状態です。

(4)健康系のデータベース
 禁煙に関しては日本禁煙学会(http://www.nosmoke55.jp/)に多くの情報が掲載されています。メタボ検診に関しては特定検診・特定保健指導を行う医療機関や健診企業が明記されています。特定保健用食品(トクホ)やサプリメントに関するデータベースも少ないのが問題です。ドーピングに関するデータベースも世界アンチ・ドーピング機構(www.wada.org)からの情報発信を日本用に随時紹介したり、使える薬や禁止薬について競技別・大会種別に紹介するデータベースも存在しません。
 医療・医学系では同じテーマの論文をまとめてデータ分析を行うメタ解析やメガ解析という手法が用いられます。上記データベースの利用の普及と分析手法の共通化という課題が残されていますが、スポーツ科学の推進という観点から授業や演習で取り組む手法として推奨します。


3.オリジナルデータベースの構築

 質問紙調査(アンケート)にしても、測定・研究にしても、その結果をデータベースとして構築する必要があります。例えば、びわこ成蹊スポーツ大学では毎年全学生を対象にした体力測定を行っていますが、データベース化しています。1,000名の学生が例えば7年7,000名分で20項目測定すると140,000項目のデータとなります。
 SPSS、ファイルメーカー、エクセルなどの汎用性の高いソフトでの管理が可能です。実験系であれば統計解析に必要最小限の対象数ですし、アンケートであれば1000人から数万人を対象にできます。学術発信・情報発信は大学の重要な機能です。

4.授業におけるITの利用

 ITという単語が古いと思える程、授業では様々な教材を使うことが可能です。スポーツに関する授業での、教材を紹介します。

(1)新聞記事
 スポーツ欄は写真・データ・解説などの情報が多いという利点があります。健康・保健に関しても、麻疹対策、新型インフルエンザ、熱中症、AEDによる救命例や講習会、うつ病や発達障害、子どもの学力低下・体力低下、エイズ情報など教材にできる情報の宝庫です。

(2)動画情報
 ITの中心です。スポーツ系授業には動画が不可欠です。自分で撮影した動画は動作を立体的に理解するには必需教材です。ビデオカメラの性能と媒体を利用して、動画をタイミング良く提供できると、授業の理解が深まります。最近ではYoutubeなどに多くのスポーツ系動画がアップロードされていますので、検索・取り込み・編集し・教材作成という手順が容易です。教室がインターネット環境であれば、ストリーム映像が流せます。

(3)事例検証
 スポーツ中の突然死・傷害や怪我のため出場辞退、病気を克服した選手、ドーピング違反で裁判になった例、地域のスポーツ振興の成功例など多くの事例があり、授業教材として活用できます。ITの活用としては、記事の検索・関連事項の検索・関係者へのメールや電話などが可能です。便利だった具体例はオランダのスポーツ障害の記事についてメールで尋ねたら、関連記事や論文を多数紹介頂き、授業や卒論で使用できました。調べて、メールを出して、返事までが2〜3日という早さです。国内の事例については、多くを電話やメールで調査していますが、相手が特定できるメールが電話(なりすまし可能)よりも信用できます。

(4)携帯電話・メールを使った伝達方法の限界
 学生に大学用のメーイングアドレスの提供や携帯電話による出席・連絡、授業への活用が図られています。サイバー大学なるものが出現し、パソコンを使ったe-learningから携帯電話を使ったm-learningが授業そのものです。遠隔授業は学生のトップアスリートの授業を補うという点で魅力的です。携帯電話は相手を確認して出ない学生が多く、携帯メール・大学メールを読まない学生も多いため確実なコミュニケーションツールとしてのリテラシーが必要です。子ども達(小学生・中学生・高校生)が携帯を持った結果、学校裏サイト、プロフ、中傷メールなど道徳や倫理に欠け・クラスメートを平気で傷つける現状を見ると、事前の教育徹底が必要となります。

 教材や手法としてのIT活用は現在急速に拡がっています。教材の準備や実技を含めた大学教育にはITは便利です。一方で、ITツールを拒否する学生達も存在するため、IT道徳リテラシーが大変重要となってきています。


5.ITを用いた「スポーツ大学における授業」例

 スポーツについての理解には動画が必須であり、活字離れした大学生が短時間に理解するのに動画は大変有用です。バイオメカニクスやスポーツ動作学に関してはインターネット上で多くの動画が存在します。例えば、走動作に関しては授業で走動作を解説すると理解が深まります。実際に走ったり、机上で説明しても理解できない訳ではありませんが、動画は説明不要とも言えます。
 コーチングやトレーニング法では、短距離・長距離、スポーツ種目別の動画も数多く存在します。トップアスリートの実例もあり、学生や選手の走動作と比較すると欠点を自分で理解し、目標設定が容易となります。
 授業で用いたパワーポイントファイルなど(PDFに変換後)を学生も閲覧可能な共通ドライブに保存することによって、家庭学習(復習や試験前学習)に役立ったり、試合や就職活動で欠席した学生が授業を補う補助となります。
 スポーツ医学・生理学の領域はスポーツ系学生が不得意とする領域です。筋肉収縮のスライデイング説は専門用語の理解に時間を取られ、現象の理解できる学生は少ない状態でした。動画を利用するとこの問題が解決できます。San Diego State University College of Sciences のサイト(http://www.sci.sdsu.edu/movies/actin_myosin_gif.html)にある3D動画を授業の最初に紹介して、筋肉収縮を視覚的に理解します。その後、画像で筋肉構造や収縮蛋白質・ATPやカルシウムなどの要素を順次紹介します。最後に3D動画を再現すると、筋肉収縮の生理学への理解が深まります。解剖実習をバーチャルアナトミーとしてコンピューターシミュレーションで代用する案が提案される時代ですが、非医学系であるスポーツ系の学生が解剖・生理を理解するためにはITはもっと活用されるべきです。商業ベースでの高価なDVDを用いた教材やパワーポイントの資料も少しずつ充実してきています。
 スポーツ医療について、びわこ成蹊スポーツ大学においては2週間のインターンシップ実習で理解することは困難です。そのため、授業で動画やITの活用で病気の理解を深めることができます。例えば「ガンの運動療法」というテーマの授業には、インターネットを用いると良い教材が作れます。ガンを克服したアスリートとして自転車競技のランス・アームストロング(ベストハウスを含む日本国内の放送、アメリカの動画多数)、プロレスの小橋健太選手(blogやニュース)、スケートの井上怜奈選手(CM,国内外の放送)などを授業の最初で紹介すると、学生の目が輝き興味を持ってくれます。
 授業のすべてを紹介することはできませんがフィールド(現場)での情報収集を動画(ビデオ)で行って、コンピューターで分析し、その結果を現場にフィードバックすることは現代のスポーツでは当たり前の技術です。机上の空論ではなく、活きたスポーツ学の学びのためITは不可欠であると強調します。分析機器やソフトが使いやすく、安価になってきているため今後の発展が大いに期待されます。



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