特集 連携で学生を創る

「変われない大学」を超えて
現代学生の高度化した要求にどう応えるか
〜文教大学〜

若林 一平(文教大学湘南総合研究所長国際学部教授)


1.はじめに−最も怖い「変われたふり」

 冒頭からお叱りを受けるかもしれません。残念なことにこれまでの大学改革のすべてとは言わないまでも、その多くが国や社会からの外圧への対応としてしぶしぶ実施されたものです。しかしながら外圧への対応は目先の取り繕いはできるかもしれないけれど、こんなことばかり繰り返していては大学が本来備えていなければならない内容自体は空洞化していく一方です。
 さて、当事者である学生そのものに対して聞こえてくるのは嘆き節ばかりです。よく言われているのは「ゆとり教育」の弊害そして基礎学力の低下です。そこで視点を変えてみるとこれらはほとんど文明の進歩の結果と言ってもよいのではないでしょうか。文明の進歩が人間を怠惰にするという見方です。しかしここで180度方向転換して基礎学力の低下等々を嘆く前にまずは現代文明の進歩を素直にみとめてはどうでしょうか。現代学生の高度化した要求に大学が応えていないと考えてみるわけです。ここで大学を「大人」と読みかえたほうがいいかもしれませんが。
 コンピュータが普及していない時代には計算が得意というだけで皆から尊敬されました。今は違います。計算が得意では誰も相手にしてくれません。よりよい目標設定能力、問題解決のためのモデルづくりの能力がなければダメです。計算は機械がやってくれるからです。つまり文明の進歩はより高い教育目標を要求し、学生たちはその実現を、明確に意識はしていないかもしれませんが、潜在的・無意識的に要求しています。
 さらに困難な問題がわれわれ大学人に突きつけられています。基礎学力の低下もある意味で「貧困」や「空腹」という脅しが消えたせいかもしれません。「貧困」や「空腹」という脅しが消えたことは良いことです。一方で文明の進歩はより高い規範をも要求しています。こうした高い規範の実現はまだまだ遠い先でしょう。取り残されるのは若者達です。
 学生の要求は確実に変わったのに、大学はなかなか「変われない」でいるのが実態だと思います。だからこそ「変われたふり」は怖いのです。「変われたふり」をすることで「変わる」契機を見失ってしまいます。では「変わる」にはどうしたらよいのでしょうか。特効薬がないことは言うまでもありません。まずは当事者という枠組みからひとまず離れてみることです。これまでの当事者としての枠組みの外との連携。そこに何がしかのヒントが隠されているかもしれません。身近なところから二例ほど取りあげてみます。


2. 連携の例:その1
社会起業家に学ぶ:NPOの活用という選択

(1)接続教育において
 高校から大学への接続教育には歴史的背景があります。そもそもの始まりは特に「接続」を意識したものではなくて、入学前教育として高校から大学への要望に基づいて始まりました。推薦入試で合格の決まった生徒は年末から年明けの受験勉強の最も大切な仕上げの時期にクラスの緊張感に水を差しています。そこで高校から進学の決まった大学への要望によって、指定図書や英語の課題についてレポートの提出を入学予定の生徒たちに求めました。
 こうして始まった入学前教育は、やがて大学が主導して行われるようになり、大学入学後に必要とされる基礎学力を育てる接続教育へと進化します。ここで紹介するのは2006年に始まる文教大学国際学部における接続教育の例です。ここでの接続教育は高校と大学との架け橋という意味で「ブリッジ教育」と名づけられています。このブリッジ教育の教材の編集作業がNPOのJ-ENEP(日本教育ネットワークプロジェクト、理事長:柳生和男文教大学情報学部教授)に委託されました。
 教材はA4版で80ページのテキストからなり、このテキストを使って課題提出、入学直前の3月末に行われるスクーリング、入学後に義務づけられているノート提出までのブリッジ教育の支援活動が実施されます。教材全体は3部構成です。

第I部 近現代史重要事項20テーマ
第II部 English Key Words 100 for International Studies
第III部 国際学部の基礎数学

 上記の第I部は、日本史・世界史の区別なしに高校教育では手薄になりがちな近現代史に焦点を合わせて地理や公民の授業も踏まえ、国際学部入学生としての基本を学びます。第II部は英語一般ではなく国際理解を深めて国際問題を考える際に必要な100のキーワードを押さえています。
 ここでユニークなのは第III部の基礎数学です。基礎数学は関数の概念を中心に展開しており、選択分野として国際経済学や国際経営学を学ぶ計画のある生徒に向けて微分・導関数の課題が設定されています。
 NPOの理事でもある国際学部教授奥田孝晴さんによれば「教材で示した課題はもっぱら自力で解答するよりも高校の先生に相談したり友だちと一緒に考えることを想定している」と言います。要は単に知識をテストするのではなくて「討議しながら考える過程」を重視しているのです。
 今回の教材作成には文教大学の高大連携運営委員長の中條安芸子さん(情報学部准教授)が参画しています。さらに高大連携活動を共に進めてきた神奈川県立高校の先生方の知恵も借りています。こうしたネットワークの広がりは既存の枠組みを取り払ったNPOのもつ社会性・機動性によりはじめて実現しました。

(2)課外教育において
 NPOのJ-ENEPは一方で学生たちに課外教育の場も提供してきました。NPOの設立は2006年、子どもにあっては心と精神のケア(鍛える・癒す・育てる)を主体として不登校等の子どもが抱える問題の解決に貢献すること、大人達にあっては、こうした問題解決のための人材の育成を図ることを目指し、実際に茅ヶ崎市においてフリースクール「湘南マザーアース」を運営しています。理事長の柳生和男さんは「不登校・発達障害の児童生徒の居場所と学習、人間関係のスキル向上を目途に設立以来、延べ30名前後の子供を受け入れてきました。すべて学生のボランティアによるものであり、家賃の支払い等運営業務、教育課程の作成等すべて学生の主体的活動によって支えられています」と言っています。
 文教大学で恒例の年間行事になってきた様々な子どもたちを支援する富士登山。これもNPOが支えています。平成20年度から21年度には文部科学省委託事業「問題行動を抱える児童生徒への支援事業」で4泊5日の富士登山合宿を実施しました。20年度児童生徒参加者53名、学生参加160名、21年度児童生徒参加者41名、学生参加140名でした。不登校・発達障害・非行等の逸脱行為等の問題を抱える子供たちと寝食をともにして、様々な活動と富士登山を通して問題の解決を支援するとともに子供たちの居場所を創造する活動です。
 こうした課外教育の現場は学生たちに「社会起業家」という新しい生き方を伝える生きた教材をも提供していると言えるでしょう。


3. 連携の例:その2
歴史文化を媒介とした地域大学連携:茅ヶ崎の大岡越前祭

 茅ヶ崎市が主催して毎年四月に大岡越前祭が行われています。茅ヶ崎には大岡家の菩提寺・浄見寺があります。もともと茅ヶ崎の農地が大名家の1万石を支える豊かな「農」を育ててきたのです。大岡越前祭は2日間にわたって行われ、駅前コンサートや産業フェアのある「湘南祭」そして市長が越前の守に扮する「越前行列」がメインイベントです。
 この茅ヶ崎市最大の祭りの初日4月18日の浄見寺前のイベントの企画について市からの呼びかけで文教大学(湘南キャンパス)と慶應義塾大学(藤沢キャンパス)が企画運営に参加することになったのです。さっそく茅ヶ崎市・慶應義塾大学・文教大学の三者による共同企画会議が持たれました。
 文教大学は湘南総合研究所研究員・国際学部准教授の海津ゆりえさんがまとめました。コンセプトは「一万石の食卓」です。大岡家の年貢米を生産してきた豊かな農と農民を再認識する食と芸能のイベントを提唱したのです。茅ヶ崎産の米や野菜の即売、浄見寺前に移築されている古民家での手作り料理、学生サークルの歌・ダンス・和太鼓等の芸能は茅ヶ崎北部丘陵地の緑の屏風を背景とした特設ステージで披露されます。慶應義塾大学の提案はSFC政策研究支援機構の田中あやかさんが中心となってとりまとめ、地域と一体になり子どもも大人も参加できる地産地消(茅ヶ崎にちなんで茅産茅消)をコンセプトとしたものです。みんなに見せたいものなら何でも歓迎という「いろは四十七組」なるイベントを提案しました。
 大岡越前祭の当日はふだんは駐車場になっている浄見寺前の広場が解放され芸能パフォーマンスのための仮設ステージと市民参加のための車座ステージが特別に設営されました。芸能パフォーマンスには、文教大の和太鼓サークル「楓」、ダンスとアカペラには文教・慶應の両大学からそろって参加しました。車座ステージには慶應大のエイサーサークルが地域の子ども達と一緒に登場しました。
 今回実現した文教大学・慶應義塾大学の祭りの共同企画は江戸文化を現代に生かす形での「一万石の食卓」や「いろは四十七組」をコンセプトとするものでした。まさしく江戸の知恵を現代に、というわけです。
 ここで想起されるのは当協会事業普及委員会の今泉忠委員長が言う「その地域文化を育成してきた原因として、その地域の産業などの存在があることに気づくと、地域の問題について新しい連携教育が可能となる。つまり、産業と文化が融合した複合的な視点からの問題解決力の育成へと結びつくことが可能となり、また、因果関係について考えることも可能となる」[1]という問題提起です。今回の共同企画をその萌芽として、地域大学連携がさらに展開することにより「文化と産業の融合」へと進むことはむしろ自然な流れと言えるでしょう。あるいは、遊びや文化をキーワードとした社会起業家の出番と言ってもよいかもしれません。


4. むすび
次の連携へ:社会起業家への期待

 FDの問題は実に大学改革の本丸に位置しています。FDが解決すれば万事問題なしとまで言えるのです。多くの大学でFD活動の取り組みがなされています。授業アンケートの実施や各種セミナーの実施等はそれぞれ数値化されてFD活動の成果として報告されるのが普通です。実施率、回収率、セミナーの開催回数、参加教員数、等々により実績が示されます。しかし本当の内実は誰も把握していません。授業アンケートを10年も続けた結果、魅力的な授業が確実に増えてきたという保証はどこにもありません。肝腎の当事者たちがどこまで信じているのか疑わしいのです。言葉は悪いが数値の提示による「アリバイづくり」が先行しているように思えてなりません。
 しかしそうは言ってもFDについてはなかなか妙案が浮かばないのも事実です。そこで「連携」が案外一番楽な方法で問題解決に道を開いてくれるかもしれません。当事者である学生と当事者である教師とが向き合うことは大切ですが、そこに連携による第三者が関わることで当面する課題が相対化され意外な解決策が見つかるかもしれません。
 これまで、科学技術分野における研究開発型の起業については様々な試みがなされており、先進事例の蓄積もあります。しかし教育分野、考えてみればFDにおいてこそ、社会起業家としてのNPOとの連携を必要としているのかもしれません。そこにこそ大きな期待があります。

参考文献
[1] 今泉 忠: 連携で学生を創る. 大学教育と情報,
Vol.17 No.4, 2009.


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