特集 質保証と学生カルテを考える

東海大学「学生支援システム」の紹介
〜学生の質の保証のための教員・職員の活用事例より〜

1.背景

 大学全入時代の到来などの社会変化に伴い、学生の質も激しく変化し、学力、意欲、興味の対象など様々な面で多様化が進んでいます。また、社会からは専門的知識は勿論のこと、学士力・社会人基礎力なども備えている人材が要請されています。その中で入学者と大学、また卒業生と社会の間で生じるミスマッチは益々増大しています。このような様々な変化や大学の現状を認識し、建学の精神を核にした人材育成という大学の大きな役割を果たすため、学生一人ひとりの自己実現を支援し、同時に学生の質保証を担保していく仕組みが必要となっています。
 東海大学における学生支援は、従来から学科の学生の支援を行う指導教員制度が中心になっていました。しかし、学生の抱える悩みや問題も多岐多様に亘るようになり、一人の指導教員が従来の知識や経験、あるいは個人の努力に頼っている現状では、学生を十分に支援することが困難な状況になってきました。一方、基幹情報システムにある事務部門が管理する学生情報は事務遂行のみの利用に留まり、また、各部署が保持する学生指導・面談記録などについても部署間・教職員間での共有がなされず、教職員間の連携も十分でない状況でした。これらの様々な課題解決に向けて、組織的に教職員が一丸となり取り組むため、次の機能を備えた学生支援システムの構築を行いました。

○学内に散在する学生情報や指導記録等を集約する

○直接学生と接する教職員に学生の状態をできる限り正確に提供し、支援に有効活用する

○教職員が学生と関わった内容を記録し、関連する者の間で共有する

○全校舎の教職員が同じレベルのサービスを享受する

2.学生支援システム導入の経緯

 学内で複数の教育関連委員会から学生支援に関わる問題があげられたことをきっかけに「学生支援システム検討委員会」が2006年度に発足し、調査検討の後、提案書が提出されました。2007年度にシステムの試験利用を行い評価した後、2008年度に「学生支援システムプロジェクト」を立上げ、このプロジェクトが中心となってシステム構築を推進し、2009年度より稼働しています。プロジェクト関連の委員会・部署の役割は以下のとおりです。

3.東海大学学生支援システムの特徴

(1)導入規模は全学対象
 
学生支援は、大学が組織的に取り組むべき全学共通の課題であるとの認識から、全校舎全学部で展開するシステムとしました。なお、東海大学の規模は10校舎、21学部89学科・専攻・課程、学生数約30,000名、利用対象の専任教員数約1,200名、職員数約900名となっています。

(2)個人情報保護への配慮
 個人情報保護委員会と連携し、個人情報保護の立場から問題はないかの検証を行いました。

図 学生支援システムの画面例
図 学生支援システムの画面例

 学生には、学生支援システムの目的および学生情報収集時に同意された利用目的の範囲であることを明記した文書で周知を行いました。利用する教職員にも遵守事項を示し、毎年同意してもらうとともに学生指導記録の記載ガイドラインを示しました。

(3)利用者権限と教職員利用状況
 セキュリティの観点から、どの項目を誰にどの範囲で公開するかを制御する仕組みを組み込みました。これらを定義する利用権限表は、任用、役割、所属職務等により決定しました。また、1年目の2009年度は、教員の56%、職員の61%が一度以上本システムを利用しました。

4.学生支援システム活用事例とその効果

(1)学科職員による支援業務より
 以下では、本学湘南キャンパスにおける各学科の事務職員が、本システムを「学生の質の保証」に対してどのように活用できたかの事例を記します。学生の生活指導、学習指導、キャリア形成指導の支援を、学科教員と課題共有しながら向き合っている62名(教育支援センター学部支援課所属職員)の導入後1年間のアンケートデータに基づき報告します。

1)初年次生から院生まで幅広く支援

まず、この1年間でいつの利用が多かったかを図1に示します。最も多かった月は4月であり、図ではこれを100%としています。春秋各セメスタ開始時にピークがあり、また進級・卒業判定がある2月も利用頻度が高くなっています。また、どの学年の学生情報の利用が多かったかを図2に示します。各学年がほぼ同程度の利用頻度でしたが、特徴的なことは、いわゆる留年生である5年次生以上や、大学院も他の学年と同じ頻度で利用されていたことです。初年次学生ばかりではなく、大学院生までの幅広い層でほぼ均等に、きめ細かい指導のために本システムが活用されています。

2)問題解決ツールとしての活用

学生支援システムを利用した際のきっかけ、すなわち依頼元を整理した結果を図3に示します。学科事務職員本人の必要性からの利用が43%と最も多い一方で、主任、教務委員、指導教員からの依頼の合計が42%となっています。教員と事務職員が多元的な学生情報に基づき一緒に検討しながら、迅速に解決に至ったケースが多く含まれています。特に基礎学力不足、不登校といった問題を解決するための基礎資料として各種情報が活用されています。

図1 月別利用状況の比較
図1 月別利用状況の比較
 
図2 学年別情報利用頻度
図2 学年別情報利用頻度
 
図3 システム利用時の依頼元
図3 システム利用時の依頼元
 そこで、本システムの導入前と導入後では、事務処理の体感時間としておよそ何%作業能率が向上したか、すなわち迅速に課題を解決できたかを調査しました。図4の横軸は能率向上値(20%刻みで回答)を示し、0%は紙書類のときと変わらないこと、マイナス側は能率が下がったことを示します。また、縦軸は全回答人数が100%になるように凡例ごと標準化しています。特に、履修、成績等の項目ではすべての職員が大幅に能率向上を実感し、すべての項目(10項目)の情報利用において、作業能率が80%向上したと回答した職員が半数以上(縦軸の50%以上)でした。一部利用頻度の低い項目はこれまでと作業能率に変化がないとも回答しています。
 図5は本システムの導入効果についての結果であり、役に立った(非常に役に立った、少し役に立った)割合の合計は90%近くであることを確認できました。
図4 各学生情報におけるシステム導入前後の作業能率の変化
図4 各学生情報におけるシステム導入前後の作業能率の変化
 
図5 学生支援システムの導入効果
図5 学生支援システムの導入効果

(2)学科教員の組織的取り組みより
 本学では、2010年度からカリキュラムマップを作成し、各科目において身につく力・スキルを明示して、将来の自己実現に向けた適切な履修ができるための仕組みを提供しています。同時に、初年次教育科目(科目名称は入門ゼミナール等)を全学必修とし、学科教員が一人ひとりを丁寧に指導する授業も展開しています。
 初年次学生に関しては、学生支援システムの学生指導記録に面談の内容をほぼリアルタイムに記録し、学科内にて情報共有をするケースが増加しています。月1回程度の学科会議では学生情報の共有化にタイムラグがありましたが、上述の取り組みによって学生一人ひとりの問題点を早期発見し、速やかに質の高い指導の実践が可能となってきています。高等学校の職員会議といった場における生徒情報の共有化を、大学では学生支援システムの指導記録の共有化によって実現する指導体制は、特に初年次学生には不可欠と言えます。
 また、初年次の学生にとって、指導教員が自身の学習履歴などを理解している安心感は、相談しやすい雰囲気、信頼関係を作り出しています。さらには、4年後の学生の質の保証を担保するために、学習・生活ポートフォリオなどを活用した統合的なシステムの利用も一部で始まっています。

5.質保証の支援システムとして今後の課題

 運用2年目以降は、学生の将来の希望を叶えるためにも、キャリア支援への積極活用があげられます。本システムを利用して、キャリア関連科目、キャリア支援センター、学科等のすべてのキャリア担当者間の情報を学生指導記録にて強力に一元化していきます。面談履歴や就職活動状況を確認しながら、すべての担当者にて情報共有が十分なされた、一貫した質の高いキャリア支援、ならびに就業力の向上を推進していく予定です。
 一方、メンタル面などの情報共有のガイドラインの明確化も重要な課題です。現在は多くの教職員が学生指導記録の個人メモでその内容を記録・蓄積しています。今後は、倫理規定、個人情報の保護を十分配慮し、記録者ごとに個人差が出ないような記述内容、公開方法の標準化を行い、研修会などを通じてその活用方法を周知するなど、さらに学生支援に効果的なシステムを目指し充実させていきます。

文責: 東海大学教育支援センター次長
工学部動力機械工学科主任 押野谷 康雄

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】