特集 質保証と学生カルテを考える

ICTを活用した質保証に向けた取り組み
〜千歳科学技術大学〜

1.概要

 少子化・理科離れといった近年の社会問題の影響で、理工系大学への出願者減に歯止めがかからない一方で、科学技術立国としての日本全体で見ると、理工系出身の人材確保に対する社会的ニーズはますます高まる傾向にあります。こうした社会的な背景の中、理工系大学では多様な学力分布にある学生に門戸を開く一方で、学部4年間の教育課程を通じた人材育成と社会への質保証を図ることが求められています。
 大学の入口段階では、多くの大学で入学前教育や初年次教育での補習教育が実施され、eラーニング等のICT活用教育を通じた個に応じたきめ細かい学習支援を図る事例も増えてきました。千歳科学技術大学でも、平成11年からのeラーニングの取り組みを通じて、初年次基礎教育や専門基礎教育を中心に学生の在宅学習の支援を図り、学習面でのドロップアウトを未然に防ぎながら専門教育へと繋げる取り組みを実践してきました。入学前や初年次教育は高校の学習内容にも踏み込むことから、高大連携の枠組みを利用してeラーニングの教材整備も行っており、対象科目は英語・数学・物理・化学となっています。一方で、学部出口を見据えた場合、専門教育課程を含む学部4年間の授業環境全体を通じて必要な知識をきちんと修得させ、個々の学生の専門領域に照らし合わせた知識の展開を図ることが重要となっています。特に、社会や大学院への接続部分となる学部4年次には、研究室の指導教員との人間的な相互作用(寺子屋的な教育)に基づく人格育成を伴いながら、学生個々の指向性・専門性に応じたきめ細かい指導を行うことも重要と言えます。こうした理工系学部全体の教育理念を具現化するには、eラーニングによる学習支援のみならず、大学教育の基軸となる授業や卒業研究等での学習指導を含む全学教育内容に呼応したICT活用教育の実現が不可欠となります。
 そこで本学では、平成19年度より3年計画で、対面授業と課題学習(授業に連動した在宅学習)・自律学習といった全学教育内容を理工系知識の枠組みで共有するICT教育システムを構築し、全学教育課程の中での適用を通じて、入学から卒業に向けた学生個々の学習トレーサビリティを推進してきました。プロジェクトでは、理工系教育課程で教授すべき知識の体系化を図り、eラーニングによる自習や課題等の学習管理と授業支援システムによる授業の取得状況を、知識の獲得状況として共有できるICT教育システムの構築を図ることとしました。最終的には、学部4年間での学生個々の理工系の知識獲得プロセスの把握や学習指導のトレースを全学的に図り、各卒業指導教員が出口を見据えた指導を実践することで、社会に向けた学生の質保証を図ることを目指しています。またこの取り組みは、教員一人ひとりが自らの授業内容を学部全体の知識体系の中で見直すという点で、全学的なFDの推進にも繋がるとも期待しています。

2.FDに基づく理工系知識体系の整理

 本学では、FD委員会の下、数学・物理・化学(生物)・電子・制御・情報・光技術の分科会を開き、本学として教授すべき知識群を検討しています。現在、学部全体で約3,300近い知識ワードを4階層で定義して、授業設計・教材作成の際に活用しています(表1)。各科目担当教員は、大学で定義した知識群を参照して、授業で活用する・教授する知識を授業ポータル上に登録することとしており、この結果複数の科目で共有的に利用可能な知識項目の洗い出しが可能となっています。また逆に共有できていない知識の再確認も行うことができます。図1に示す例からは、講義で活用する知識を全学的に各教員に宣言してもらった結果、どの講義でも利用しない・教授しない知識が存在することがわかります。こうした情報をFD委員会(部会)にフィードバックすることで、改めて科目や知識の検討を行っています。さらに、情報メディア教育センターはこうした情報を参考にして、関係教員との調整の上、講義を補完するeラーニング教材の整備も心がけています。

表1 知識集のサンプル(化学)
第1階層 第2階層 第3階層 第4階層
一般化学      
  化学史    
    化学歴史  
      原子説/分子説
      アボガドロ数
      生物と化学
  原子・分子    
 
図1 知識集計図(知識をベースに参照する講義内容の検討)
図1 知識集計図
(知識をベースに参照する講義内容の検討)
 こうした知識と科目の繋がりを定義した結果、知識を介した科目間の繋がりを視覚的に表せるようになりました。全学的には、学習者自身がこれから履修しようとする科目と過去に履修した科目の成績の関係を色で示す学習トレースの機能を公開して運用しています(図2)。さらに、この機能を利用することで、科目の取得状況に応じて得られる知識の獲得情報も表示でき、アドバイザリー教員による学習相談の中で試行されています。学生自身の主体的な利用では、学部2年次に行われる学科配属に向けた科目調査や専門科目群での選択科目の履修の際に多く利用されています。
図2 知識を介した学習のトレーサビリティ
図2 知識を介した学習のトレーサビリティ

 本学では、全学的に定義した知識をeラーニングの教材と関連づける取り組みも行っています。これは形態素解析やオントロジーなどの情報技術を活用することで、ある程度自動的に絞り込めるので、情報メディア教育センターを中心に素案を作成して、担当教員に監修をお願いする形で整備しています。この結果、授業担当の教員は、より簡便に宿題に相当するeラーニング教材を探し出せるようになってきました。この学習状況はすべてLMSで管理されているため、授業以外の学習時間や取り組み状況(演習の達成度や教科書の閲覧回数等)を一元的に把握できるようになっています。
 なお、授業に関する情報としては、複数の科目において、出欠情報やレポートの提出状況(点数)がポータル上で電子化されており、さらに一部科目では、Web上で試験を試行する事例も始まっています。この結果、成績に関係する情報(宿題・課題点、出席状況、試験の成績)をすべてポータル上で集約して、これに基づき成績をつけると同時に、その内容(論拠)を学生にフィードバックする(開示する)事例も生まれています。ただし、こうした取り組みは教員の負担もまだ大きく、あくまでも試行段階にある状況です。

3.学生総合カルテへの拡張(人間力の扱い)

 理工系の知識を科目ごとに扱っている中で、本学でも学士力で規定される知識以外の力(いわゆる人間力)の扱いが中心課題になっています。キャリア教育については、キャリア形成プログラムやプロジェクト型学習を通じたコミュニケーション力や問題解決力の育成を学習目標に進めています。また、情報系リテラシー教育を通じた情報収集や文章構成技法等のアカデミックスキルの扱いにも力を入れています。このため、平成21年度からは人間力に関連する学習事項(スキル)について社会への質保証上極めて重要な内容と位置づけ、共通の言葉の定義化を行いました。現在、プロジェクト系の科目や実習・実験を通じて、幾つかの科目で人間系のスキルを参照する事例も出てきました。また平成22年度は、キャリアセンターが行うキャリア形成プログラムに参加する学生を中心に、自己申告で達成度をカルテ上にポートフォリオとして入力させる取り組みも開始しました。
 なお、一部のキャリア形成プログラムでは、教員サイドでも学生が達成できた状況をカルテ上に登録する取り組みを試行しようとしています。一連の情報は学生総合カルテにて共有化されており、これを用いて学生一人ひとりの人間力育成に向けた実効的な支援を図っていきたいと考えています。
 本学で進めている学生総合カルテの自由記述欄の扱いについては、アドバイザリーの担当教員と職員が学生と面談した際、特記事項を中心に記載をしています。特に教職員で共有することが多い内容に、学生相談に関する事項があげられます。部局内で共有した方が良いと判断した事項はカルテに概要を書くようにしています。一方で、メンタルな部分に触れる内容については、「面談記録あり」という事実のみを記載して、詳細は直接問い合わせるといった使い方をしています。最も日常的に利用されているのは、就職指導に関するものです。本学の就職指導は、主に卒業研究の指導教員と就職担当部局の間で情報共有を図りながら進めています。そこで指導教員には、該当学生が研究室配属後に、学生カルテの最大限の閲覧権限を付与して、低学年からの様々な情報を閲覧してキャリア支援に活用してもらうようにしています。特にキャリアセンターでは、就職に関する学校推薦の推薦面談の際に得られた指導内容を取りまとめて、学生カルテを通じて指導教員に渡しています。部局の教員・職員・指導教員の密接な連携プレーにより、タイムリーに学生に就職指導する事例は、情報システムとしての学生カルテならでは利用方法と考えています。
 学生総合カルテの閲覧権限については、各部局の代表で構成される実務委員会を中心に規定し、教授会の承認を経て運用しています。プロジェクト開始当初は、教員間でかなり慎重な意見が多く、教員が閲覧できる権限は少なかった状況でした。一方、運用後3年目に入った現在では、部局内での情報の共有を図れると同時に、上記のキャリアセンターのように、部局の情報を一般の教員との間で共有しながら学生指導を図る事例も生まれており、試行を通じた教職員の意識合わせが重要なプロセスであると感じています。

4.最後に

 本学が進めてきた学部教育での理工系の知識の体系化は、教員一人ひとりが入口から出口に向かった教育課程全体のカリキュラムを意識する機会を提供した点で意義深いと考えています。一方で、こうした体系化の取り組みを社会(企業)にアピールする度に、人間力に呼応するニーズの高まりも感じます。人間力は、各授業で個別に評価するべき事項というよりは、大学としての達成度を定義して、これを複数のキャリア系科目で共有することが望ましいと考えています。また、学生自らの活動による「気づき」と教員の評価を通じた「気づき」の両面からの対応を図ることが大事とも認識しています。こうした複合的な対応を図る上では、教員・学生双方で共有できる学生カルテの活用は今後ますます重要になると期待しています。

文責: 千歳科学技術大学
総合光科学部教授 小松川 浩

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