人材育成のための授業紹介●社会情報学

社会情報の教育におけるICT活用
〜初等統計学の授業での活用事例〜

寺尾  敦(青山学院大学社会情報学部准教授)

1.はじめに

 青山学院大学社会情報学部は、情報化社会で活躍できる文理融合の人材を育成することを目的に、2008年にその歩みを始めました。本稿では、私が担当している「統計入門」という科目を例に、社会情報の教育においてICTをどのように活用しているのかを紹介します。複雑な情報化社会を理解するためには、データ分析のリテラシーは必要不可欠です。統計入門は、こうしたリテラシーを育成するための、1年生の必修科目です。上級の学年で学ぶ、経済データ分析、社会調査、心理学実験、Webデータ解析などの基礎を形成します。
 統計入門の授業でICTを活用するには、本学部での人材育成に関連した二つの理由があります。第一に、情報化社会で活用できる人材育成のためには、情報系の授業科目だけでなく、統計入門を含む他の授業科目でもICTを積極的に取り入れることが望ましいからです。なるべく多くの時間、多様な文脈で、ICTに触れてほしいと考えています。第二に、ICTを活用することで、いわゆる文系学生の学習を援助できると考えるからです。文理融合の人材育成を目指した本学部は、その名前から理系学部のように思われますが、実は文系型の入試で入学してきた学生の方が多いのです。こうした学生はしばしば数学に苦手意識を持ちます。統計学の理解を深めるためには、テキストを用いた理論の解説と問題練習に加えて、ICTを活用した学習援助が有効であると考えています。

2.Excelでのシミュレーション

 統計学の教育では本物のデータを用いることの重要性がしばしば主張されます。例えば、American Statistical AssociationのGAISE(Guidelines for Assessment and Instruction in Statistics Education)プロジェクトは、大学での統計入門コースに対する六つのrecommendationsのリストに、Use real dataという項目を含めています[1]。本誌Vol.16 No.2の「教育事例紹介:統計学」では、複数の教員がこの重要性に言及しています[2][3][4]
 統計学の教育で本物のデータを用いることの重要性はもちろん認めます。しかしながら、その一方で、性質が明確な人工データを用いたシミュレーションも重要であると考えています。例えば、母平均が等しい二つの母集団から標本抽出を行い、母平均の差の検定を有意水準5%で100回繰り返す、というシミュレーションを行うと、5回程度は帰無仮説(二つの母集団平均は等しい)が棄却されてしまうということがわかります。
 Excelを用いれば、こうしたシミュレーションを簡単に実行することができます。統計入門では、授業中での実習課題あるいは宿題として、Excelによるシミュレーションを取り入れています。VBAを用いると、さらに柔軟なシミュレーションが可能になります。例えば、標本の大きさと標本抽出回数を入力して「実行」ボタンを押すだけで、標本平均の分布をヒストグラムで表現する、といったシートを簡単に作成できます。シミュレーションのためのExcelファイルは、以下の授業用Webサイトからダウンロードできます(授業の都合のため、公開していないときもあります)。
http://homepage3.nifty.com/~terao/lecture/aoyama/intro_stat/intro_stat_top.html

3.携帯端末を用いたインタラクティブな授業

 統計入門の授業ではiPhoneを活用しています。青山学院大学社会情報学部では、学部に所属するすべての教員と学生にiPhoneを配布しました。

図1 C-Learningでの科目トップページ
図1 C-Learningでの科目トップページ

 授業でiPhoneを利用する目的はいろいろありますが、もっとも重要な目的の一つは、インタラクティブな授業の実現です。iPhoneのような携帯端末を使用した授業を支援するシステムとして、私はC-Learning(http://www.c-learning.jp/)を利用しています。このシステムを用いると、アンケートや小テストをWebに用意し、学生がiPhoneからそれにアクセスし、教員は結果をフィードバックするという、インタラクティブな授業を実現することができます。図1は、iPhoneのブラウザでアクセスしたC-Learningでの統計入門のトップページです。
 統計学を学ぶ目的の一つは、批判的思考力を高めることであると考えています。例えば、自分を含む身近な人たちの意見が世論調査の結果と大きく異なっているとします。このとき、世論調査の結果に疑問を抱くだけでなく、身近な人たちの集合は無作為標本でない(よって、無作為抽出による世論調査の結果とは異なるかもしれない)ということにも、すぐに気がついてほしいのです。
 無作為抽出について学習することで、こうした気づきに変化が生じるかどうかを、C-Learningのアンケート機能を用いて調べました[5]。授業の最初に、ある新聞投書意見をコピーして配布しました。この投稿者は、要約すると、「定額給付金に関する身近な人たちの意見が世論調査の結果と大きく異なっている。世論調査はおかしい。身近な人たちとの会話の中に本音が表れるのだと思う」ということを述べていました。学生には、この投書意見にどれくらい同意できるかを、6件法で回答してもらいました。続いて、無作為抽出についての一般的な説明をおよそ20分間行いました。説明の後で、同じアンケートにもう一度回答してもらいました。学習前後での同意の程度を比較すると、投書意見に批判的な方向へのシフトが認められました。
 2回目の質問が終わった後で、アンケートの結果を学生にフィードバックしました。学習による変化を示すこうしたフィードバックは、学習成果の可視化に役立つと考えています。

4.セカンドモニタとしてのiPhone

 統計入門の授業を行っているPC教室では、学生が使うことのできるモニタは一人1台です。そうすると、電子文書の形式で用意された授業資料を見ながらPCを用いた実習(例えば、Excelを使った実習)をするとき、資料を表示したウィンドウと実習のためのウィンドウを切り替えながら実習を行うことになります。これはしばしば煩わしい作業になります。
 そこで、iPhoneをセカンドモニタとして使用するということを試みました。具体的には、Excelを用いた実習を行うとき、資料はiPhoneで閲覧し、PCの画面はExcelのためだけに用いるということを行いました。PCモニタに比べればiPhoneの画面は小さいですが、通常の携帯電話よりは大きく、PDFなどの電子文書を読むのに十分な大きさがあります。文書の拡大・縮小も簡単にできます。
 Excelのピボットテーブル機能を用いて度数分布表を作成するという課題を使って、セカンドモニタとしてのiPhoneの使用が、学生にどれほど支持されるかを調べました[6]。PCのモニタだけを使って学習する方法と、iPhoneをセカンドモニタとして使用する方法を、いずれも学生に経験してもらった後で、次に行う類似の実習課題ではどちらの方法を採用したいかを尋ねました。セカンドモニタとしてのiPhoneの使用は、およそ4割の学生に支持されました。無線LANに接続するための設定が必要であるなど、iPhoneの支持を引き下げる要因がいくつかあったにもかかわらず、これだけの学生に支持されたのはiPhoneを使う意味があったと考えています。

5.予定している新たな試み

 今後予定しているICTの活用法の一つに、Twitterの利用があります。ご存じのように、Twitterは140文字以内でつぶやくというだけの単純なものです。しかし、これにはいろいろな使い道がありそうです。社会情報学部でのTwitter利用のために、aoyamassiというアカウントを作り、つぶやき共有のためのサービス「ついっこ(twicco)」に登録しました。どなたでもフォロー歓迎です。
 Twitterは、学習者の状態を把握し、何らかの教育的介入を行うためのツールになると考えています。例えば、授業中に質問をつぶやいてもらって、学生の理解状態をリアルタイムに把握しながら授業を進めるという使い方を考えています。日本の学生は、授業中に疑問点があっても、手を挙げて質問しません。そこで、Twitterを使って、わからないことがあったらどんどんつぶやいてもらうということを考えました。予習や復習の時にもTwitterは活用できます。Twitterを使えば、電子メールで教員に質問するのと違い、質問や回答をすべての履修者と教員で共有できます。質問に対しては、教員でなく学生が回答してもよいでしょう。このような、教員と学生の間でだけではなく、学生と学生の間でのコミュニケーションが生じることもねらっています。慶應義塾大学SFCでは、授業とTwitterを組み合わせることで創発的コミュニケーションを促進しようとする、sfcnoteというプロジェクトが立ち上がっています(http://sites.google.com/site/sfcnote/)。
 Twitterの別の活用法として、iPhoneから動画配信を行うTwitCastingというサービスを利用して、授業を動画配信するということも考えています。受信する側は、動画を見ながら、Twitterでつぶやくことができます。授業を動画配信すれば、学生は必ずしも教室にいる必要はありません。病気などで授業に出られないときでも、授業に「出席」することができます。動画配信は学生にやってもらおうと考えています。
 統計入門だけでなく、他の授業でもTwitterを使う予定です。例えば、ゼミナールにおいて、卒業研究に向けてのアイデアをメモする、そのアイデアについて議論する、論文のレジュメ作成を行う、といったことに使いたいと考えています。

参考文献および関連URL
[1] The GAISE Group: GAISE college report.
http://www.amstat.org/education/gaise/GAISECollege.htm, 2005.
[2] 山口和範: 情報技術教育の中でのリアリティのあるデータを活用した統計教育. 大学教育と情報, Vol.16 No.2, pp.7-9, 2007.
[3] 渡辺美智子: 統計教育におけるマルチメディア教材の活用〜whatからhow、whyの統計教育へ〜. 大学教育と情報, Vol.16 No.2, pp.10-12, 2007.
[4] 二宮智子: 統計教育におけるe-Learningシステムの活用. 大学教育と情報, Vol.16 No.2, pp.13-15, 2007.
[5] 寺尾敦: 統計リテラシー教育における携帯端末の利用. 教育情報システム学会研究報告, Vol.24 No.6, pp.76-79, 2010.
[6] 寺尾敦: 統計学の授業でのセカンドモニタとしてのiPhoneの使用. 情報コミュニケーション学会第7回全国大会発表論文集, pp.4-5, 2010.

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