人材育成のための授業紹介●観光学

観光学におけるICT活用

小濱 哲(横浜商科大学貿易・観光学科教授、教務部長)

1.本学における観光教育

 本学は商学部の単科大学で、その中に商学科、経営情報学科と貿易・観光学科が設置されています。創設は、戦後の混乱期にあって、商業都市横浜でこれからのビジネス社会を担う高度職業人を育成するために創られた大学です。貿易・観光学科は、横浜らしい学科の設置となっており、4年制大学としての観光学科の設置は、立教大学に次いで2番目となっています。定員は300名で、昨今の18歳人口の減少傾向を受けて各大学が定員確保に苦慮している中、来年度の本学への志願者数は幸いなことに増加しており、競争率が上がる傾向を見せています。プロパーの教員は5名で、そのうち2名は旅行業系観光コンサルタント、宿泊業の実業界より招聘した教授です。

写真1 空港にて

 カリキュラム的には、1年次に簿記が必修となっていることが商学部らしいところで、語学や、コンピュータ、リベラルアーツを学びながら、各専門科目を履修する仕組みになっています。観光学の守備範囲は広範に亘りますが、いずれも現場の科学と言われるような、社会現象を対象とする分野です。基礎的な科目として観光事業論や観光市場論を学びます。観光産業に対応する部分では、宿泊業、旅行業、運輸業を中心として付随する飲食業や流通業等も扱い、国際ホテル経営論、旅行業論、料飲ビジネス論などが展開されます。観光客を受け入れる地域(いわゆる観光地)の地域振興を扱う分野としては、各種の計画論や地域・都市観光論、宿泊事業投資・運営論などが用意されています。ゼミは2年次後期からで、必修科目ではありませんが、他学科の学生も履修可能となっており、多彩なスキルを持った学生が集まってきます。

2.観光学の教育現場におけるICTの活用

 観光学では、実際に経験することが理解を深めていくことにつながってきます。例えば、地理歴史といった基本的分野では、実際に各地を見聞し自分の目で見て感じることが重要ですし、宿泊業系でしたら、実際にその施設を見て可能であれば滞在し、評価していくことが大切です。運輸系にしても、実際に日本丸や飛鳥IIを見て船内を散策し、可能であればクルージングを経験できれば最高です。同じことは寝台特急カシオペアやオリエンタル急行にも言えます。スイスのスキーリゾートの話であれば、ツェルマットに滞在してマッターホーンを実際に見ている人とそうでない人では、傾斜の向きや斜度、コース長やリフトの張り方などといった話の理解度に差が出ますし、温泉観光の講義でも、ドイツのバーデンバーデンやイタリアの温泉の事例を知っているのと知らないのでは、考え方の応用能力に大きな差が生じます。
 ICTの登場は、現実に見聞が難しくても、ほぼ擬似的に体験することが可能となり、体験といかなくても、本や写真で紹介されるよりははるかに理解を助けてくれるようになりました。従来、スライドやパワーポイントの資料をプロジェクターによって映写したり、ビデオを活用したりすることが多かったのですが、コメントや解説をつけたコンテンツを開発したり、動画によってこれを説明したり、あるいは地図ソフトと組み合わせて現地とその周辺を紹介するなどの技法がとれるようになってきました。さらにこれをインターネット上で公開し、学生がモバイル端末を利用して講義中にブラウジングできるようになると、もはや教室を暗くしてプロジェクターを用いなくても講義が可能となってきました。受講している学生達は、予習や復習が可能となるばかりでなく、単元テスト等によって自分の理解度をチェックすることもできるようになってきました。
 観光学は現場の科学といったように、実際に見聞することに越したことはないのですが、それができにくい側面も持っています。ICT技術の発達は、こうした学問分野の理解を促進する原動力ともなっています。

写真2 講義中の活用

 さて、本職が観光による地域振興を専門分野とするために、ここではフィールドワークを含めた講義での活用について事例を紹介します。特にゼミでは、「農山漁村における望ましい地域振興のありかた」をテーマとしており、20年以上にわたって、全国各地の観光地を対象に、住民意向調査を中心とする70本以上の観光地調査を行っています。
 わが国の観光市場の主流が高齢化していることを背景として、講義の中にはユニバーサルデザインに関連し、観光地側で高齢者や障害を持つ人々に、健常者と同じような楽しみ方を保証する方策の研究があります。講義の中では、動画と静止画を組み合わせた10分から15分のコンテンツを90本制作しA’OMAIを用いて配信するe-Learningを行っています。各セクションの終了時には達成度テストを行い、各自の進捗も管理しています。テキストも作成し、受講生は、iPhoneとPC、テキストを用いて予習と復習を行い、講義を受けることになります。
 ゼミにおけるフィールドワークでは、研究対象地を決めた後、生活上の不便さや地域が観光に特化していくことに対する期待感などを住民意向調査(アンケート調査)の形で意見集約し、これを統計的に分析して観光による地域振興策を考えていくことを行っています。実地に行くまでの準備段階では、調査マニュアルや調査台帳等をホームページ上にアップロードし、学生がこれをブラウジングしたりダウンロードして利用します。現地では、調査員同士の連絡や本部との連絡、GPS機能を用いた現在地確認、写真撮影などに利用します。集計作業はPCを用いますが、個々の台帳管理や次の日のスケジュール等はiPhoneを用いて行っています。

写真3 フィールドワーク中の活用

 講義におけるICTでは、主に動画を利用していますが、私が現場で取材したことや象徴的な問題点について具体例を示しながら解説するので、単に黒板とテキストを利用した講義よりは格段に理解が深まっています。学生が街を歩いたり施設を利用する際に、自然に関心がバリアフリーに向くようになったと思います。フィールドワークでは、従来紙ベースで資料等を持ち歩きながらアンケート調査を行っていたのが、iPhoneを利用することで整理され、また地図による現地確認や通信でも利便性が向上し、調査効率が良くなっています。フィールドでは、学生自身が困っている内容を自分で解決しようとし、使い方を工夫して問題解決に当たっているようです。学生が社会に出たときに、こうしたフィールドでの活用は役に立つだろうと期待しますし、情報機器を使って、自分の問題をどのように解決していくのかの能力が養われていると感じます。

3.iPhone導入の背景と目的

 本学では、こうしたスマートフォンの機能と将来性に着目し、やがて時代がこのような機能と情報を使いこなす能力を要求するのであれば、学生時代に慣れてもらうことによって、学生が社会に出たときに、同期や先輩に対して比較優位性を持つ人材となってほしいと考えました。同時に、大学教育も時代の流れとともにシームレスな情報環境のもとで、e-Learningを用いた講義スタイルの開発をFD(Faculty Development)として進めなくてはなりません。
 本学におけるiPhone導入の目的は、第一に、ゼミ(選択科目)にも入らず、サークル活動も行わない学生等の「コミュニケーションの場づくり」を目指し、学生同士の情報交換によって、明るく活発なキャンパスを創造することです。第二には、講義提供側では、受講生個別の進捗を管理し、能力と受講生のスケジュールに適合した、個別の指導が行える管理方法を考案し、教育効果の最大化と受講管理や成績管理の合理化を考えました。第三に教育手法的には、講義等の提供に関し、これが双方向であることを前提とすれば、インターネットからの映像による講義提供と、これに連動するテキストのあり方、教室内での講義の適切性とタイミング、効果的な講義の内容等を立体的、相互補完的に進める方法について新しい試みを展開することです。
 教育の場におけるスマートフォンの導入は、教育を受ける機会を格段に広げる可能性を持っています。コンテンツがクラウド上にあるために、自宅や職場のPCでの利用ばかりでなく、通勤・通学途中の電車の中でスマートフォンを用いて学習を継続することもできるようになりました。ファーストフードの店内や駅構内のコーヒーショップで学習を続けることもできます。映像に頼らなければ、歩いている時にヘッドフォンを使って講義内容を聞くことも可能です。自分の空いている時間に、好きな場所で学習ができるということは、教育を時間と空間から独立させた、あるいは時間と空間を超えて教育が存在できることを意味しています。これは「学校や教室に行って授業を受ける」という、固定的な観念を根本から見直すことになりました。受講生にとっては、教育を受けようとするハードルが低くなり、日常生活の中に教育が入り込んでくることになります。教育を受けるということに対する構えが小さくなり、人々の知的好奇心を満たす手段として、e-Learningが定着する兆しを見せています。

4.課題と対応

 新しい教育方法を模索する中で、効果的で効率的な教材作成は欠かせません。教員の負荷が、一時的に増大することは否めませんが、教員間で映像資料の作成方法や、達成度試験や定期試験の提出方法に関して情報を交換し、また講習会などを開くことで技術的にも高いレベルを目指していきたいところです。観光学では、どのような講義内容のときにどのようなコンテンツでこれを説明していくことが効率的かが問題となります。
 根本的な問題としては、一方通行になりがちな情報提供の中で、学生とのコミュニケーションをどのように図っていくのかという点、テキストとコンテンツとの関係をどのようにバランスさせるのかの問題があります。e-Learningの利点は認めながらも、テキストの持つ一覧性は無視できないし、教室で学生の反応を見ながらその都度補足を加えたり事例を引いたりするテクニックは、プロの教員でなければできないことです。e-Learningとテキスト講義の適切な組み合わせが重要であれば、コンテンツの制作手法や内容を熟慮すると同時に、従来のようなテキストの書き方を改め、コンテンツを補足していくようなテキストに仕上げていく必要を感じています。
 観光学では、ICTが有効である故に、これからは、コンテンツ−テキスト−講義のどれか一つだけでは成立しないような授業を考え出していくことになると考えています。これを立体的な講義と呼ぶならば、ツールが多様化したことによって、受講生の理解速度が速まり、深度も深くなっていなくてはなりません。これからの時代、スマートフォンを用いた講義が普及していくならば、教員こそが保守的な講義スタイルを改め、新しいツールを使いこなして教育効果を高めていく姿勢を示す必要があると考えています。


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