人材育成のための授業紹介●観光学

空間情報分析を用いた観光学の授業の取り組み
〜立教大学〜

杜 国慶(立教大学観光学部准教授)

1.観光教育の意義と発展

 立教大学における観光教育の歴史は、1946年に開設された「ホテル講座」に遡ります。「ホテル講座」の誕生は、第2次大戦終了直後、学生達の「平和産業としての観光」への思いによるものでした。一方、1960年以降の可処分所得の増加を背景にして、世界では観光ブームが現れました。日本社会も高度経済成長期に入ってから、大衆観光時代が到来しました。特に、1964年の海外渡航自由化に伴い、海外旅行も次第に一般化してきました。観光分野の正規教育の社会要請に応えて、立教大学は1966年、社会学部産業関係学科に「ホテル観光コース」を開設し、翌年には日本初の4年生観光教育機関として「観光学科」を誕生させました。1998年、社会学部観光学科は発展し、独立した観光学部が武蔵野新座キャンパスに設置されました。さらに、観光現象自体の変貌や社会的役割の変化に対応して、2006年には従来の観光学科に加えて交流文化学科が新たに設置されました。このように、立教大学の観光教育は、社会と時代の変化に合わせて、最初の「ホテル講座」から2学科を有する学部まで発展しきました。

2.観光学における空間情報科学の意義

 観光というのは、人が移動することによって成立するもので、空間が欠かせられない基幹的な存在です。したがって、空間そして空間情報に対する認識、そして空間情報の分析能力は、観光現象を把握また研究するために必要とされる知識と能力でもあります。1960年以降の観光ブームに伴い、観光学の研究が系統的に進められてきました。さらに、その後のリゾートブームを契機として、観光学研究が1990年代前半以降まで増加しました。今日の観光学は、現象の展開の本質や法則的側面の探究が必要な段階にきていると考えられます。
 一方、空間概念を重視する地理学において地理情報システム(GIS:Geographic Information System)は空間情報分析の重要な手段として1930年代に米国で芽生え、次第に様々な分野で大きな成果を遂げました。1980年代の欧米で発展を遂げた地理情報科学は、1990年代になると日本でも急速に普及し、多岐にわたる分野に適用され、近年、観光業界での応用も注目されています[1]。GISはコンピュータに取り込んだ地図データや属性データを効率的に蓄積・検索・変換して、地図出力や空間解析、さらに意思決定の支援ができるように設計されたツールです。
 海外では、 1970年代の半ばからGISの分析法を重視し、観光学への応用を試みました。GISと観光情報のデータベースの構築、そして観光地計画との関わりに関する研究も展開されてきました。Butlerは、観光学の内容と特徴を考察した上、GISの観光学への適用する可能な機能を六つにまとめました[2]
 空間情報科学の内容は主に空間情報の1)取得と構築、2)管理、3)分析、4)計画・政策策定の支援、5)伝達、6)適用化研究にまとめることができます。そして、GISを用いる利点は、大きく三つがあると考えられます。まず、大規模なデータを効率的に処理することで、次いで、空間データの幾何学変換です。第三に、空間関係に基づくデータ生成などです[3]

3.授業内容紹介:「空間情報処理2」

 立教大学観光学部は文科系のイメージが強く、入学者も情報科学またはパソコン技術に高い関心をもっているとは言えません。しかし、デジタル技術の進化に伴い、観光分野にも観光情報を提供する携帯端末も普及し、空間情報分析の知識のみならず実践的に操作する技能をもつ人材が、情報化が進む社会の需要が高まっています。そこで、本学部では2007年とカリキュラム改編に伴い、必修科目「空間情報処理1」の講義のほかに、実践的にGISの技法と操作を勉強する課目「空間情報処理2」を開講しました。本科目は実習科目であり、有料なソフトを利用するため、受講者を25名と上限を設けています。受講者数は2008年度が23名、2009年度が25名、2010年度現在が22名となっています。
 科目「空間情報処理2」は、「空間情報処理1」で空間情報学の基本概念を把握した上で、パソコン教室で実践的にGISの仕組みと操作方法を学習する科目です。授業の内容は、GISの基本知識、そしてGISによる地図作成の注意点、統計データの地図化、地図の編集ツールなどから構成されており、最後に、学生がGISの技法を活用して、課題に沿って地図を作成してレポートを提出します。利用するソフトはESRI社が開発したArcGisであり、授業内容は以下のようにまとめることができます。

(1)GISの基本的な機能と操作

 地図情報はレイアとしてGISで管理されています。レイアをソフトで表示する作業「データの追加」から勉強を始め、地図に地名を表示する「ラベリング」機能と拡大、縮小、全体表示、検索などツール・バーで表示されている機能、およびマーク、色塗りを変更させる機能を勉強します。学生は新宿区の地図を利用し、様々なツールを試してみます。

(2)地図の基本要素と地図作成

 レイアの「プロパティ」機能を利用して、地図を編集します。主題図を学生に紹介しながら、地図の方位と縮尺、凡例、タイトルなどの基本要素の表示と編集を教え、最後に、学生が完成図を1枚作成して、JPEGファイルで提出します。

(3)地図と統計データの結合

 Excelの統計表はArcViewではそのまま通用されません。Excelの統計表をテキストまたはDBFファイルに変換し、ArcViewの結合機能を利用して、統計データと地図の空間情報の連動を実現します。授業では、東京都庁のホームページからダウンロードした東京23区の外国人登録者数のデータを23区の地図に結合し、棒またはパイなどのグラフで1枚の統計データを表す地図を作成します。

(4)地図レイアの編集

 本科目では、国土地理院が発行する既成の数値地図を利用するが、レイアのオブジェクトの編集を勉強します。市町村合併による区画の変化は、「マージ」(結合)などの編集機能の勉強材料として使います。

(5)地図の検索機能

 属性検索と空間検索の機能を利用して地図の編集機能を勉強します。事例として、日本市町村の地図を利用して、各市町村が共通する都道府県の所属情報から、一つの都道府県の市町村だけを選択して残します。

(6)オブジェクトのバッファリング機能

 駅を事例として、オブジェクトのバッファリング機能を勉強し、駅から一定の距離以内現れる施設を確認します。

(7)新規地図レイアの作成

 ArcViewの地図レイアは点、線、面の3種類に分類されていますが、本科目ではもっとも多く利用される点レイアの新規作成方法を伝授します。既存のレイアを参考に、インターネットの地図検索機能を利用して、ある種の施設の立地を点として新規レイアに落とし、属性テーブルに属性を入力します。事例として、豊島区のマクドナルドの立地を地図に落とし、席数、営業時間、駐車場の有無などの属性と結合して、立地による属性の変化を考察します。

(8)報告作成

 上記の勉強を踏まえ、学生各自がテーマを選定して、施設を示す点の立地に三つ以上の属性を付け、立地と属性の関係を探ります。

4.学習成果

 学習成果は、学生が提出した最終報告から分かります。2008年度の最終報告には、市町村レベルで地域を面で把握するが多いものの、公共または商業施設など点の情報と地域の面の情報を重ね合わせて、施設の立地要因を探る試みもありました。例えば、千葉県の百貨店分布を考察する際、百貨店の立地は駅の乗車人員数と関係しており、百貨店が立地する都市は習志野市を除いて代表駅の乗車人員数が10万人以上の都市であり、市川市は代表駅の乗車人員が10万人に達していないことがわかります(図1)。
 受講生からは、以下のような感想が寄せられました。

図1 2008年度受講生報告:千葉県の百貨店分布と市町村別代表駅乗車人員数

 今回この「空間情報処理2」を受講してGISというソフトのことを知れてよかったです。GISはただの地図ソフトではなく、地図に様々なデータを貼り付けることが出来、統計などの数字を扱った場合このソフトは色分けなども出来とても見やすく、わかりやすいソフトであると私は感じました。これからももし機会があればこのGISのことをもっと勉強して、ゼミの発表、さらに社会に出たときは様々なプレゼンなどで使っていきたいと思いました。

 2009年度は、受講者全員が点情報と面情報を重ね合わせによる新しい発見を試みました(図2)。GISに対する理解と認識が深まっていくことが分かります。

図2 2009年度受講生報告:豊島区の中学校の公私立構成
参考文献
[1] 杜 国慶:観光地理学における地理情報システム(GIS)の有効性. 日本観光研究学会全国大会研究発表論文集, 第17号, 25-28, 2002.
[2] Butler, R.W.: Alternative tourism: The thin edge of the wedge, in V.L. Smith and W.R. Eadington (eds) Tourism Alternatives: Potentials and Problems in the Development of Tourism, Philadelphia: University of Pennsylvania Press, pp.31-46, 1992.
[3] 石崎研二:GISを用いた大都市圏における土地利用変化の空間分析, 人文地理学, 54(2), p.82-82,2002.

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