特集 教育情報の公表

芝浦工業大学の情報公表への取り組み

石井 博文(学校法人芝浦工業大学 専務理事)

 積極的な情報公開については、中央教育審議会等で繰り返し指摘されてきました。具体的には、平成10年の「21世紀の大学像と今後の改革方策について −競争的環境の中で個性が輝く大学−(答申)」の現状の問題点と課題の中で、組織運営については、閉鎖的・硬直的であるとの批判がいまだに払拭されていないとし、情報公開や情報発信機能が不十分であるなどの問題点が指摘されています。さらに、私学助成という観点からも学校法人の経営内容が一層透明性の高いものとなることが求められることから、教学面及び経営面を通じて情報公開を促進していく必要があると、答申がなされています。
 また、平成17年に施行された私立学校法では、第四十七条において財産目録、貸借対照表、収支計算書及び事業報告書を作成し、監査報告書とともに各事務所に備えて置き、利害関係人から請求があった場合には、正当な理由がある場合を除いて、これを閲覧に供しなければならないとしていますが、積極的な情報公表に踏み込んでいませんでした。しかし、私立学校法の一部を改正する法律等の施行に当たっての文部科学省からの次官通知では、「今回の改正内容は、設置する学校の種類や数、規模等、学校法人の多様な実態を踏まえつつ、法律によりすべての学校法人に共通に義務付けるべき最低限の内容を規定したものである。したがって、各学校法人は、法律に規定する内容に加え、設置する学校の規模等、それぞれの実情に応じ、学内広報やインターネット等の活用など、より積極的な対応が期待される。」と学校法人理事長宛に通知しています。
 大学への進学率は50%を超える勢いであり、その約80%の学生たちの育成を私立大学が担っていること一つを考えても日本の高等教育において、私立大学が担っているその役割は極めて重要で高度の公共性と公的責任は重くなっています。その意味でも財務と経営(財務・経営情報)の透明性を図ることが必要で、財務状況や事業計画の経営情報の積極的な公開が求められています。本学でも早くから財務諸表をホームページで公開するとともにリーフレットを作成し、後援会(父母の会)等で理事会自らが説明してきました。
 大学設置基準においても改正が重ねられて、情報公開に関しても、成績評価基準等の明示等を始めとして次のように規定されています。

第二条
  大学は、当該大学における教育研究活動等の状況について、刊行物への掲載その他広く周知を図ることができる方法によって、積極的に情報を提供するものとする。(削除することが決まっている)
第二条の二
  大学は、学部、学科又は課程ごとに、人材の養成に関する目的その他の教育研究上の目的を学則等に定め、公表するものとする。(「定め、公表する」「定める」 に改められる)
   
第二十五条の二
  大学は、学生に対して、授業の方法及び内容並びに一年間の授業の計画をあらかじめ明示するものとする。
大学は、学修の成果に係る評価及び卒業の認定に当たっては、客観性及び厳格性を確保するため、学生に対してその基準をあらかじめ明示するとともに、当該基準にしたがつて適切に行うものとする。

 これを受けて、本学でも学則の条文の整備や、シラバス記載方法の改善を行ってきました。しかし、これらの法改正も公表という観点から見ると、総じて概念的あるいは包括的であったと言わざるを得ません。
 この情報公開(公表)が大きく変わったのは教育情報の公表に踏み込んだ法令の整備に他なりません。つまり、平成23年4月1日に施行された「学校教育法施行規則」で、大学の活動状況等を公表することが義務として求められることになったからです。このことにより、私立学校法で作成が義務付けられている「事業報告書」も内容や構成に変化が起こることは言うまでもありません。

第百七十二条の二 大学は、次に掲げる教育研究活動等の状況についての情報を公表するものとする。
    大学の教育研究上の目的に関すること
    教育研究上の基本組織に関すること
    教員組織、教員の数並びに各教員が有する学位及び業績に関すること
    入学者に関する受入方針及び入学者の数、収容定員及び在学する学生の数、卒業又は修了した者の数並びに進学者数及び就職者数その他進学及び就職等の状況に関すること
    授業科目、授業の方法及び内容並びに年間の授業の計画に関すること
    学修の成果に係る評価及び卒業又は修了の認定に当たっての基準に関すること
    校地、校舎等の施設及び設備その他の学生の教育研究環境に関すること
    授業料、入学料その他の大学が徴収する費用に関すること
    大学が行う学生の修学、進路選択及び心身の健康等に係る支援に関すること
  大学は、前項各号に掲げる事項のほか、教育上の目的に応じ学生が修得すべき知識及び能力に関する情報を積極的に公表するよう努めるものとする。
  第1項の規定による情報の公表は、適切な体制を整えた上で、刊行物への掲載、インターネットの利用その他広く周知を図ることができる方法によって行うものとする。

 このことから、大学の質の保証を確保する観点から教育情報の公表が義務化されたわけです。しかし、従来から大学設置基準で、「大学は、学部、学科又は課程ごとに、人材の養成に関する目的その他の教育研究上の目的を学則等に定め、公表するもの。」とされていますので、いわゆる「三つの指針(入学者受入れの方針、教育課程の内容・方法の方針、学位授与の方針)」に係わる情報を大学に理念とともに公表することは言うまでもありません。当然大学はこれらを学則で定め、入学希望者のために大学案内で公開しています。今回の法令の改正は、大学に関係の深いステークホルダーのみならず社会全体に対して広く公表するシステムを構築することを意味しています。公表することが目的ではなく、そのプロセスや教育情報の公表を通して教育改革を推進することが求められています。
 そこで、本学の大学改革への取り組みを通して教育情報の公表状況の一端を少し述べてみることにします。建学の精神「社会に学び社会に貢献する技術者の育成」を目標として工学教育の実質化を目指し、大学改革運動「チャレンジSIT-90作戦」を以下のように展開しています。

1. 各教学組織が自ら実施計画を策定し明示する
2. 実施計画に沿って施策を各組織が実行する
3. 年度の途中および年度末に自己点検する
4. 自己点検結果に基づき新たな行動計画を策定する

 この活動は学長の強いリーダーシップの下、2008年4月にスタートし、2010年度から第2ステージに入り、PDCAマネジメントの見える化とシナジー効果向上をテーマに三つの柱

基礎から積み上げる骨太な実践型技術者教育
大学の国際化と次代を担う人間力の育成
社会に役立つ教育研究とイノベーションへの参画

の実現に向けて、学長室を中心に行っている全学横断的な取り組み項目と各教学機関が独自に推進する項目をPDCAサイクルで回し、教育の質保証を担保することに注力しています。
 特に今回の教育情報の公表を受け、三つの方針における大学としての全体方針と各教学部門での方針を、下記のように策定・具体化し、定量的評価が可能となるような目標アウトカムズ(成果)を設定することにより、PDCAサイクルによる教育プログラム全体の検証・改善を行えるシステムを構築し、公表できる体制作りを目指しています。

1) ディプロマポリシー(卒業認定、学位授与に関する方針)
本学の教育目標である「社会に学び社会に貢献する技術者の育成」に必要な具体的学士力を示す定量的アウトカムズ(成果)の設定と、その卒業時の達成保証
2) カリキュラムポリシー(教育課程の編成方針)
アウトカムズ(成果)設定と、その評価インフラとしての電子ポートフォリオシステム(学生自己開発認識システム)の導入による、教育プログラムのPDCA化・見える化により、既存教育プログラムの改善点を明確にし、目標アウトカムズ達成可能な体系的カリキュラムを構築
3) アドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)
カリキュラムと整合性のあるポリシーの設定

 この教育プログラムのPDCA化と工学教育改革・実質化を推進する全学組織およびIR体制の整備、これを中心的に担う教職員の育成、および全学の教員の教育力向上を図ることを目的としており、その全体像を以下に示します。

三つの方針(ポリシー)の明確化・具体化

 電子ポートフォリオシステム(学生自己開発認識システム)構築と全学FDSD改革推進委員会の構築、および、これを中心的に担う教員の育成によって、全学教学IR体制の整備を行います。今回の法改正では、大学に対して情報公表を義務付ける項目として、入学者の数、収容定員及び在学する学生の数、卒業または修了した者の数並びに進学者数および就職者数など大学間の比較評価を容易にするために定量的な項目が多く含まれています。教育情報発信の義務化は、教育活動の実態を利害関係者の評価にさらすことになり、大学は評価結果を教育活動に何らかの形でフィードバックせざるを得なくなり、その結果教育水準の向上や教育品質の保証につながると考えられます。
 これらの情報は、今後、毎年度定期的に発信することが求められ、大学は、適確かつ平易な内容で情報を迅速に外部に提供できる仕組みを整備していくことが必要です。特に定量的なデータは、学内の各種情報システムに散在あるいはシステム上は存在していない場合が多いと推定され、大学においてはこれらの様々な教育に関する定量データを収集・整理し、統合データベースを構築していくことが必要になります。このデータベース構築と情報を収集・整理・加工する体制を組み合わせるIR(Institutional Research)の機能を充実・拡充が求められるでしょう。
 教育情報公表の義務付けが実施されると、大学はこのIR機能を担う体制整備や情報システム整備が必要となります。特に情報システムはこれまでの個別事務効率化や教育活動等のIT化の視点ではなく、大学の教育目標や方針に沿って必要となるデータを作成し、一元的に管理する視点で全学横断的に整備することが必要です。教育情報の発信の義務化への議論を機に、各大学はあらためて自学の情報発信の実態を見直し、IR機能の整備強化とりわけ統合データベースを中心とした情報システムの見直しに取り組むことが一層望まれるでしょう。


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