人材育成のための授業紹介●リベラルアーツ

ICT活用による自発的学習者の育成

森本 あんり(国際基督教大学 哲学宗教学デパートメント教授)

1.はじめに

 国際基督教大学(ICU)は、60年前の創立以来一貫してリベラルアーツ教育を掲げてきました。その理念は、人文科学系や社会科学系だけでなく、物理・化学・生物などの理学系を含む全学生が教養学部に属するという一学部制に具体化しています。2008年度の改革では、この理念をさらに進化徹底させるため、学内に残存していた専門別入学定員を全廃しました。学生は、専攻を決めずに入学し、さまざまな学問分野に触れた上で2年次終了までに専攻を決定します。学部ごとに入学定員を定めてきた日本の大学制度の中では大きな冒険ですが、幸い学生たちにもよく理解され、好調な出発をすることができました。
 こうした制度的な表現とともに重要なのはその内実ですが、リベラルアーツ教育の目的の一つは、学生が自分で興味をもって学びを進めてゆくactive learnerとなることです。ICUではそのために従来もWebCTやBlackboardなどの授業支援ICTが使われてきましたが、現在もっともよく使われているのがムードル(Moodle)です。これは、毎週の授業の資料配付や課題提出、グループディスカッションや小テストから成績管理までを扱うウェブシステムで、学生も教員も居場所を問わず自由にアクセスすることができます。すでに国内でも多くの大学で採用されていますが、ここでは授業時間外における学生の能動的で自発的な学びの勧促という観点から、一つの使用例をご参考に供したいと思います。

2.ムードルによる授業展開

 ご紹介するのは、2010年秋に開講した中級レベルのクラスです。受講生は1年から4年までの57人で、他分野専攻が専攻学生より多く含まれていました。コース名は「キリスト教倫理」で、20世紀初頭のアメリカ社会にキリスト教が果たした文化的役割を問うものです。大リーグ野球選手から転身したある型破りな大衆伝道者を題材に、その背景となった禁酒法時代のアメリカにおける性役割や産業構造の変化、戦争とナショナリズムの問題などを通観しました。
 ムードルの典型的な画面は図1のようになっており、週ごとの活動を見渡すことができます。学生には、初回の授業で登録キーを教えて自分で登録させます。その登録者数に応じて教員がグループ数と課題図書を割り振り、サインアップの場所を用意しますと、学生は自分の興味に応じてそれぞれ所属したいグループを決めます。

図1 授業スケジュール概観
図1 授業スケジュール概観

 今回は受講者数が当初の想定を大きく越えたので、主テキスト以外にも課題図書を作って読ませました。主テキストはIndiana University Press から直接まとめて購入しましたが、その購入希望もムードル上で募ることができ便利でした。授業の最初には導入として参考となる映画を見せましたが、インターネット上にはその映画の詳細な解説や原作となった小説全文があるので、ムードル上にリンクを張って学生に示します。
 授業では、毎週1つのグループが課題テキストに基づいて40分から1時間弱のプレゼンテーションを行います。内容の整理と紹介だけでなく、そこから生じた疑問点を挙げ、クラス全員が考えるべきテーマの提示と説明をさせます。これに教員が補足説明や論点整理を加えた上で、討議へと移ります。午後3時から7時まで続く長丁場のクラスですが、綿密な発表の上に展開するディスカッションはしばしば教員の予想をはるかに超える深まりを見せ、終了時の学生は「たっぷり頭脳を使った」という充足感と疲労感をもって帰るようです。
 このように発表と討論の比重が大きいので、発表担当のグループは準備にかなりの時間を費やします。課題テキストを熟読の上、参考文献を渉猟して必要な情報を集め、そこから討論のテーマや骨子を組み立てるためには、授業時間外での学習が必須になりますが、学生たちはそのために何度も集まり、発表を練り上げていきます。ムードルでは、グループごとにディスカッションのフォーラムを開設することができ、メンバーの発言が記録されて蓄積されてゆきます。そこで教員に質問を出すこともできます。このフォーラムは、全員に公開、グループメンバーのみに公開、発言はグループメンバーのみだが閲覧は全員が可能、という3つのモードを設定することができます(図2)。
 発表前日夜までには、翌日の発表梗概をムードル上に公開させます。教員はこれをチェックして授業の戦略を立て、ディスカッションの論点や粗筋を練り、担当グループとの最終打ち合わせをした上で印刷へ回します。

図2 グループディスカッション
図2 グループディスカッション

3.自発的な学習意欲の勧促

 一方、ディスカッションの成否は、クラス全員が毎週の課題テキストをどれだけしっかりと読んで内容を共有できているかに大きく依存します。この点で大きな助けとなるのが、「小テスト」というツールです。教員は、主題的に重要で、かつテキストを読まなければ答えられないようなクイズを5つほど用意します。あくまでも学生にテキストを読ませることが主眼なので、あまり難しい内容にはしません。その形式には、○×式、多肢選択式、穴埋め式などがあり、画像や音声などを貼り付けることもできるため、工夫次第でいろいろと楽しめるクイズになります(図3)。

図3 課題テキスト確認クイズ
図3 課題テキスト確認クイズ

 学生は前日夜までにテキストを読んでこの「小テスト」を終えなければなりません。制限時間は30分ですが、中断・再開ができるので、生活の都合にあわせて受けることができます。また、設問ごとに答えを送ることができ、不正解の場合には1度だけやり直すことができます。その際の得点率は半分になりますが、解答後すぐにフィードバックが得られ、正解は課題テキストのどこを読めばわかる、ということも示されます。それによって、学生がテキストの読解をさらに進めることができるようになります。ちなみに、図1の右欄には、毎週のベスト3人とワースト3人の点数が掲示されており、これも学生にはよい刺激になります。
 ムードルではこれらがカテゴリーごとに採点されていきますが、学生は自分の得点をリアルタイムで確認することができるので、透明性も高まります。今回の授業の評点配分は「質疑や討論などによる授業への貢献度が4割、発題が4割、期末レポートが2割」でしたが、プレゼンテーションについては担当グループ全員に同じ評点が与えられることを伝えてあるため、学生自身による共同作業へのモチベーションが高められます。
 ムードルには複雑な採点システムが用意されており、私もすべてを理解して運用しているわけではありません。毎週の小テスト、プレゼンテーション、期末レポートにそれぞれ配点を定めますが、ディスカッションフォーラムにも配点できるので、教員の示す特定論題にコメントを求めて評価を加えることもできます。これらを総合計したものが成績になりますが、たとえば特に難しいテキストの発表を担当したグループには配点を割増する、などの加重をつけることもできます。
 以下の図4にこの授業に対する学生の評価を掲げます。「ムードルの使用は効果的だった」という設問では、64%が「強く同意」、36%が「同意」と、全員が肯定的でした。「学生参加の機会が十分であった」という項目についても、91.5%が「強く同意」、8.5%が「同意」と、全員が肯定的です。特に注目すべきは、授業時間外学習の大幅な増大です。毎週平均で12.5%の学生が「6時間以上」、20.8%が「4−6時間」、43%が「2−3時間」勉強したと答えており、それぞれ当期学内の平均4.4%、8.2%、21.8%に比べて格段に多くなっています。出席は取りませんが、79.2%が「9割以上」、14.6%が「8割以上」と答えており、これも当期学内平均の数字 64.9%、20.9%より好成績です。

図4 学生の授業評価
図4 学生の授業評価

4.課題と展望

 以上、ムードル使用の利点を挙げましたが、問題点もあります。まず、このような討論中心の授業では、議論の行方次第で教員の目論見がそのまま実現するわけではないので、どうしても時間配分にずれが生じてしまうことがあります。学生の評価にも、そのことを指摘する声が出ています。ただ、これはICTの使用如何とは直接の関係がなく、また基礎知識の階層的な積み上げを要する分野と異なり、学生の批判的な知の訓練を目標とするこのような授業では、さほど重要な指標ではないかもしれません。
 ICT使用にかかわるより本来的な問題点としては、便利さの反面である生活のネット浸食を挙げねばなりません。ムードルでは、学生のログイン状況が記録されるので、数日間活動していない学生に注意を喚起したりもできますが、他方教員も自宅で指導ができるため、熱心になればなるほどオンとオフとの境目が曖昧になり、真夜中でも授業の延長のようになりかねません。
 なお、学内サーバーのバックアップ体制にはくれぐれも万全を期す必要があります。ムードルには学生の発言から成績に至るまで多くのデータが集積されますので、技術的なトラブルがあると取り返しがつかず、授業運営そのものが崩壊しかねません。ムードルの使用法に習熟したスタッフの存在も貴重です。先にスキルを習得した教員が同僚に使用を勧める場合にも、個人的なサポートをするには限界があるからです。学内での調達が難しければ、学外専門窓口への問い合わせルートを確保するだけでもよいでしょう。
 ちなみに、昨年前半は研究休暇で米国カリフォルニア州バークレーに滞在し、同地の大学院で春学期の授業を担当しましたが、そこに用意されていたのもムードルでした。グローバルスタンダードとしてのムードルの位置づけを再認識した次第です。


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