教育・学習支援への取り組み

関西医科大学における教育・学習支援への取り組み

1.はじめに

 関西医科大学は、昭和3年に設立された大阪女子高等医学専門学校(後の大阪女子医科大学)を前身とし、淀川南岸の大阪と京都を結ぶ京阪電鉄の沿線に五つのキャンパスを持つ単科医科大学です。2011年5月1日現在、学部学生(医学部医学科)661名、大学院生101名(医科学専攻83、先端医療学専攻18)が在籍し、教職員2,850名(内、専任教員668名)が学習を支援しています。学部学生は、第1学年が牧野キャンパス(枚方市)、2〜4学年は滝井キャンパス(守口市)、5,6学年は主に枚方キャンパスで、医学教育モデル・コア・カリキュラムに基づいた6年間一貫教育が実施されています。

2.教育理念、方針

 本学は、慈仁心鏡、すなわち慈しみ・めぐみ・愛を心の規範として生きる医人を育成することを建学の精神としています。この建学の精神に則り、自由・自律・自学の学風のもと、学問的探究心を備え、幅広い教養と国際的視野をもつ人間性豊かな良医の育成を教育の理念として、以下の教育目標を掲げています。

3.教育改革や改善のためのプロジェクトや構想、学内の組織体制

 1983年にはじまり今年で29回を数える「医学教育ワークショップ」では、その時点で大学が直面している教育上の課題・問題を解決するために、医学教育の専門家を講師に招いて教員と学生がチームを作って共に意見を出し合います。ここで得られた成果は、翌年以降のカリキュラムや授業改善に反映されています。また、2004年より、新任教員教育ワークショップを開始し、新任教員および臨床実習指導医の教育能力の開発を行っています。さらに、2008年度には教育医長制度を導入し、卒前臨床教育の責任体制を確立して、きめ細やかな教育による良医の育成を目指しています。加えて、2003年度からは、すべての授業、実習について、学生アンケートによる教育評価を行い、その結果を各教員と科目責任者に伝えて教育の改善を目指しています。また、評価の高い科目、教員などを表彰することで、教育に対するモチベーションの向上が図られています。その他、要に応じて試験問題作成ワークショップ等が開催され、教育に必要なスキルの向上も図られています。
 教育に関する事項の企画・運営は主に教務部長および教務委員会を中心として行われてきましたが、本年より、学長主導の下、医学教育を専任とする特命教授を置いて学舎統合に向けて体制を強化し、6年制一貫教育の一層の充実が図られることとなりました。

4.ICTを活用した教育・学習支援の取り組み

(1)態度人間性教育へのICT活用

 本学では、建学の精神と教育理念に沿い、医学知識の習得に偏重することなく、医学生としての態度人間性、コミュニケーション能力の醸成を重視し一般教養科目や医学専門教育科目と並行して、コミュニケーション学や総合人間医学など、患者を視点の中心に置いた教育が取り入れられています。総合人間医学では、早期体験実習、患者エスコート実習、心肺蘇生実習、看護実習、医療面接・基本的臨床技能実習等を通じて、医師としての人間形成、正しい倫理観と暖かい人間性を持って患者に向き合う態度、および基本的な診療技能を第1学年から第4学年にかけて習得すると同時に、学生が実際の医療の現場に接したりシミュレーションを行ったりすることで「気付き」の機会を提供し、学習のモチベーションの維持や医学生として生涯教育に繋がる自学自習の姿勢の獲得を期しています。さらに、学生の気付きをそれだけに終らせずに、以後の学習に結びつけるためにミッションステートメントの記載、および自分がその場で強く感じたことを振り返る(reflection)ことで以降の学習や態度の改善に結びつけるためのSEA (significant event analysis)の導入を図りつつあります。用紙ベースによる試行結果にもとづいてミッションステートメント・SEAの入力、権限設定に応じた参照、指導教員のフィードバック、ポートフォリオへのデータ移出等が可能な学習支援システム (LMS;仮称MedCat)を開発し、昨年度から「医師不足地域・診療科枠」学生を主対象とした「医師不足セミナー」での利用をはじめました。

図1 学習支援システムを用いた課題提示(左上)、ビデオクリップ配信(右)、到達度評価(左下)を組み合わせた一例

図1 学習支援システムを用いた課題提示(左上)、ビデオクリップ配信(右)、到達度評価(左下)を組み合わせた一例

(2)臨床前医学教育へのICT支援

 臨床前教育では、まず、第2学年から第3学年の1学期にかけて基礎医学各科目の系統講義および実習が行われ、ひき続いて第3学年2学期から第4学年にかけて問題解決型臓器系統別チュートリアルを実施しています。
 第2〜4学年で開講されているほとんどの科目およびすべてのチュートリアルコースの電子シラバスが学内ネットワークを介して公開されています。また、基礎医学系のほとんどの科目で講義資料の大半を学内ネットワーク経由で配布することによる予復習の支援が行われ、その他ビデオクリップ配信による実習手技の理解の支援なども行われています。一部の科目ではオープンソースのLMSであるMoodleも活用されています。なお、第2学年では5年前から医学英語教育にe-ラーニングが活用されていますが、現在、今後の1〜4学年一貫の英語教育への拡充に向けて現用システムの効果検証を行っています。

図2 電子化シラバスの例(左:目次、右:コンテンツ)
図2 電子化シラバスの例(左:目次、右:コンテンツ)

 学内における学生の教材へのアクセス環境は2002年の牧野キャンパス学生用無線LANの整備を皮切りに整備が進み、2007年からはノートPCの所持が義務化されました。今年は、スマートフォンやiPadを用いて教材を利用する学生が増えています。VPNを用いた自宅・下宿等からの随時閲覧・利用も可能となっており、教育資源のユビキタス化が図られています。教材の一部(法医学、組織学等)は1999年からインターネットに公開されており本学学生に加えて、他大学等からも広く利用されています。
 問題解決型臓器系統別チュートリアルでは少人数グループで、提示される患者症例のシナリオに沿って問題点を抽出して討論しながら学習すべき課題を自ら発見し、自学自習によって解決していくプロセスを中心として、関連する臓器系統別講義を組み合わせた計26コースを履修して臨床実習に必要な医学知識を修得します。チュートリアルでは、シナリオの進行に応じて追加される診療データの逐次開示を電子シラバス公開サイト経由で行って診療プロセスの進行に応じたステップ毎での問題発見と解決・意思決定の体験獲得を支援しています。また、インターネット経由でのPubMed等を用いた文献検索、UpToDate等の2次資料の利用、電子ジャーナル閲覧等も可能となっており、根拠にもとづいた医療(EBM)に立脚した学習支援も図られています。

(3)臨床実習へのICT支援

 第5学年の1,2学期、学生は臨床22科全科ローテーション型の診療参加型臨床実習(クリニカルクラークシップ)に参加します。学生は少人数に分かれて各診療科を順次ローテートしながら教員の他に専修医、研修医、看護師、各医療技術職等で構成された診療チームの一員として、問題発見・解決・意思決定に参加し、医師となるための知識、臨床推論のための戦略、正しく実施するための技能および患者に向き合う態度等を習得します。そのために学生は診療データおよびチームのメンバーが診療録に記載した情報を共有する必要があります。そこで、電子カルテとそれに連携する診療画像や生体情報(バイタルデータ)システム等のデータ等を学生が患者情報の保護に配慮して閲覧するための機構を整備するとともに、実習の中心となる附属枚方病院では学生による記載機能を電子カルテに付与して学生のベッドサイド学習を支援しており、学生のアクセスは附属枚方病院だけで年間2万件を越えています。

図3 臨床実習時のデータ閲覧環境(上)と学生が参照する種々の診療データの例(下)

図3 臨床実習時のデータ閲覧環境(上)と学生が参照する種々の診療データの例(下)

 第5学年3学期および第6学年1学期の選択制臨床実習では、本学附属病院の希望の診療科に加えて大阪医科大学附属病院、近畿大学医学部附属病院、兵庫 医科大学病院他国内約50の学外診療実習施設および国外臨床実習施設(平成23年はUCSF、コロンビア大、バーモント大、レーバークーセン総合病院等6施設)から、各自の到達目標達成に適した実習先を数カ所選んでローテートします。学外臨床実習の充実に対応して、学外で履修中の学生をフォローするためのMoodle(英語版)およびMedCatが今年から用意されており、国外からの利用も可能となっています。

(4)教員支援

 大学情報センター医学情報処理室主催の講習会のうち年間30-50回を教材作成およびプレゼンテーションに関係する技法の講習に充てて教員の教材作成を支援しています。また高精 細TVビデオ会議装置を用いたキャンパス間の遠隔講義・セミナー・ カンファレンスが実施されており、これらの映像・音声を収録・編集しオンデマンド配信教材とする際には大学情報センターが全面的に協力しています。なお、Webベースの設問作成とマークシート自動採点が可能な問題作成支援システムも広く利用され、正答率・識別指数の出題者へのフィードバックが行われています。

5.他大学との連携の取り組み

 大阪医科大学との戦略的大学連携支援プログラム「淀川リバーサイズメディカルトレーニングサポートプログラム」では学部学生の基本的診療技能向上に向けて高精細TVビデオ会議を用いた医療シミュレータの利用指導や両大学合同のFD研修などが行われています。
 立命館大学との戦略的大学連携支援プログラム「理工医薬融合型ライフサイエンス高度専門教育システムの創成」では、ライフサイエンスを理解した高度専門人材の育成を目標として多様な事業が展開されており、講演会、セミナー、両大学合同のFD/SD研修、事業の企画・調整等が高精細TVビデオ会議装置と大学間連携用MCUを用いた中継システムを活用して行われています。また、本学が社会人大学院生等に向けて作成しオンデマンド配信中の大学院総合講義他約100本の映像教材が立命館大学でも利用可能となっています。
 大阪医科大学、近畿大学医学部、兵庫医科大学と本学は臨床実習の大学間相互乗り入れを実施しており、連携先大学の学生にも電子カルテの利用を含め本学の学生と同様の臨床実習支援が行われています。

6.問題点・課題と今後の予定

 近年、考えずに答えを探そうとする学生が増加しており、能動的な学習を基本とするチュートリアルやクリニカルクラークシップの際に問題が生じはじめています。知識を与えられること(spoon feeding)に慣された学生に自学自習の姿勢を早期に獲得させることが急務ですが、初年時教育を担当し最も重要な位置を占める牧野キャンパスの教員と他キャンパスの教員間の連携が十分ではありません。平成25年には牧野および滝井学舎が枚方新学舎に統合されることが決定しており、この問題の根本的な解決を含め、現在、学舎統合後の6年一貫教育プログラムの一層の充実に向けたカリキュラムの改革が進みつつあります。

図4  枚方新学舎(右)の建築予想図(左は隣接する附属枚方病院)
図4 枚方新学舎(右)の建築予想図(左は隣接する附属枚方病院)
文責: 関西医科大学
大学情報センター准教授 渡辺 淳

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