人材育成のための授業紹介●生命科学

多様な視点から立体的な思考を目指した統合授業への試み

竹内 潔(北海学園大学 人文学部教授)

1.文系学生への「生命科学」講義

 北海学園大学人文学部は、日本文化学科と英米文化学科の2学科で1993年に開設されました。
その文系学部で「現代科学論」−人間にとっての生命科学−という講義を始め、ヒトゲノムプロジェクト終了後に「生命科学」という名称に変更しました。この学部は、急速に国際化・グローバル化が進む現代では、単なる異文化理解では、物事を一面的にしか捉えられず、「多様な視点」から3次元的に捉える思考方法や、対応の柔軟性などを身につけた学生を育てたい、という趣旨で様々な専門科目が準備されました。日本語学、英語学はもちろんですが、歴史、思想史、文化史、宗教学や文化人類学などの講義も開講され、様々な学問分野から「人間」を考えることができる学びの体系が準備されています。その中で「生命科学」という医学、科学、人間学なども加味した総合的な「生命科学」を開講したのです。そこで科学的、論理的にものごとを考え、把握でき、根拠を示しながら事象の説明ができ、不明な点にも気づける学生を育てることを目指しました。文系の専門科目としての「生命科学」であり、純粋な実験系の科学とは大きく趣を異にしていることも、この科目の特徴です。
 この講義では、20世紀の科学と技術の猛烈な進展を紹介し、そこで取り扱う内容は「21世紀には、一層の科学・医学の技術発展が期待される中、人々の科学技術への理解と、旧来の『生命倫理』からみると“否定的”な分野での科学技術への依存傾向が急速に様変わりしている。人々の価値観がより多様化し、科学技術の進歩、発展の成果と生命科学の果たす根本的な役割と人間社会での調和が崩れはじめている。人間の従来の理性、創造をはるかに超えた現代の科学・医学の技術が、我々の身近で、どの様に応用されているのかを、最新の事例を中心に解説する。」としています。講義では、これまでに確立されたと思われていた知識、技術が、必ずしも一様な答えには到達しない様々な事例−生殖医療、遺伝子操作、エイズ、幹細胞など−について、学生の理解を助けるような教材(映像なども含めて)を提示しながら説明します。それらの事例について、現代医学・科学技術とその思想も含めて、人間にとっての「生命科学」という視点から問い直すという講義を続けています。こうした過程で、アメリカ医学誌に掲載された「Embryo EthicsーThe Moral Logic of Stem-Cell Research」[1]という論文が目にとまり、調べを進めると同じ著者による「The Case Against Perfection: Ethics in the Age of Genetic Engineering」[2]という著作もありました。著者は、NHK「ハーバード白熱教室」で有名になった、ハーバード大学の政治哲学の専門家サンデル博士です。このサンデル教授が、同じハーバード大学の生物学者メルトン博士(幹細胞の研究でも著名)などと頻繁に「生命」について議論しながら両方の論文を書き上げたことを知り、私が「生命科学」で目指している到達点に共通なものを感じました。

2.ICT活用と学びの成果

 「生命科学」の授業は、「生命誕生」から始まります。受講者は、毎年180人(2〜4年生)ほどで、授業は、シンクライアントで構成されたネットワーク接続PCが準備された教室で行われており、教室内でICT環境を存分に活用できます。また、学内外からLMSを利用することで「急激に変化している現代の医学・科学の最前線で最新の情報を自分で探り、疑問点を発見することで、それぞれの対象事象での問題点を事前に把握」することを受講生には義務づけています。そして、講義の助けを借りながら疑問点を解消し、後に理解を確認する、という学習体系がLMS上に準備されていることも講義概要に記載しています。
 現在利用中のLMS(本学での名称は、GOALS)[3]は、昨年度から新規に導入されたものですが、本学ではその前身LMSを前年度まで利用していました。そのため、学生にとっても従来のものに比べて、拡張性、利便性などは大きく進化したLMSの利用による学習支援効果は期待以上のものになりつつ有ります。しかし、システム的にはかなり巨大で、1年間で様々と試した学生支援ツールは限られていますが、その利用と活用による「生命科学」での教育改善効果について紹介します。LMS上の「生命科学」のページでは、各回の授業についての説明、資料(映像、資料スライド、参考図書、参考サイト紹介など)がアップされており(図1)、講義前に、次回の講義内容や、授業準備のための必要な指示等も確認できます。映像資料は、講義で使用予定の一部を予習のために準備し、解説のためのスライドを準備するなどで予習をする学生が増えています。また、それぞれの資料をどの学生が何度みたのか、可能なものはダウンロードして資料として確保したのか、それとも全く参照しなかったのかも数値として確認できます。現在は、それらのデータ蓄積も進んでおり、今後は学習効果と成績との相関関係についても分析する予定です。

図1 GOALS上に準備された「生命科学」の講義資料や映像

 この授業では、講義期間中に3〜5度の課題報告を義務づけています。LMSを利用しての課題報告で、授業の後半15分ほどを利用するものですが、短時間での報告なので、事前準備(ノート整理など)についても、追加の最新資料などを口頭でも紹介し、学生の意識喚起を促します。さらに、それぞれの学生の課題報告や、特定の調査課題へのレポート提出などを個人ごとにまとめてみました(図2)。提出されたものへの教員からのコメント、学生の提出時期が時系列的に整理できており、手作りの「生命科学ポートフォリオ」的な利用も可能になりました。個人の学習成果の検証と、その成長過程を総合的に捉えることが可能でもあり、大変に有用なツールとして利用できそうです。もちろん、学生個人も同じ内容のものを見ることができますので、学習者にとっても有益なツールになっています。授業中の書き込みには、即座に対応が難しいことが多いのですが、掲示板機能を利用することで、学生同士の意見交換や教え合いも、LMS上で可能になりました。

図2 GOALSのレポート提出機能を利用した「生命科学」プチ・ポートフォリオ

3.ICT利用による教育実践のための総合サポート体制

 本学では、現在のLMS導入前に、全学ポータルサイトが開設されました。このシステムとLMSのシームレスな統合によるICT活用が本学として目指しているものです。その過程で、全学統一LMSを定着させ、さらに教員の利用率向上、教材作成支援、学生の利用支援などの視点から、いわゆるヘルプデスクの存在は絶対条件でした。現在は、大学の中に学習支援システム課が新設され、その部分的な役割を担っています。しかし、本格的な教材作成、授業の撮影、TV会議のサポートなど用務は多岐におよぶこともあり、職員だけでは業務をこなすことが困難な状況です。そのため、業務委託による支援体制が必要ですが、その場合には、必要な技術や細部のノウハウ、加えて学生、教職員からのアイデア、疑問、質問、そして解決案などの日常的な対応記録を大学の財産として蓄積することが、後の設備更新、業務改善などにも必須です。
 現在、大学ではFD、SDという言葉だけではなく、実態を伴ったそれらの実践と成果が、目に見える形で結果として示されることが待望されています。そのためには、ICT活用の実戦サポート部隊と、学内外からの資金獲得のためのインテレクチュアルな部隊が、各大学で不可欠な存在となりつつあると実感しています。

4.教育成果の手応え

 これまでもICT活用による双方向的な学びの実践は、LMS利用の教員/学生間では一般的なことだ、と理解されていました。しかし、ネット上に準備された教材で「授業の予習・復習」を効果的にこなしてくれたかというと、まだ多くの問題点を抱えています。今回紹介した「生命科学」での取り組みは、ゼミなどの少人数でのICT活用方法を、比較的大人数の授業へ応用したことで、授業時間内での課題報告と、個人に課した「研究課題」へのレポート、それを個人ごとにまとめた「ポートフォリオ」的なものによって、学生個人が授業への参加意識を高く持つ様になり、学習意欲にも変化がみられるようになりました。今年度の講義で手にした最も嬉しかった成果の一つは、「エイズ」についての学習でした。3度の講義で、HIV発見の歴史から、ワクチン開発の苦労、HIV感染者の実態、日本のAIDS患者などの資料をLMS上にアップし、データを見ながら考えるためのヒントを授業の中でも伝えます。インターネット利用で、海外の資料も簡単に参照できることもあり、LMS上に仕掛けた質問窓口には、数多くの投稿があります。また、課題報告内容も含めて総合的には「HIV感染者も安心して暮らせる社会がある、というなら、早い時期に、学びの場で多様な生き方があると教えて欲しい。」という結論を引き出すことができました(図3)。つまり、学生たちは、小学校高学年のような早い時期からのエイズ教育(予防)の充実を実現して欲しい、と訴えているのです。こうした仕掛け運用は、確かに教員側の負担は多くなるのですが、掲示板機能などを利用することで、学生同士の学び合いへの転換も加えながら、学生と少し別の向き合い方も試してみたいと思います。また、年2回の全学一斉の授業アンケートは、携帯端末も含めてのネットワーク上での調査ですが、集計はリアルタイムでLMS上に表示され、すぐに授業改善へのヒントを手にすることができます(図4)。この集計と調査からの疑問点は、授業内で学生へ問いかけたり、説明したりすることが、次回のアンケート回収率アップと授業改善には必須です。これまではマークシートでのアンケート回収と集計でしたが、ICT利用でのアンケートと回収は、その後の集計データの学生への開示と説明をしっかりやることで断然と有効なものになるはずです。

図3 ICT活用による学習成果の一例
図4 LMS利用による授業アンケート

 こうしたICT活用による個々の授業と、大学としての教育方針、その実現のための教育支援体制は密接に連携していることが必要であり、ICTをより効果的に利用しながら人材育成を目指すためにも、教える側の人材教育も含めて、今様な「知の現場の再構築」が必要な時期にきているように感じています。

参考文献および関連URL
[1] Michael J. Sandel: Embryo Ethics−The Moral
Logic of Stem-Cell Research. N. Eng. J. Med.,
351, pp. 207-209, 2004.
[2] Michael J. Sandel: The Case Against Perfection:
Ethics in the Age of Genetic Engineering.
Harvard University Press, 2007.
[3] 富士通CoursePower
http://jp.fujitsu.com/solutions/education/products/coursepower/

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