特集 高等学校での情報科教育の実情と課題

石川県における教科「情報」の現状

鹿野 利春(石川県立金沢二水高校)

1.はじめに

 石川県と聞いてもピンとこない方がいるかもしれませんが、「金沢」「兼六園」「冬の北陸」などのキーワードを並べるとイメージが浮かんでくると思います。石川県は人口も面積も全国の1%であり、地方の平均的状況を反映していると言えます。

2.教科「情報」が始まった頃の石川県の現状

  石川県で教科「情報」を教えているのは、2000年〜2002年に「現職教員に対する認定講習会」で養成された先生方です。石川県の高校は全部で60程度ですが、石川県は3年間で160名の先生を養成しました。私も認定講習の講師として参加させていただいたのですが、ほとんどの先生方は希望して講習に参加されており、とても学習意欲が高かったように記憶しています。
 また、情報コースがある内灘高校を中心に「CAI・CMI研究会」が活発に活動していました。これが教科「情報」が始まってからは、「石川県高等学校教育研究会情報部会」に名前を変えました。全国の教科研究会の中では、最も初期から活動をしていたのではないでしょうか。
 この研究会は、総会と研究会を年に1回ずつ行い、それぞれに県外の大学の先生や、県内外の先生方をお呼びして教育実践を聞いたり、実習を行ったりしてきました。教科「情報」の先生は、学校でも数が少ないので、貴重な交流と研鑽の場として機能してきたと思います。
 2010年度(平成22年度)には第3回全国高等学校情報教育研究会を石川県で開催させていただきました。それはこのようなしっかりした組織と活動があったから実現できたものと思います。

3.現在の石川県の現状

 残念ながら現在の石川県は、あまりよくない状況にあると言わざるを得ません。他の都道府県でも同様の傾向が見られます。原因は次の四つにあると思います。

(1)教科「情報」を担当する先生の高齢化

 今年が2012年ですから、教科「情報」が始まった2003年から10年目になるわけです。情報の免許を取得された方も、早い人は退職されました。管理職として活躍されている先生もおいでになります。教科「情報」の免許所持者は減少しています。

図1 教科「情報」の先生の年齢分布

(2)情報の先生の採用がない

 石川県は、教科「情報」の先生を採用していません。数学や理科の先生で教科「情報」の免許も持っている方の採用はありますが、採用は数学や理科で行われます。(1)で減少した先生の補充が十分にできていません。

(3)情報の免許を考慮しない人事異動

 公立高校の教諭には必ず人事異動があります。石川県では教科「情報」の免許に配慮した人事異動が行われていません。このため、学校によっては免許所持者がいないという状況が起きてきています。一方、免許所持者が余っている学校も生じます。

図2 人事異動による免許所持者の局在

(4)新学習指導要領の実施による影響

 「理科では基礎を付した科目を3つ取らなければいけない」、などの理数重視の新教育課程は、科学技術教育の振興という観点からは歓迎すべきところです。しかし、皮肉なことに教科「情報」の先生のほとんどは、理科や数学の先生です。平成24年度から免許を持っている多くの理科や数学の先生方が教科「情報」を担当することができなくなりました。

図3 新学習指導要領実施による影響

4.誰が教科「情報」を教えているのか

 このような状況で、誰が教科「情報」を教えているのかを具体的な例で述べたいと思います。

(1)再任用〔1〕された教科「情報」の先生

 これは、生徒にとっても先生にとっても幸せな例です。先生の経験も活かされ、生徒が得るものも大きいと思います。先生の培われた経験が遺憾なく発揮されます。ただし、将来は不透明で継続性に問題があります。

(2)臨時的任用講師

 教員採用試験に合格していない方などが、調整の意味合いも含めて採用される例です。情報系の学部を出て、教科「情報」の免許を持っている先生もいれば、まったく関係ない学部を出て教科「情報」の免許を持っていない場合もあります。どの講師も授業には真剣に取り組みますが、元々持っている資質や能力には大きな開きがあり、生徒が受ける授業にも大きな開きが出ます。

(3)単位数に余裕がある教員が教える場合

 今回の教育課程変更で単位が増える教科・科目もありますが、逆に減少している教科・科目もあります。学校によっては、そのような教科・科目の先生が教科「情報」を教える場合があります。一度も教科「情報」を担当したことの無い先生が1年限りで生徒に教える例があちこちで見られます。問題点は(2)と同じです。

(4)免許を持った教師が教える

 これがあるべき姿なのですが、どんどん少なくなっているのが現状です。一方、学校によっては、必要以上に免許を持った教師が集まる場合もあり、教科「情報」を持ちたくても持てない状況も生じています。
 新学習指導要領で導入される「社会と情報」や「情報の科学」についての研修は、先生方の個人の裁量にまかされており、スムーズな実施に不安を感じます。

5.新学習指導要領導入の影響

 高校では、学年進行で教育内容が更新されますので、各教科の教科書が変わるのは、表1のようになります。

表1 学習指導要領導入の影響
教科等 2012 2013 2014 2015
理科・数学 1年 2年 3年 ×
         
情報 × 1年 × ×
その他 × 1年 2年 3年

 教科「情報」の免許所持者でも、専任の方はほとんどいません。数学と情報、あるいは理科と情報、家庭と情報などのように他教科と兼任の方がほとんどです。
 具体例として2013年に2年の担任をする数学の先生で教科「情報」と数学を持っている場合を考えてみましょう。この先生は、担当教科のほとんどの教科書が変わり、相当の負担がかかると予想されます。4で述べた再任用の方、臨時的任用講師の方、免許を持たない他教科の先生にも同様、あるいはそれ以上の負担が発生すると思われます。数学や理科であれば同僚の先生と相談して進めるということも可能です。しかし、教科「情報」の場合は小・中規模校の場合1人で担当していることが多く、授業に対する悩みを話し合う機会も少ないと思われます。

6.教科「情報」の科目選択

 このような状況は、教科「情報」の科目選択にも影響を与えます。図4は、石川県の教科「情報」における現在の科目選択と、2013年度(平成25年度)からの科目選択の予想を書いたものです。

図4 教科「情報」の科目選択

 現在は、情報Aが高いシェアを占めています。2003年の教科「情報」開始当時、情報活用能力を重視した「情報A」を採用する学校が多数派を占めました。その後に「情報C」に移行する学校は若干ありましたが、「情報B」に移行したのは、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定された高校の理数科1クラスのみでした。
 教科「情報」は、誰が持つかわからない。免許を持っていない人が、生まれて初めて担当する可能性もあります。このような状況で「情報B」や、その後継である「情報の科学」の選択が行われなかったものと思います。
 もしかしたら、生徒の実態や希望とかけ離れた科目選択を教師の都合で生徒にさせているかもしれません。情報社会を支える人材を育てるための機会を教師の都合だけで潰している可能性もあります。改めて考えてみると恐ろしいことです。
 新学習指導要領の解説には、「科目の選択は生徒の希望によることが望ましい」とされています。生徒が科目を自由に選択できれば、図4の割合は変わると思います。

7.教科「情報」に対する教師の思い

 先生方が、どんな思いをもって教科「情報」の授業をしているか考えてみました。

(1)兼任による影響

 教科「情報」を担当されている先生は、みな一生懸命に授業に取り組んでいます。教師としての「やらねばならない」という思いは強力です。
 しかし、数学や理科が好きだから、その道に進んで数学や理科の先生になったということは、教科「情報」の場合ありません。石川県では、情報の専任教諭は存在しないのです。
 これらを考えると義務的モチベーションは全員が持っているが、教科に対する愛着は教科「情報」ではない教科の方が強いという傾向があります。

(2)校内での評価

 進学校などの例ですが、担当教科の模擬試験偏差値が5点下がったら非難されます。10点下がったら一大事です。逆にあがればMVP並の扱いです。これらは、生徒指導や部活動成績等の目で見てわかるものには同様のことが言えます。
 教科「情報」には、模擬試験はありませんし、見た目に生徒の変化もないので、このようなことはありません。しかし、どんなによい授業をしても評価されることは少ないと思います。生徒に論理的思考がつき、それで他教科の成績があがったとしても、教科「情報」の先生の功績にはなりません。教科「情報」については、生徒のアンケート以外の評価が行われていないのが現状ではないでしょうか。
 管理職も教科「情報」には、あまり興味が無いように思います。これが前述した科目選択にも影響しており、「学校としてこの科目にしなければならない」という方針が教科会等でも出てこず、教務課長が情報の教科主任にお伺いを立てて科目を決めるという構図につながっています。

8.研究会組織の維持

 教科「情報」を担当する先生方一人ひとりをサポートするためには、研修の機会を作り、良い授業実践を紹介することが大切です。研究会組織の維持はそのために欠かせません。
 現在の研究会には、教科「情報」が始まった当初の「みんなで作っていこう」という雰囲気や、全国大会を開催したときの勢いは影を潜めています。
 これは、他教科と兼任ということは変わらず、高齢化により免許取得者が減り、再任用や臨時的任用講師が増えてくる現状の中、事務局を担当したり、研究会活動を積極的に行ったりする人が以前と比べて少なくなっていることが原因です。このままでいくと研究会組織を維持することができなくなる可能性を感じながら、少ないスタッフで何とか研究会組織を維持しているのが現状です。

9.教育実習生への対応

 学校に教科「情報」で教育実習を申し込んでも断られるケースが増えています。それは、これまでに述べたような指導したくてもできない状況があるからです。教員免許を得るためには教育実習は必須ですから、これでは次世代が育ちません。

10.まとめ

 これらの問題は、地方により程度差があります。兵庫県のように教科「情報」で採用試験を行っている所もありますし、東京都のように専任に近い形で教えている所もあります。しかし、石川県のようにいずれも実現されていない県もあります。
 大学の先生が感じる「学生の情報リテラシーがバラバラ」という背景には、このようなことがあるのではないでしょうか。
 地方の教科「情報」の内容を充実させるためには、学習内容や学習方法を研究すると同時に、「情報の先生を採用し、情報の授業は専任の先生が教える。」といった、他教科では当たり前のことを実現する必要があると思います。

〔1〕 再任用は、2002年からスタートした退職した教職員等を再雇用する制度。

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